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Business & Economic Review 2000年04月号

【論文】
IT革命時代への雇用システム改革-雇用構成の知識集約化と脱組織型ワークスタイルの創造

2000年03月25日 調査部 山田久


要約

IT革命がグローバルな規模で急進展している。とりわけ、「IT革命先進国」であるアメリカでは、ITの発展とその活用が経済成長のエンジンとしての役割を果たしている。

すなわち、サプライヤー・サイドでは、94年以降IT産業の成長寄与度が一貫した増加トレンドにあり、98年には1.7%に上る。一方、ユーザー・サイドでは、IT活用を通じた業務の効率化・新規需要の創出等の効果により、98年の経済成長率は1.4%ポイント押し上げられている。

IT革命の意義は、顧客との直接的な関係の確立や業務フローの効率化等を通じて、顧客ニーズに対応した商品・サービスを迅速かつ安価に提供することで、企業活動のパフォーマンスを向上させることにある。これを実現するためには、企業内・外にわたる業務プロセス全般の抜本的な組み替えが不可欠であり、これに伴い雇用のあり方が大きく変わる必要があるが、実際、アメリカでは、ITの導入によって雇用構造・ワークスタイル面で革命的な変化が生じている。

・職のスクラップ・アンド・ビルドを通じた「雇用構成の知識集約化」…
ITは事務労働を代替する一方で、専門・管理職等知識労働を増やす。98年におけるIT導入の雇用への影響を計測すると、(1)既存業務効率化による雇用減効果により175万人の職が奪われた一方で、(2)IT産業創造による雇用増効果で35万人、(3)既存産業(非IT産業)活性化を通じた雇用増効果で157万人の雇用がそれぞれ生まれており、雇用構造の転換を伴いつつ、全体では16万人の雇用が生み出されたと推計される。


・「脱組織型ワークスタイル」の普及…
IT発展がもたらす労働者に対する組織拘束力の低下により、「インディペンデント・コントラクター」、「専門職型人材派遣」、「SOHO」、「マルチプル・ジョブ・ホルダー」といった、企業の枠組みから自由な「脱組織型ワークスタイル」が普及。こうした新しいワークスタイルは、知識労働者の生産性向上に貢献しているほか、専門労働力をプロジェクト単位で活用することが可能になることで、IT事業分野のスピーディーな立ち上げに寄与。


ここで看過できないのは、アメリカにおいて、こうした雇用面での大変化が間断なく進み、業務プロセスの再構築が可能になっている背景には、次の4点を構成要素とするフレキシブルな「雇用・能力開発システム」が整備されていたということ。
・企業間労働移動をスムーズに進める労働市場のマッチング機能の高さ
・「脱組織型ワークスタイル」を可能にした労働規制面での自由さ・専門職業能力の向上や職業再訓練を支える効率的な外部教育機関の存在
・エンプロイアビリティーの向上
・成果主義を支える企業人事システム
もっとも、IT革命の雇用に対するマイナス影響として、アメリカでは「雇用の不安定化」と「所得格差の拡大(デジタル・デバイド)」が大きな問題になっている。こうした状況に対し、(1)国民全般における情報リテラシーを中心とした職業能力向上に向けた取り組みが講じられているほか、(2)労働移動を前提とした福利厚生の仕組みが整備され、(3)ボランタリーな相互扶助組織の活動が活発化することで、社会の安定化が図られている。

翻って、わが国におけるIT導入の経済成長への影響をみると、IT産業は成長する方向にあるものの、ユーザー・サイドでの成長促進効果の弱さが残る状況。IT産業の成長寄与度は98年の0.4%から99年1~9月期には0.6%と回復傾向にあるものの、ユーザー・サイドにおけるIT導入による成長促進効果については、99年1~9月期時点で0.2%にとどまっている。

また、IT導入の雇用面に対する影響についても、アメリカに比べて不十分さが目立つ。

・職のスクラップ・アンド・ビルドを通じた「雇用構成の知識集約化」の立ち遅れ…
事務職のシェアが高止まる一方で、管理職のシェアの低下傾向が持続。計量分析を行うと、(1)IT産業創造による雇用増効果で11万人の雇用の増加が認められたが、(2)既存業務代替による雇用減効果が5万人と小さい一方で、(3)アメリカでは効果の大きい既存産業活性化を通じた雇用増効果がわずか4万人にとどまっている。


・少ない「脱組織型ワークスタイル」…
インディペンデント・コントラクター、SOHO、マルチプル・ジョブ・ホルダー等アメリカにみられる新しいワークスタイルをとる人はまだ少ない。

このように、わが国でユーザー・サイドにおけるIT活用面に立ち遅れが目立ち、アメリカでみられるような雇用構造・ワークスタイル面での変化が緩慢であるのは、わが国におけるITの導入が、組織スタイルや業務プロセスの抜本的再構築を伴ってこなかったことを示唆。

この原因としては、現在のわが国の「雇用・能力開発システム」が、以下の4つの点で、ITを活かすために必要な業務プロセス=雇用のあり方の変革を進めるにあたっての障害になってきたことが大きい。
・ワークスタイルに対する制度面での制約の多さ・企業間労働移動に関わるマッチング機能の低さ・企業外部での職業教育システムの未整備・終身雇用・年功制を特色とする旧来型企業人事システム改革の遅れ
もっとも、わが国でもここにきて、ユーザー・サイドでも、先進的企業を中心にIT革命に向けて本格的に取り組む姿勢がうかがわれる。こうした動きを業務プロセスの変革を伴う真のIT革命につなげ、経済再生・雇用創出を実現するためには、「雇用構成の知識集約化」・「脱組織型ワークスタイル」の普及に向けた間断なき雇用面での変化を伴う必要があり、それを実現するには、わが国でもフレキシビリティーの高い「雇用・能力開発システム」を構築することが喫緊の課題。その際のポイントは、アメリカで一般的な「企業間雇用流動化」が未だ限定的であるという、わが国の特殊事情を前提とすること。この点を踏まえた「雇用・能力開発システム」改革の柱は以下の4点。
・「脱組織型ワークスタイル」を妨げる制度的要因の除去
・職業能力の不断の開発を可能にする外部教育システムの整備
・「企業内雇用流動化」・エンプロイアビリティー向上・実力主義を支える企業人事システムの構築
・「組織単位雇用流動化」を支える制度面での整備
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