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Business & Economic Review 2003年11月号

【OPINION】
地方自治体は住民との適切な関係を目指せ

2003年10月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 高坂晶子


近年、地方公共団体とりわけ基礎自治体(市町村)において、首長はじめ執行機関が地域住民との「協働(パートナーシップ)」を掲げ、対応や関係を見直す動きが目立つ。見直しのポイントは、a.住民の目線―従来は中央政府や都道府県の指示・通達の遵守に汲々とし、地域の意向・事情には官僚的な対応をしがちであったが、近年は地元住民の意向やニーズを把握し、敏感で迅速な反応、対応を心がける、b.住民との協働―従来、自治体と住民の接点は施策立案後に自治体主導で行う広報・広聴活動が中心であったが、近年は政策立案や事業の執行、チェックなど自治体運営の様々な局面に住民や民間団体(NPO等)の実質的な参加を求める、の2点である。
自治体と住民の関係にどのような変化が生じつつあるか、以下、具体的にみてみよう。
第1に対応・接遇面では、自治体が住民の意向・要望に積極的に耳を傾け、自治体経営に生かそうとする姿勢が目立つ。様々な住民アンケートの実施(小田原市は予算配分に活用)、首長や幹部による出張意見交換(東京都千代田区「ふらっと区長室」)、自治体ホームページ上の電子会議室(流山市、浜北市)、市民の声のデータベース化(横須賀市)など様々な取り組みが実行に移されている。また、「お上意識」の払拭をはじめ職員の意識改革につとめ、サービス精神の徹底や住民ニーズ・利便性を意識した様々な施策・ノウハウを導入する市町村も急増している。来庁者を「お客様」と呼ぶなど丁寧な接遇を心がけるほか、住民から苦情の多い「たらい回し」対策として、総合案内窓口(横浜市港南区)やアテンドサービス(長野県「お尋ねコンシェルジュ」)、ワンストップサービス(羽咋市)を始めたり、「すぐやる課」を復活する(桶川市、東京都世田谷区他)などの事例がある。
第2に事業実施面では、厳しい資源制約の下で行政サービスを維持・充実する打開策として、自治体が住民自身のマンパワーを提供するよう求めるケースが目立つ。従来、地方主権時代における住民の役割として「自己責任」と「自己決定」が重視されてきたが、近年は事業実施過程に住民が直接参画する仕組みを導入し、住民の「自助」を促す傾向が顕著である。例えば、志木市が2002年に打ち出した計画は、正規職員の採用を20年間凍結し、市民が行政サービスの提供主体となる「行政パートナー(2003年度は時給700円)」制を採用し、2021年には市の職員総数の63.5%がボランティアとなる構想である。その他の市町村でも、街路や生け垣、森林や旧跡等の清掃や保守管理を地域住民が行うアダプト(養子)プログラム(今治市、埼玉県、吉祥寺市他)、多方面にわたる(図書館・児童館等のサービス時間延長・休館日削減、スポーツ指導の充実、老人福祉施設・文化会館等の運営など)住民ボランティアの活用(太田市〈市民サポーターと呼称〉、東京都豊島区ほか)、公式整備計画上の優先順位は低いものの地元の要望は根強い生活道路・側溝等について、機械や舗装材料等を貸し出し、住民の自主整備を奨励する(柳井市、長野県原村他)などの事例がある。
第3に政策立案・統制面では、自治体が行う施策・事業の立案・執行・実施の各局面において、住民の声をリアルタイムで反映させる動きが目立つ。従来、自治体経営の計画立案や執行は「官」の領分であり、住民の評価は原則4年に1度、地方選挙における事後的審判に尽きるとされていた。しかし、環境影響評価など事前審査の導入、あるいは公共事業計画への反対運動や住民投票の経験を通じ、住民は施策・事業内容に対する統制意識を強めつつある。地元の反対運動によっては事業の撤回もあり得る状況下で、自治体は初期段階から煩を厭わず説明と住民参加を行う方が、結局は地域経営が円滑化するという認識に変わりつつある。具体的には、都市整備計画を住民主導で行い、自治体職員はサポートに徹したり(三鷹市「まちづくり計画」、世田谷区「まちづくり協議会」、日野市「ひのいいプラン2010(基本計画)」)、執行機関の運営について市民の代表(市民委員会、審議会等と呼称)がチェックし、発注条件や事業計画などの具体的内容を決めたり、政策変更を求める(草加市、志木市)などの事例がある。
このような市町村と住民の新たな関係は一朝一夕に生じたものではなく、ここ十数年にわたる分権改革を背景としている。まず1990年代前後、学校・病院・幹線道路等公共施設の整備が一段落し(ナショナルミニマムの達成)、行政の内容がソフト化、サービス化した。これに伴い、地域住民は身近なサービスを提供する市町村の動向に関心を強め、国レベルでも、住民構成や地域事情を踏まえたきめ細かい施策の必要性について認識が広まった。全国一律に政策を立案・執行する集権的手法の限界が明らかとなるなか、93年、地方分権推進委員会が設置され、中央と地方の上下関係を見直し、自治体の自由度を向上させる動きが加速した。90年代半ばになると、官僚機構の相次ぐ不祥事や、行政機構の麻痺した阪神大震災を契機に、一般市民の間で公的役割への関心や参加意識が高まった。自治体に対し、地域住民は選挙時の意思表示や陳情・要望だけではもはや満足せず、日常的な関与や提言を行い、責任ある応答を求めた。また、経済成長の鈍化に伴い、住民は自らの税負担と受益の対応関係に敏感となり、財政運営の放漫に批判のまなざしを向け始めた。一方、自治体サイドでは、地方財政の急速な悪化で経費削減や事業の選別が不可避となるにつれ、住民参加の風潮を追い風に、地域のマンパワーを動員して行政サービスの低下に歯止めをかけようとする傾向が強まった。以上のように、市町村と住民の関係が見直されるに至った大きな要因として、a.市町村の役割の増大と自由度の向上、b.住民の地域社会に対する参加意識と納税者意識の向上、b.自治体の財政難、の3点を挙げることが出来る。
自治体が住民との関係見直しを進める理論的な背景として、新行政経営(New Public Management:NPM )の影響も無視出来ない。NPM とは80年代以降、英米やニュージーランドなどアングロサクソン諸国、ドイツ、スウェーデン、イタリアなどのヨーロッパ諸国で広く採用された、民間経営の手法に倣って行政活動の効率性、生産性、有効性を高めるための取り組みを指す。具体的手法は時代的変遷を経て多岐にわたり、国柄による差異もあるが、共通の特徴としてa.業績目標の設定と権限移譲を一対で行い、手続き・プロセスよりも成果とパフォーマンスに重点を置いて評価する、b.民営化や民間委託、PFI(Private Finance Initiative:民間資金等を活用した社会資本整備)や疑似市場の活用など市場メカニズムを多面的に活用する、c.業績目標の設定や評価を円滑・明快に行うため、組織を自律的な活動単位にフラット化する(執行部門と計画部門の分離、地方分権など)、d.住民を顧客と位置づけ、マーケティング手法によって把握したその価値観・意識を起点に業績目標や成果指標を設定する、e.成果指標に基づく業績評価を各ユニットの活動改善に持続的に結び付ける、の5点が挙げられる。わが国自治体に当てはめてみると、a.対応・接遇面―住民を顧客と位置付け、そのニーズの把握・充足に努める、b.事業実施面―民間セクター(地縁団体、NPO、住民組織等)へ事業を委託する、c.政策立案・統制面―政策立案や業績評価に住民の参加を求める、等の形でNPM の多彩な手法の一端を取り入れている。
地方分権、とりわけ市町村の役割の増大が世界的趨勢となるなか、国や都道府県との上下関係に縛られてきたわが国市町村も、基礎的自治体としての自覚と自立意識を強め、地域住民を強く意識した行政運営へ転換しつつある。その方向性は高く評価出来るものの、わが国市町村と地域住民の関係のなかには、地方自治の理念や他国のNPMの経験に照らし、未熟な事例や憂慮すべき傾向も散見される。以下、対応・接遇、事業実施、政策立案・統制の三つの局面ごとに問題点を指摘しよう。
対応・接遇面における問題点は、「住民=顧客」との意識や対応を心がけるあまり、表面的で安易な取り組みに力を注ぎ、自治体の本来的な職責を損なったり、住民との関係をかえってゆがめかねないことである。例えば、図書館の蔵書整備において、専門家の周到な計画ではなく住民アンケートの結果を機械的に受け入れ、数十冊単位でベストセラーを重複購入する、生活保護相談や小口融資の申請など来庁者の様々な事情を考慮せず一律の接遇マニュアルを作る、たらい回しを避けるためとはいえ住民の行政依存を助長しかねないサービスを提供する、等の対応には疑問を禁じ得ない。
NPMのいわゆる「住民=顧客」意識とは、地域の将来ビジョンや政策体系、それをブレークダウンした各施策と成果目標の内容を定めるに当たり、地域住民の要望・ニーズを丹念に収集整理し、整合的な体系に構築することに重点が置かれている。各執行部門の職責(mandate)は、個々に寄せられる苦情や要望への対処ではなく、多くの住民が共有する所管の課題を取り上げて周到に対策を練り、計画的に実行して成果を上げ、結果として地域全体の住民満足度や行政サービスの質を向上させることにある。それを担保するため、NPM では業績目標や達成度の評価指標をあらかじめ設定し、各部門に厳格なコスト管理と効率的、計画的な運営を求める。住民を顧客扱いするだけの表面的な接遇改善や、無批判、無計画な要望の充足はNPMの理念とかけ離れている。また、わが国市町村の振る舞いのなかには住民自治の観点からみても問題がある。住民の要望を政策立案の基盤とするのは当然であるが、アドホックな住民の要求に唯々として応じることは、結果的に一部利益の優遇と行政全体の効率性、有効性の低下につながりかねない。
事業実施面における問題点としては、自治体と住民との役割分担を十分に整理しないまま、自治体が住民に自助を求めたり、ボランティアとの「協働」を進めることである。自治体の近年の民間委託状況をみると、施設管理など定型的、周辺的な業務部門の件数が増加し、容易なところからアウトソーシングに着手する傾向が見て取れる。住民との協働においても同様の図式が存在し、身近で人手の集まりやすい施設運営のためボランティアを募ったり、地域の合意が得られやすい生活関連施設の自助整備を進める姿勢が目立つ。
NPMは市場メカニズム重視を掲げ、民営化や民間委託など様々な形で民間セクターと協働を行っているが、その前提として行政の果たすべき役割の再定義が不可欠である。クリントン政権のNPM に大きな影響を与えたオズボーンとゲーブラーの著書によれば「政府の仕事は舟の舵を取ることで、漕ぐことではない。サービスを提供するのは漕ぐことであるが、あいにく行政は漕ぐことがあまり得意ではない」のであり、政策立案と執行を分離する必要性が指摘されている。NPMの考えでは、自治体は地域に必要な事業・サービスを規定し、供給の筋道をつければ、実際に供給するのは自治体でなくても構わない。ただし、「行政は民間にゆだねる事業内容や評価基準をあらかじめ契約に明示し、受託者に相当の裁量を許す代わりに受託者は成果の達成度や効率性について説明責任を負い、さらに行政も委託責任を負う」という分業システムが確立している。これに対し、わが国では行政と住民の役割定義が不十分なうえ、責任の所在も明確でなく、協働の前提となる分業システムが未確立である。自治体が現行の執行体制を根本から見直し、行政に真に求められる職責は何かを見極めたうえ、住民(および企業など民間セクター全般)との間で適切な役割分担を図らない限り、「地域の舵取り」として問題が多い。
政策立案・統制面の問題点としては、自治体の意思決定の在り方と仕組みについて、十分な検討や合意を欠いたまま、住民参加を進めることである。かつては企画立案後の説明と事後承認しか求められなかった住民が、審議会や委員会の形で、政策形成や監査など地域経営のPDS サイクル(事業の執行管理・改善のため、計画〈plan〉・実行〈do〉・監視〈see〉に循環的に取り組むこと)に携わることは、住民自治の面からみて大きな意義を持つ。しかし首長直属の審議会や委員会は、一歩誤れば首長の意思追認機関や「アリバイ作り」の誹りを免れないし、参加コストの異なる住民の間に不平等をもたらすおそれもある。
そもそも住民の信任や問責を受けない審議機関の役割には自ら限度があり、広く住民が参加し、答申を受けた首長が最終判断を下すからといって、過剰な影響力を持つことは好ましくない。審議会・委員会に対する統制は、一定のルールの下、住民から選ばれた首長と議会が慎重に行う必要がある。また、審議会、委員会自体の運営に公正を期すためにも、適切なルールの設定と運用が不可欠である。具体的には、委員の選出方法や任期、職責、首長や議会との関係について、十分な議論と合意に基づくルールを設定し、情報開示や開かれた運営体制とすべきである。
以上のように、わが国市町村と住民との関係をみると、ユニークな発想に基づく様々な取り組みが導入され、住民と自治体の距離を近づける努力がなされている半面、住民と行政双方の役割や責務を定義して地域経営全体のなかに位置付ける、総合的な観点が不足しがちである。その理Rとして、第1に従来、市町村行政は国や都道府県との関係に強く規定されていたため、市町村の住民に対する意識や関係に未熟な点が多いこと、第2に地方自治の経験が浅いうえ、社会環境の変化が急激であったため、地域社会に住民自治の仕組みが十分根付いていないこと、の2点が挙げられよう。
NPM先進国である欧米社会が「住民=顧客」と位置付けた文脈をみると、有権者あるいは納税者としての住民像が、地方自治の枠組みに十分定着・機能している社会環境がまず存在し、そこに行政サービスの質の低下や非効率等の問題が生じたため、改善の処方箋としてNPMが採用された。確かにNPM では、住民を「顧客」と見立て市場調査の手法を援用してニーズを把握しているが、基礎には有権者・納税者たる住民像がある。さらに、職員の意識改革、事業内容・成果目標の策定、地域経営方針等に関して、顧客満足度に倣い住民満足度重視の姿勢を取り入れたが、同時に、有権者たる住民への説明責任を果たすスタンスも強化された。これに対し、わが国では住民を有権者、納税者として遇する仕組みが十分定着しないなかで、顧客としての住民像が過度にクローズアップされた。このため、自治体の住民への意識や関係が対「顧客」の立場に偏る一方、有権者や納税者としての住民像は後景に追いやられ、地域経営全体としてみた場合、ゆがみが生じたといえる。
また、住民参加についても、欧米社会とわが国との経験の差は明らかである。欧米では、中世以来の教区や合併前の旧市町村単位で存在するコミュニティ組織が代表機関を設置し、地域の公共事業や環境問題について、審議や議決、執行を担う住民参加の制度化が進んでいる。これらのコミュニティ組織の場合、行政機関から事務委託を受けたり、意見具申と回答要求権を持つなど、自治体の行政機能(一部は議会)との間に一定の関係が構築されている。これに対してわが国の場合、旧来型自治組織である町内会・自治会の多くが機能不全に陥る一方、新たな住民参加の仕組みは構築途上であり、行政機関や議会との関係構築も今後の課題となっている。
地方分権のさらなる進展のなかで、基礎自治体と住民の関係が密接化する方向性は揺るぎないが、表面的な住民参加や住民重視では、自立した地域経営は期しがたい。わが国地方自治の経緯や独自性、欧米社会との相違点や経験の浅さに十分留意し、地方自治の本旨の実現に努めることが必要である。具体的には、海外や国内の先進自治体の事例に学びつつも、地域の固有事情や社会環境、住民構成や政治風土等を強く意識したうえで、地域のため自治体が本来なすべき役割について根本から検討を加える必要がある。そのうえで、住民との適切な役割分担を目指し、将来にわたり地域経営を住民と自治体が協働して担うビジョンを作り上げることが求められよう。
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