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Business & Economic Review 2000年01月号

【OPINION】
地方自治の深化に資する市町村合併を

1999年12月25日 調査部 高坂晶子


最近、市町村合併をめぐる動きが急速に活発化している。自治省は99年4月、新たな促進策を盛り込んだ「市町村の合併の特例に関する法律(合併特例法)」改正案を国会に上程し、7月に成立、施行をみた。また8月には、「市町村合併研究会」(行政局長の私的研究機関)の報告を踏まえて指針を策定し、そのなかで都道府県に対し、2000年中の早い時期に、県内事情を考慮した市町村合併のパ夕ーンを含む合併要綱を策定するよう求めた。政界においても、10月4日の自民・公明両党の政策協議の場で、小渕首相の諮問機関「経済戦略会議」の提言に沿う方向で、現在3,239ある市町村を1,000程度に集約する方向が打ち出された。

現在、市町村合併へ向けて政府の採りつつある施策は、相当踏み込んだ内容である。支援策を集大成した観がある合併特例法には、(1)首長に対する住民発議制度の拘束力の強化、(2)合併団体が市制へ移行する要件の緩和、(3)旧市町村単位の地域審議会の設置、(4)地方交付税の優遇算定期間の延長、(5)合併市町村建設計画に基づく公共事業に対する地方債の優遇措置、(6)都道府県の役割の強化、等が定められている。さらに、自治省は、支援策に終始してきた従来のスタンスを軌道修正し、小規模自治体に手厚かった地方交付税の算定方法を見直して市町村合併を促すための「ムチ」とする施策も、98年度から採り始めている。
市町村を取り巻く現状をみると、交通網の整備やモータリゼーション等により、地域住民の生活圏が従来の市町村の枠を超えて拡大するなか、介護や保育、廃棄物処理など行政需要が多様化、高度化、複雑化している。2000年4月以降、分権改革が本格化することを考え併せると、市町村が、地域住民の多様なニーズに応えつつ自立した地域経営を効率的に行うためには、財政基盤の拡充や陣容の強化が不可欠である。この点、合併の有効性は論を待たず、適切な施策が必要であるが、今回の合併促進策の内容をみると、市町村の自発的な取り組みを促す一方で、市町村の自己責任、自己決定の趨勢に逆行しかねない施策も多く盛り込まれており、問題である。

すなわち、合併特例法の(1)住民発議の重視や(3)地域審議会の設置は、地域住民が合併をめぐる意思決定に参加し、納得と同意の下に新たな地域づくりを進める契機となり得るし、(2)市制施行の特例は、自立した地域経営を求める地域への誘因として機能するため、自治の深化に資するといえよう。他方、(5)、(6)の財政支援策は、財政統制によって市町村を政策誘導する従来型の施策を踏襲したものであり、結果的に、合併市町村が中央からの財政移転に依存する体質から抜け出せず、地域経営の効率化を遅らせる恐れをはらんでいる。事実、88年の合併当時1,300人であったつくば市の職員数は、95年度まで増加を続け(1,505人)、98年度も1,456人を数えたし、95年に誕生したあきるの市では、旧市町間のサービス格差を高水準にさや寄せしたため、96年度には3.4億円の追加支出を要したという。また、交付税の算定方法の変更は、小規模自治体の依存体質の是正という点からは評価できるとしても、地域の将来像というすぐれて自治的な問題について、中央が裁量的に誘導を図ることは問題である。これは、都道府県による域内市町村の合併パターンの提示と並んで、国-都道府県-市町村が対等・協力の関係を構築するという今回の分権改革の理念に逆行する施策といわざるを得ない。
2000年4月には、地方主権社会を目指して地方分権一括法が施行され、市町村は自己責任、自己決定に基づいて行動する自立した行政主体となることが期待される。政府は、このような事情を踏まえ、従来の中央・地方関係をゼロ・ベースで見直し、合併へ向けて権限・財源の移譲を含めた総合的な誘因付与策を検討することが望ましい。市町村サイドも、地方債の優遇措置があるから公共事業を計画するのではなく、合併後のビジョンやサービス・事業内容に至る青写真を描いて合併の目的を明らかにし、そのうえで、真に必要な投資・サービスを実現するため、権限や財源を獲得しようというスタンスヘ転じる必要がある。

自治の深化に資する新たな合併促進策として、具体的には、以下の3点を挙げることができる。

第1に、政府は交付税による政策誘導を駆使して合併を促すのではなく、交付税・補助金の縮減、市町村への税源移譲を進め、自主財源中心の自治体運営を実現することで、結果的に市町村が自発的に財政基盤の強化と効率的な行政運営に取り組む、分権社会本来の方向をめざすべきである。合併に消極的な自治体が多い理由として、自主財源の乏しい自治体でも国からの手厚い交付税措置によって行政需要を充足可能なことが挙げられる。しかし、地方の自立と個性化が求められる現在、地域住民が受益と負担の関係を理解のうえ行政サービスの水準を自己決定したり、地域事情に即した事業・サービスを行うには、財政調整を通じた国の関与を縮減し、自治体の財政規律を高める必要がある。自主財源主体の経営環境へ移行することにより、自主財源の乏しい地域では厳しい状況が予想されるが、自治体には事務・事業の効率化や広域的な地域開発のメリットの追求を目指して、市町村合併を真剣に検討するスタンスが求められる。

第2に、都道府県の役割を見直すことである。現在、都道府県は、域内市町村の合併パターンの提示や情報提供、財政支援などを行っており、合併問題の助言者、支援者という位置づけにある。しかし、地方主権時代における地域経営のあり方を考えると、合併問題における都道府県の位置づけは、助言者、支援者にとどまるべきではない。今回の分権改革では、主に国から都道府県への権限移譲が進んだが、本来、住民に身近な市町村の権限強化こそが必要であり、今後、都道府県から市町村への分権は重要な課題となる。合併論議においても、基盤強化を見込む新市町村と都道府県の新たな役割分担は避けて通れないテーマであり、都道府県は合併論議の当事者として、積極的な関与が必要である。たとえば、合併協議会で将来ビジョンをすり合わせる際、市町村は必要な権限・財源を都道府県に提示し、都道府県は、これに応じて交渉を行うべきである。市町村の自律的な経営を促すこのような施策は、効果的な合併支援策として機能しよう。

第3は、住民の役割の見直しである。95年の合併特例法改正で住民発議制度が導入され、今回(99年7月)の改正では住民発議の拘束力が増すなど、合併問題に住民に意向を反映させる動きは徐々に進みつつある。しかしながら、発議を受けた側が住民のイニシァティブを軽視する傾向は依然強く、議会が合併案件を継続審議扱いのまま放置したり、関係市町村間の任意協議会を首長の一存で廃止する例がみられる。住民発議に対する賛否の表明を期限を切って議会に義務づけたり、発議者に対して協議会の経過をフォローアップするなど、議会・首長のサボタージュを防ぎ、適切な対処を担保する仕組みが必要である。一方住民の側も、合併問題に継続的な関心を抱き、積極的な参加によって議論をリードする責任ある姿勢が求められる。

市町村の実情をみると、中央における合併論議の高まりをよそに、広域連合や事務組合など機能別の広域行政の仕組みを活用し、介護など当面の課題を乗り切ろうとするケースが多い。ただし、今後、地域間競争が激化するなか、風土や地域事情の近い地域が一体となって地域経営に当たる必要はさらに高まる。消極的な市町村に「何故、合併か」を納得させるには、従来のような措置型で一過性の支援では効果が薄く、行政システム改革にまで踏み込み、合併市町村による自立的、主体的なサービス・事業を可能とするような合併支援策こそが求められる。

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