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Business & Economic Review 2001年10月号

【OPINION】
参議院選挙後に求められるもの

2001年09月25日 調査部 金融・財政研究センター  高坂晶子


要約

21世紀初の国政選挙となった第19 回参議院選挙は、事前の予測通り、自民党が大勝を収め、自民・公明・保守の与党3党で安定多数を確保した。自民党は単独で現有議席を上回って参議院における劣勢をかなり挽回し、将来の単独政権復帰に向けた糸口を作った。

一方、投票率が56.39%(選挙区選)と、前回参議院選よりも2.5%低く、過去3番目の低水準にとどまった点は、予想外であり、懸念が残る。小泉政権発足以来、変革者を自認する首相への記録的な支持率、一部閣僚のユニークな言動やキャラクターに対する人気など、国民の政治に対する興味・関心は回復した観があった。実際、事前にメディアが行った世論調査では、回答者の70%前後が「必ず投票に行く」と答え、「できれば」「なるべく」投票に行くとの回答と合わせると90 %を超え、近来にない高い値であった。

しかしながら、選挙当日、実際に投票所に足を運んだ有権者は、半数をやや上回る程度にとどまった。今回の選挙は、わが国の閉塞的な政治・経済状況の改革を争点に、国民の判断が求められる選挙であった。にもかかわらず、貴重な政治参加の機会を放棄した有権者が多数にのぼったことは、国民の政治意識が問われる事態といえよう。

投票率が低かった理由として、以下の3点が考えられる。 第1に、投票日が夏休み入り後の最初の日曜日とされたため、行楽に向かった有権者が多く、投票率の低迷を招いたことである。 今回、不在者投票の数が大きく増加したが、その説明として、投票事由の緩和(1998年以降、行楽等を理由とした不在者投票も可能となった)を受け、投票日に行楽等を予定した相当数の有権者の間で、不在者投票の活用事例が増えた点を指摘できよう。 ただし、不在者投票を行ってまで投票と行楽等の両立を図る有権者は、全体からみれば少数派であった。選挙戦が終盤に近づくにつれ、自民党の優勢が広く伝えられたため、「強いて投票に行かなくても大勢に影響がない」と判断した有権者は、少なくなかったものと思われる。

第2は、小泉首相への個人的支持と自民党への投票にジレンマを感じた有権者が相当数にのぼったことである。 小泉首相の掲げる構造改革は、従来の自民党の政権運営や権力構造を否定しかねないため、自民党議員の多くは、選挙戦術上の必要に迫られて首相支持を唱えても、選挙後には一転して、首相の政権運営の障害、改革の抵抗勢力となるのではないか、という疑いが国民の間で根強かった。 このため、首相への支持を自民党への投票という形で表明することに躊躇した有権者は、意思決定に悩んだ末、投票自体を放棄したものとみられる。 しかし、今後は、自らの票が果たす役割・機能についてイメージを喚起し、戦略的な判断に基づいて投票する成熟した有権者が求められる。例えば、「自民党に圧倒的な勝利をもたらして首相の政権基盤を固める」、「連立与党に投票して牽制機能を発揮させる」、「野党に投票して具体策の立案に実質的に関与させる」等のケースを想定、比較して投票する、あるいは特定の政党が大勝しないよう、選挙区と比例区で票を割り振るなど、自らの意図を最大化するような投票行動を選択する姿勢が重要である。

第3は、メディアを通じた政治報道に接することで、政治参加の欲求を満足させた有権者の存在を指摘できよう。 「観客型」ともいうべき、このような有権者の増加は、小泉首相の選出過程を通じて顕著となった。元来、小泉氏が政権の座に就いたのは、自民党という一政党の党員による、極めて閉鎖的な党首選挙の結果であり、一般の有権者はそれに対してなんら関与できなかった。 にもかかわらず、小泉首相が就任早々、史上最高の支持率を獲得したのは、空前のメディア選挙となった党首選の報道を通じて、一般有権者が首相の選出過程へ擬似的な参加感覚を抱いたからにほかならない。このような有権者の動向に敏感に反映したメディアは、小泉政権発足後も、引き続き大量かつ多様な報道を提供したが、「観客型」の有権者は、これらに接することで政治参加の要求を充足してしまい、「投票」という能動的な行動にあえて出る必要を感じなかったとみられる。しかし、自己決定と自己責任の重要性がいわれるなか、最も本質的な政治参加の機会を放棄する無責任は許されない。「観客型」有権者の投票行動が、社会的合意の形成に与える悪影響が懸念される。

低投票率をめぐる有権者側の問題は以上の通りであるが、政党の側の責任も少なくない。与党は、選挙戦中、構造改革の内容、とりわけ耐えるべき「痛み」の内容について詳細を明らかにしなかった。一方、野党は、論戦を通じて改革の内容を明らかにしたり、「痛み」について明確なイメージを提示することに失敗した。このことが上述のような低投票率を助長したことは想像に難くない。投票の結果によって、自らの生活に切実な影響が及ぶ可能性が高まれば、当然、棄権という選択を行う有権者は少なくなるからである。

選挙戦中の政党の振る舞いは、棄権した有権者だけでなく、投票所に足を運んだ有権者にも、大きな影響を及ぼした。今回の選挙で示された民意は、もっぱら小泉首相の決意に対する「期待」であり、政策の中身を吟味したうえでの支持ではない。この点は、近年の国政選挙と異なる特徴である。

95年に選挙制度が改革されて以来、わが国の国政選挙では、当選後の公約よりも、むしろ選挙以前の政権運営を重視する立場から投票を行う、「業績(評価)」型投票の傾向が強まった。例えば、98年の参議院選挙では、橋本内閣の経済政策に対する評価が、2000 年の衆議院選挙では、森首相の資質に対する評価が選挙結果を左右した。小選挙区をベースとした選挙制度、とりわけ、「政権選択」の意味合いが明瞭な衆議院選挙では、業績(評価)型投票が一般的であるが、今回は小泉政権発足後日が浅く、評価すべき実績が乏しいことを勘案しても、異例なほどの「期待」型投票が行われた。有権者は、森政権の不手際を不問に付し、同じ派閥に属する小泉首相への期待に終始したが、この清算は、来るべき国政選挙における本格的な業績評価において、確実に行わなければならない。その意味で、今回の参議院選挙は、次回の「業績」評価選挙の前哨戦と捉えることが適切であろう。

次回の選挙が業績評価の場となることは、今後、構造改革が本格化するなかで、大きな意味を持つ。政治にかかわるそれぞれのアクターは、これに見合った行動が求められる。 まず、政府は、評価に値する業績をあげるため、政策の具体的な内容と優先順位、実行の手順とタイムスケジュールを周到かつ早急に詰め、今回の大勝で得た政治的優位が劣化しないうちに着手することが必要である。これに対し、与党は、小泉首相の政権運営に対するスタンスいかんが、次回の選挙における業績投票と連動することを自覚したうえで、誠実に行動する必要がある。

一方、野党にとっては、望ましい改革の中身を構想し、社会に示して世論の支持を集め、これを背景に与党に実行を迫ることが重要である。小泉首相の主張のうち、野党の従来の政策と重なり合う部分があるのは事実だが、与党内では真面目な議論すら憚られてきた問題を、首相が初めて取り上げた側面も否定できない。野党は、「改革の本家」を自負する以上、争点設定(agenda-setting)に果たした小泉首相の役割を評価したうえで、与党に重要な争点のサボタージュを許さないよう、具体的な政策・法案を固めて、論戦を挑まなければならない。

最後に、有権者は、今回、小泉首相に寄せた支持や期待に対し、与党がどのように応えていくのかについて、目をこらしていく必要がある。次回の選挙における業績投票に、今から備える心構えで、政府・政党レベルだけではなく、各議員個人の言動について、注意を払うことが望ましい。個人の努力のみでこれを継続することは、なかなか困難であるが、最近のIT 技術の普及等により、様々な資源の活用が可能となっている。例えば、国会の議事録検索システム、政党や議員本人のHP 、政治に関する業績評価を行うオンブズマン等にアクセスすれば、関心のある審議内容や議員の言動について、評価の素材を入手することは飛躍的に容易となった。

ただし、そのような素材や情報はあくまで判断材料であり、安易に流されてはならない。それらを咀嚼して自律的な評価を下すのは、有権者に課せられた責任である。今後、小泉内閣の下で改革が進むにつれ、公共事業の削減や不良債権処理の過程で多数の失業者が生まれる可能性が指摘され、医療や年金など社会保障面の改革によって、国民の負担が重くなる可能性が高い。各人の立場に応じて、様々な「痛み」を切実に感じる場面が予想されるが、これこそが、今回、有権者の示した「期待」の帰結である。有権者には、今後着手される「構造改革」が自らの選択の結果である(投票したにしろ、棄権したにしろ)ことをよく自覚し、「痛み」の実像が提示されても、それにたじろぐことなく吟味、評価し、自律的な意思表示を行うという課題が残されている。
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