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Business & Economic Review 2001年04月号

【OPINION】
市町村による市町村のための合併を目指せ

2001年03月25日 調査部 金融・財政研究センター 高坂晶子


近年、市町村合併をめぐって活発な動きが相次ぎ、社会の関心も徐々に高まりをみせている。政府は、90年代半ばまでは市町村の自発性重視を標榜してきたが、最近は積極的なスタンスに転じ、合併特例法の改正や推進補助金、合併市町村に対する特別交付税、あるいは全国リレーシンポジウムなどの啓発事業等、極めて多彩な支援・誘導策を展開している。このような「飴」の一方で、国は従来慎重に抑制してきた「ムチ」の活用もいとわなくなっている。具体的には、小規模自治体に有利な交付税算定方法の見直しや、過去には延長を繰り返してきた合併特例法の期限厳守(2005年3月)の表明、あるいは合併問題に限った住民投票の法定化(予定)など、反対意見を抑える仕組みが導入されつつある。

地方に目を転じると、都道府県レベルでは、旧自治省(現総務省)の指示を受けて、域内市町村の合併パターンを盛り込んだ要綱策定作業を概ね終え(2000年度末には全都道府県で完了予定)、今後は、総務省の示す指針に基づいて、知事を長とする推進組織を設置する予定である。これに対して市町村の動きをみると、総論では合併賛成をいうものの、具体的な動きに出る自治体は少ない。種々の制約の下、行政運営に工夫と創意を傾ける市町村ほど、現行体制への否定的評価をはらむ合併への反発が強く、「住民投票の導入は合併反対の民意を示す好機」と自信をのぞかせるケースすらある。他には、政府の積極的スタンスの限界を見極めたいとして、支援策の一層の充実に期待しつつ情勢をうかがう地域も一部にみられる。ただし、大方の市町村では、社会環境の変動に関する危機意識が乏しく、現行体制に安住して改革をいとう結果、合併に消極的というのが実情である。

わが国地方自治において、市町村合併はもはや避けて通れぬ課題であり、社会的関心を喚起し、衆知を集めた取り組みが望ましい。なかでも、合併の主役である市町村には、当事者意識と自治の原点に立った真剣な取り組みが求められる。ただし、合併に対する市町村のスタンスを変えるためには、従来の議論の問題点を顧みたうえで、新たな合併のイメージを描き出すことが必要である。

従来の合併論の問題意識は、地方行政組織、あるいは日本の行政システム全般の改革に焦点を置き、地方自治に対する配慮が足りなかった。たとえば、80年代初の第2臨調以来、政府の行革推進機関はもっぱら財政再建上のメリットから市町村合併を捉え、行政組織のスリム化を実現する「究極の行革」として合併の必要性を唱えてきた。また、経済活動上の便宜と行政経費の節減を追求した経済団体の合併論、あるいは、国政上の配慮から小選挙区制と市町村数をリンクさせるプランなどが中央のメディアを通じて喧伝された。これらは、わが国システム改革の全体像について、青写真を描くという意味はあるものの、地域住民の生活の場という市町村の立場を捨象し、地域事情を無視して自治体の総数を決めるなど問題も多く、市町村の強い反発を招いた。

この反省に基づき、今後、市町村が合併を自らの課題とするには、地域住民に身近なサービス・まちづくりの担い手としての市町村の性格を踏まえ、それに資する形の合併論を展開する必要がある。市町村レベルで合併への反対意見を聞くと、役場が遠くなって不便なうえ、きめ細かな行政が阻害される、あるいは住民の意思が行政に反映されにくくなるし、監視の眼も行き届かない、という声が多い。確かに、スケールメリットによるサービスの効率化を志向する市町村合併は、執行機関と住民の距離を広げ、その意味では地方自治と異なる方向性をはらむ、といえよう。しかし、一方で、一定規模の執行機関でなければ、十分な行政サービスを提供できない現実もある。今後、地方分権によって高度化、複雑化する行政需要に対応するためには、合併のデメリットを直視し、その対策を丁寧に行うことを契機として、より良い地方自治の実現を期することが望ましい。合併を検討する市町村は、過去に合併した自治体の経験にとどまらず、各地で展開されるまちづくり、サービス提供の先進事例にまで視野を広げ、これを合併構想に活かす必要がある。たとえば、以下のような事例が考えられる。

第1に、三鷹市の基本構想策定や山口県柳井市のまちづくりにみられるように、現行の行政体制にとらわれず、行政と地域住民の役割を見直し、適切な分担と協力の下に地方自治の実現を期することである。市町村が現在行っているサービスや事業をゼロベースで洗い直し、民間組織やNPOなどと適切な役割分担を行うことが望ましい。さらに、現在地方議会や執行機関がもっぱら担当している意思決定についても、将来的には、柔軟な意思決定の場を多段階に設け、特定地域や分野に関し、一定の委任を図ることは検討に値しよう。既存の自治会・町内会の活性化や学校区単位のコミュニティの育成、あるいは、介護・福祉や地域教育等に当たるNPOとの協働など、住民サイドに多様な受け皿を探すことは容易となりつつある。行政と地域の活動主体の間に役割分担が進めば、住民自治の深化が達成されよう。

第2は、千葉県市川市や岩手県水沢市等に倣い、住民の便宜を優先した行政サービス、積極的広報広聴、情報公開による住民のチェック能力の向上など、行政機関と住民の距離を縮める仕組みを積極的に採用することである。行政機関の受付時間延長や休日窓口など対応の見直し、住民に身近な公共施設やコンビニエンス・ストアを介したサービスや情報提供等、全国を見渡せば、先進的な取り組み事例はすでに多数にのぼる。さらに、情報通信技術の発達によって、自宅にいながらにして各種届け等を行ったり、行政担当者と地域住民の間に双方向の意見交換の場を設けるなど、かつては越え難かった障害も、現在、解決は容易となっており、これらを活用し合併のネック解消を図ることが望まれる。

もっとも、市町村が合併に前向きとなり、以上のような取り組みで合併のデメリットを克服可能としても、市町村合併は多くの努力を要する一大作業である。関係市町村の同意の下、地域の将来像を共同で描くには膨大なエネルギーが必要であり、これを市町村の自助努力のみに求めても限界がある。国や都道府県は、住民に対する説明・説得、関係市町村の斡旋や仲介、合併協議のきっかけ作りなど、市町村と協働で合併を進める責務を当然に負う。ただし、本来、市町村合併が実現すべき目的、すなわち、行政の効率化にとどまらず、より良い地域づくりと地方自治の深化を果たすことは、市町村の存在なくして不可能である。市町村による市町村のための合併が、今、求められる所以である。
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