コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 2001年09月号

【OPINION】
電子政府を、地方から実現せよ

2001年08月25日 調査部 メディア研究センター 野村敦子


要約

世界各国がIT(情報通信技術)立国を目指しているなか、わが国でも2001年1月にIT国家戦略ともいえる「e-Japan 戦略」が策定された。国を挙げてIT革命を推進し、5年以内にわが国を世界最先端のIT 国家にしようというものである。これを受けて、6月26 日には2002 年度のIT重点施策として、「e-Japan2002プログラム」が決定された。そこでは、(1)高速・超高速インターネットの普及の推進、(2)教育の情報化・人材育成の強化、(3)ネットワークコンテンツの充実、(4)電子政府・電子自治体の着実な推進、(5)国際的な取り組みの強化、の五つが柱として掲げられている。

わが国は欧米やアジア諸国に比べて、大容量・高速(ブロードバンド)の通信インフラの整備が遅れており、このことが今後のネットワーク・ビジネス展開の阻害要因になると懸念されている。e-Japan2002 プログラムでも、とくにブロードバンドのインフラを早期に整備することに重点が置かれている。他方、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)では、高速ネットワーク社会の形成にあたっては民間が主導的役割を担うことが原則とされている。このため、事業として採算が見込まれる地域、すなわち人口が密集している都市部でのインフラ整備が優先され、結果として都市部と地方との間の情報格差(デジタルデバイド)が広がることが懸念される。この点について、e-Japan2002プログラムでは、条件不利地域等における地理的な情報格差を是正するために、地方公共団体等による広域的な公共ネットワークの整備に対する支援を行うとしている。しかしながら、その具体策については明らかではない。そこで、本稿では、デジタルデバイドの発生を最小限にとどめ、地方におけるネットワークの整備とその利用を促進させる観点から、電子政府を地方から実現させることを提言する。

わが国の現在までの電子政府に関する取り組み状況をみると、一部積極的な地方公共団体を除いては、まずは中央官庁から取り組み、地方はそれを受けて段階的に電子政府、すなわち電子自治体に取り組んでいこうとのスタンスがみてとれる。また、政府の指針やアクションプランなどでは、地方公共団体における情報化の意義や検討項目については掲げられているものの、誰が、いつまでに、どのような方法で、情報通信基盤を整備するのか、またその中で、国はどのような責任を負うのか、といった点については明確ではない。 しかし、世界最先端のIT国家を目指すわが国にとって、電子自治体はこれから取り組むべき課題ではなく、もっと緊急性の高いものである。e-Japan 戦略で掲げられているように、2005 年までに全国民が等しくIT革命の恩恵を享受できるようにするためには、地方においても、ネットワーク基盤の整備とその利用を促すような施策を講じなければならない。その有効な方策となる電子自治体を、今こそ強力に推進すべきである。

地方から電子政府を実現させる理由の第1は、なによりも、これが地域のIT需要を喚起するからである。民間事業者による高速ネットワークの整備が期待できない地域については、地方公共団体に主導的な役割を果たすことが求められているが、単にハード面を整備するだけでは不十分である。民間事業者などがインフラを構築したり、住民がネットワークを積極的に利用する「きっかけ」となる施策を実施していくことが、地方公共団体の役割として求められる。そこで、重要な鍵を握ると考えられるのが、「電子自治体」の推進である。地方公共団体が民間事業者をパートナーとして、自ら率先して電子化・ネットワーク化に取り組み、ネットワークの主たるユーザーかつサービス提供者となれば、地域のネットワーク基盤の整備や利用促進など、IT需要を喚起するであろう。例えば、電子入札や電子調達、電子決済、組織認証・個人認証などの仕組みを作れば、G to B 、G to Cといった官民間の電子商取引の基盤が構築されるだけでなく、B to B、Bto Cといった民間の電子商取引基盤の形成にも繋がる。

第2に、地域住民にとっては、地方公共団体の提供するサービスが、ネットワーク上のキラーコンテンツになりうるからである。市町村の役場は中央の官庁などよりもずっと身近な存在であり、利用する機会も多い。自分の生活に「身近なこと」、「必要なこと」が電子化・オンライン化されて、初めて地域住民がネットワークを利用しようとの気持ちになるはずである。そういう意味では、中央官庁を中心としたトップダウン方式による電子政府化だけでなく、地方の市町村役場などにおける生活に近いところからスタートしてこそ、地方のインフラ整備やネットワーク利用の活性化が進むと考えられる。

第3に、地方公共団体が電子化・ネットワーク化を推進することで、行政事務の合理化・効率化や情報の共有、組織の簡素化が図られるとともに、地域住民に対する情報公開の促進や公共サービスの質の向上も期待できる。 わが国では、国民全体で主要な行政手続きのために、年間延べ約4,400万時間(うち都道府県庁や市町村役場で3,760 万時間)を費やしていると推定される。 しかし、電子自治体が実現すれば、わざわざ役所に出向いて長時間待たされたり、窓口をたらい回しにされることなく、家にいながらにして婚姻や転出入にかかる手続き、印鑑証明や住民票など各種書類の交付手続き、公共施設の利用申し込みなどが可能になる。この結果、行政手続きに要する時間は大幅に短縮されることになる。また、民間事業者などにとっても、申請や届け出、報告などの書面作成や対面手続きにかかる金銭的・時間的コストが削減できるなど、メリットは大きい。

第4に、電子自治体の実現は、地域社会におけるネットワークの積極的な活用を通じて、地域コミュニティーの活性化につながると考えられる。ネットワークの構築当初はともかく、地方公共団体は、あくまでも民間事業者などによるネットワークの構築やビジネスへの利用を後押しするような、インセンティブとなる施策を実施していくべきである。 例えば、地域の民間事業者や公的機関、住民などと連携して、教育や医療、地域コミュニティー・サークル活動、防災関連の監視活動・情報提供、自動検針サービス、高齢者向け生活支援サービスなど、地域における公的サービス全般について、ネットワークの活用範囲を広げていくことが考えられる。地域住民にとってはネットワーク利用機会の拡大につながり、事業者にとってもビジネスチャンスを見いだすことができよう。

このように、電子自治体をきっかけに構築された情報通信基盤において新しいビジネスやコミュニティーが登場し、地域の事業者や住民によるネットワーク利用が活性化すれば、大都市に比べ遅れがちであったネットワークの整備が促進されるものと考えられる。 アメリカ・カリフォルニア州サンノゼ市を中心とする通称シリコンバレーと呼ばれる地域では、地域の再活性化のために、産官学と市民が連携して93年にNPO(非営利組織)のスマートバレー公社を設立した。スマートバレー公社は、ネットワークを地域のビジネス振興や生活の利便性・安全性・快適性の向上に役立てようということで活動を行ったが、経済の活性化だけでなく、教育の質の向上や地域コミュニティーの活性化にもつながったということである。 また、アメリカの別の地方都市では、ブロードバンド・ネットワークの整備とともに、減税措置などのインセンティブ策を講じるなどしてIT企業を誘致し、経済の活性化や雇用の創出を図っているという。こうした事例は、高度情報化社会におけるコミュニティー作りの観点からも参考になる事例である。すでに、岐阜県や岡山県などで、自治体が企業を巻き込んで日本版スマートバレー構想を推し進めようとする動きもあるが、地方公共団体がこうした施策を柔軟に導入できるような環境整備が必要である。

このように、地方公共団体による行政の情報化が、地域情報化を促す有効な手段になりうるとはいえ、地方公共団体だけでは解決できない問題もある。例えば、行政手続きの電子化にとって障害となる法制度の見直しや、新たに必要となる法制度の整備、申請者本人を認証する技術の標準化、中央と地方間のネットワークの相互接続などは、国主導で対応すべき課題である。そのほかにも、下記に挙げるような事項については、国や都道府県によるサポートや強力なリーダーシップの発揮が欠かせない。

一つには、人材面、ノウハウ面、資金面でのサポートである。実際、各地方公共団体の首長の情報化に対する意識の差異によって、市町村間における電子化・ネットワーク化への取り組みに差が出ていることは否めない。地方公共団体における庁内LAN、パソコン、ホームページの整備状況をみると、全体としては進んではいるものの、町村レベルになるにつれ、遅れていることがみてとれる。資金面の問題を解決しなければならないのはもちろんであるが、これに加えて、情報システムやネットワーク構築に精通した人材が不足していることにも問題があると考えられる。したがって、不足する人的資源や技術面でのサポート、ノウハウの提供などが求められる。具体的には、都道府県庁にCIO(Chief Information Officer :最高情報責任者)を設置して全県レベルの情報化推進にあたらせるとともに、都道府県と市町村、ならびにネットワーク構築にかかわる民間事業者も交えた情報化連絡会議の開催、人材交流などを積極的に行っていくことで、情報やノウハウ、技術の共有を進めていく必要があろう。各市町村が個別にIT対応していくのは非効率でもあるので、複数の市町村が共同で対応していくように、都道府県主導でマッチングを行っていくことなども考えられる。

二つには、民間事業者などによるネットワーク整備などが低コストで円滑に行われるような施策を講ずることである。例えば、光ファイバー網の敷設に関しては、道路・河川などの占用にかかる規制緩和や手続きの簡素化、手数料の引き下げを実施し、道路、河川、下水道等の公共施設空間や、公共施設管理用の光ファイバ網およびその収容空間(情報ボックスなど)の民間事業者などへの開放を積極的に進めていく必要がある。また、ケーブルテレビが敷設されている地域などについては、地方公共団体とケーブルテレビ事業者の連携により、これを地域イントラネットの核として活用していくことが考えられる。農林水産省(農村情報基盤整備事業、田園地域マルチメディアモデル整備事業)や総務省(新世代地域ケーブルテレビ施設整備事業)がケーブルテレビ施設の整備に対する支援を実施しているので、こうした制度の積極的な活用を促していくことも考えられよう。

三つには、地方公共団体の電子自治体への取り組みに対するインセンティブ策として、県単位で進捗状況や成果を評価し、競わせるという方法も考えられる。 アメリカでは、各州政府ごとに電子政府への取り組み状況を評価し、成果を競わせるという観点から「デジタル・ステート・サーベイ」という調査が毎年実施されている。成功事例の評価と紹介は、他の地方公共団体の取り組みを加速させることにつながると考えられる。 こうした、地方公共団体の自主的な取り組みを促すためにも、現在、IT国家戦略の議論の場が、内閣と大企業の代表、学識者に限定されていることも再考すべきである。実際に、IT戦略本部の構成メンバーとなっている地方公共団体の首長は、梶原拓・岐阜県知事一人のみである。全国規模での情報基盤整備とその活用を目的とするのであれば、地方の市町村長の参画も望まれる。
四つには、地域住民や事業者のネットワークの利用を促すインセンティブ策も必要になる。e-Japan 戦略では「1,000万世帯が30~100Mbps 以上の超高速インターネットアクセスを可能とする」というような「速度」に重点をおいた目標が設定されているが、むしろ、どれだけ「多くの世帯」が「頻繁に」ネットワークを「利用」するようになったかということの方が重要である。ネットワークの利用を促すインセンティブ策の一例としては、インターネット納税に対する減税措置が挙げられる。イギリスでは、個人と企業の所得税還付手続きをインターネット経由で可能とするとともに、これを利用する事業者などに対して、税金の割引を実施した(個人は10ポンド、事業者は50ポンド。ただし、1 回限り)。アメリカでも、インターネットによる税務手続きの電子申請はネットワーク利用のインセンティブになっているということであるが、これに減税措置を加えることで、一層インセンティブ効果を高めることになる。 また、自宅にパソコンを持たない住民のために、公共図書館や公民館などに情報キオスクを設置することも必要になるが、市町村ごとにばらばらに対応するわけにもいかないので、ここでも、国や都道府県がサポートしていく必要があろう。

本来、情報ネットワークの役割とは、都市と地方の間の時間的・空間的隔たりを解消し、コミュニケーションの円滑化や情報の共有化を促すもののはずである。 ブロードバンド・ネットワークの構築についても、ネットワークを活用したニュービジネスの創出やコミュニケーションにかかるコストの低減、利便性の向上の実現といったことに注目が集まっている。 しかし、真の目的はネットワークがなければ発生し、拡大したであろう情報の格差を最小限のものとし、機会均等を生み出していくことにあると考える。都市部と地方の間の情報格差の是正については、国の責任ある対応が求められることはもちろんである。 一方、地方も傍観者にとどまることなく、民間事業者や住民との連携などを念頭に、主体的に、ネットワークの構築と活用方法を考えていかなければならない。

その際、国としては、地方の情報化推進のために具体的なタイムスケジュールも含めたアクションプランを講ずるとともに、その実現に向け強力な推進力を発揮すべきである。情報化に関して縦割り行政のままで臨んでいたのでは、いつまでたっても、各省庁の利害を優先する政策決定、予算配分しかできず、国全体としてのIT基盤整備は思うように進まないであろう。今こそ、政治のリーダーシップが問われるときでもある。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ