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Business & Economic Review 2003年08月号

【OPINION】
多様な就労形態のもとで若年の能力開発が可能な環境作りを

2003年07月25日 調査部 経済研究センター 山田久



  1. 悪化する若年就労状況

    若年就労問題に注目が集まっている。今年度の「国民生活白書」がこの問題を主要テーマに取り上げたほか、2003年6月10日には「若者自立・挑戦戦略会議」が開催され、経済産業省、厚生労働省、文部科学省、内閣府の関係閣僚が対応策を協議し、その内容は「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(骨太の方針2003)」に盛り込まれることとなった。
    ここで改めて若年就労状況の厳しさを確認しておくと、15~24歳の2002年の失業率は9.9%と10年前に比べて5.4%ポイントも上昇しており、そのペースは全体(+3.2%ポイント)を大きく上回る。さらに、若年就労の状況は、量的のみならず質的にも悪化している。2003年1~3月期における15~24歳の正規社員比率(非農林業、役員を除く雇用者対比)は54.5%と1995年2月の73.9%から大幅に低下し、いわゆる「フリーター」が増加傾向をたどっている。わが国では、非正規社員は仕事の内容・処遇面で正規社員に大きく劣るため、フリーターでは生活が不安定なばかりか十分な職業能力を身に付けることが難しい。
    こうした若年就労状況の悪化は日本の将来に暗い影を投げかけている。将来の日本の「担い手」の職業能力低下は、経済のみならず政治・社会・文化の広い分野にわたる日本の国力の衰退をもたらす恐れがある。また、低賃金しか得られない非正規雇用で従事する若者は家庭形成能力に乏しく、少子化に拍車をかける結果を招いている。

  2. 若年の就労環境が悪化した背景

    若年の就労環境が悪化した背景としては、以下の3点を指摘することが出来る。
    第1は、若年層における就労意欲の低下である。
    「パラサイト・シングル」という言葉がもてはやされたように、「豊かな親」を背景にして就労の「経済的必要性」が希薄化するなか、「働くことの覚悟」が出来ない若者が増えている。しかし、より根本的には、わが国における「キャリア・モデル」が失われつつあることに問題の所在があるように思われる。かつては、会社の職務や家業をまじめにこなしていれば「一角の人物」として認められた。しかし、厳しい経済環境のもとで、中高年サラリーマンのリストラ、自営業の廃業が日常化し、かつての「キャリア・モデル」が崩れはじめている。こうしたなか、将来展望がぼやけつつあるもとで、若者の就労意欲の低下がみられている。
    第2 は、労働需要の減退である。
    経済の低迷が長期化するなか、企業に雇用過剰感が残る状態が続いている。日本の場合、人員削減を極力回避する一方、新卒採用を大きく抑制することで過剰感の緩和を図ることが、企業の一般的な行動様式であるため、若年層にしわ寄せが集中するのである。この点に関連して、若年雇用と中高年雇用がトレードオフの関係にあることを強調し、中高年雇用を過度に守っている結果が、若年の就労環境の悪化を引き起こしているという説もある。しかし、近年、早期退職がいわば制度化されるなかで、中高年の離職率が上昇し、成果主義の名のもとで中高年賃金は大幅に引き下げられている。後でみるように、若年失業は先進国共通の問題であり、中高年雇用を保護していることが若年失業の原因というよりも、新しい産業の成長が遅れて経済活性化がなされず、労働需要全体が縮小していること、問題の根本にあると考えるべきであろう。
    第3は、「マッチング・ルート」の崩壊という問題である。
    従来、わが国の新卒採用には確固とした「マッチング・ルート」が存在していた。高卒であれば企業と高校との間に太いパイプが築かれ、勤勉で有能な人材が安定的に就職していくルートが出来上がっていた。また、大卒であれば、先輩が母校の後輩の仲介役となり、企業の人事担当の面接を通じて就職していった。こうした「学校から職場」へのルートは、主に大手企業と学校との間に形成されてきたが、近年、大手企業の新卒採用の抑制スタンスが常態化し、とりわけ高卒就職のマッチング・ルートが細っている。これは、単に景気が低迷を続けているためというよりも、経営環境の変化のスピードが激しくなるなか、長期雇用のもと内部育成を前提とした「生え抜き正社員」の数を絞り込む一方、即戦力となる中途採用を増やしたり、派遣労働や契約社員の活用、アウトソーシングの積極化等により不断に事業ポートフォリオの見直しを図ろうという、雇用戦略の構造変化を反映したものである。一方、新興企業を中心に中小企業のなかには、新規学卒の採用に苦労する企業がなお多い。しかし、大手企業のようなマッチング・ルートが必ずしも形成されていないため、中小企業に存在する「受け皿」を十分活用出来ていない状況が続いている。

  3. 諸外国の状況

    ここで海外に目を転じると、実は若年就労問題は「先進国共通の問題」といってよい状況にある。
    すなわち、2001 年時点の主要欧米諸国における15~24歳の失業率をみると、アメリカ10.6%、イギリス10.5%、ドイツ8.4%、フランス18.7%と、日本が突出して高いわけではない。しかし、日本では、つい最近まで若年就労対策がほとんど講じられてこなかったのに対し、欧米諸国では、これまで様々な対策が講じられてきたことの違いが大きい。
    では、欧米諸国は若年対策としてどのような施策を講じてきたのか。大きく三つを挙げることが出来る。
    第1は、若年層の能力開発である。具体的には、a.ドイツのデュアルシステムに代表される「訓練生制度」、b.アメリカのコミュニティー・カレッジのような職業教育機関の設置、c.イギリスのNVQを一例とする職業資格の整備など、様々な形で若年層の能力開発への支援が行われてきた。
    第2は、雇用需要の拡大である。その具体例としては、a.早期退職と若年就労をセットにしたフランスを中心とした「雇用創造型ワークシェアリング」、b.若年雇用を行った企業への助成金の支給、c.政府による直接雇用、といったことが挙げられる。
    第3は、若年層の就労インセンティブの強化である。この代表的なケースとしては、イギリスの「若年者向けニューディール」において、若年者が失業給付を受けるためには、集中的な求職支援サービスを受けることを義務付ける、などの施策が行われてきたことを指摘出来よう。
    以上のように、欧米諸国では様々な若年対策が講じられてきたが、そのすべてが有効なわけではなかった。それは、各国の若年失業率が、依然として二桁前後の高水準であることが物語っている。しかし、例外的に若年失業率を大幅に低下させることの出来た国がある。それはオランダである。

  4. オランダにおける経験が示唆するもの

    では、オランダで若年就労状況が改善した秘密は何か。いうまでもなく、オランダはパートタイマーを中心とした就労形態の多様化を軸に雇用再生を果たしたことで、世界の注目を集めてきた。その点は、若年就労についても例外ではなく、90年には11.1%あった15~24歳の失業率は、2001年には4.4%まで低下している。こうした失業率低下のメカニズムを考えるに当たっては、日欧12カ国の国際研究組織により共同実施された「高等教育と職業に関する日欧比較調査」が参考になる。
    そこでは、大卒4年目の仕事内容や満足度の違いが、様々な就労形態ごとに日蘭で比較されている。具体的には、「チャレンジングな仕事に就いているかどうか」、「自分のアイデアを生かす機会があるかどうか」、「仕事全体の満足度はどうか」といった点に関する充足度合いが、いわゆる「正社員」(定職でフルタイム)とそれ以外の就労形態に分けて、男女別に指数化されている。これによれば、日本では、男女ともにおしなべて「正社員」の充足度合いがその他の就労形態を大きく上回っているのに対し、オランダでは、就業形態間の格差が小さくなっている。しかも、「自分のアイデアを生かす機会があるかどうか」についての男性のケース、さらには、「仕事全体の満足度はどうか」についての女性のケースなどにおいては、「正社員」以外の就労形態の方が、充足度合いは大きくなっている。
    また、職能および就労形態別の就労状況についてもまとめられているが、日本ではいわゆるホワイトカラー専門職(技術・自然科学専門職、法務・財務・社会科学専門職)においては、「正社員」のケースがほとんどであるが、オランダではこれらの職能において、正社員」以外の就労形態のケースも多く存在する。しかも、オランダでは日本で多い事務職が少なく、何らかの専門職に就いているのが一般的である。
    つまり、オランダでは就労形態の多様化を進めることで、若年の雇用機会を増やしたわけであるが、就労形態間で仕事の内容や処遇を均等化させることで、非正規雇用の持つ問題を緩和することに成功している。そして就労形態により仕事の内容に大きな違いが生じない背景には、職務概念が明確化され、若手といえども、プロ意識が醸成される専門職に就くケースが一般的であるという状況を指摘出来よう。
    こうしたオランダの経験は、「キャリアを形成する=フルタイマー正社員として雇われる」という常識を転換することの必要性を物語っている。企業が厳しい競争下で生き残っていくためには、新規の商品・サービスの開発を不断に行う必要がある。そのためには、事業ポートフォリオを柔軟に組み替える必要があり、「正社員」を絞り込む一方外部労働力を積極活用するという雇用スタンスは、今後とも一段と強まっていくであろう。このようにみれば、「正社員」に過度にこだわることなく、むしろ多様な就労形態を前提として、若年層が能力開発の機会を与えられる環境作りに取り組むことが求められている。
    5.多様な就労形態のもとでも能力開発が可能な環境作り
    以上見てきたことを踏まえれば、今後若年就労対策として何が必要か。
    まず、当面の対策として、あらゆる手を尽くして若年の就労機会を増やすことが必要である。なぜならば、無業・失業により若年層に職業能力が身につかないことが何よりも重大な懸念材料であり、職業能力とは詰まるところ、実際に働くことによってしか身につかないからである。具体的には、まず、受け皿として十分生かせていない中小企業と若者との間に、様々な太いパイプを創出することが求められる。その意味で、政府が検討しているワンストップ型で若年者の就職支援を行う「ジョブカフェ」の設置は歓迎されるが、そのほか地方自治体が中心になって、「就職フェア」の開催など中小企業と若者がお互いを知る機会を増やすことに積極的に取り組むべきである。また、中小企業の人材需要を発掘するという点では、再就職支援会社にノウハウがある。その意味で、政府は枠組みを作ることに専念し、実際の業務は民間の人材関連事業者に委託することで、若年層の中小企業への就職斡旋を行うことが効率的であろう。
    そのほか、「トライアル雇用」、「インターンシップ」、「日本版デュアルシステム」の創設など、現在政府が実施・検討している様々な試みも、積極的に取り組まれるべきである。なお、今般の「若者自立・挑戦プラン」の目玉である「日本版デュアルシステム」については、わが国モノ作り基盤の維持・強化のためのスキームと一体化して実施する必要がある。わが国の場合、オリジナルであるドイツのデュアルシステムが主な対象とする製造業自体が縮小傾向にあるため、受け皿がなくなれば、せっかくの職業訓練も無に帰す恐れがあるからである。具体的には、後継者がなく、廃業が相次ぐ東京大田区や東大阪など特定産業の集積のある地域において、一段の産業集積を促す産業政策を展開すると同時に、業界団体と工業専門学校・職業訓練校などが協力・主導する形で、日本の事情を勘案した独自の「訓練生制度」の創設が図られるべきであろう。
    また、政府による直接雇用が検討されてよい。ただし、政府自体のスリム化が必要であるとしても、それは臨時雇用によってではなく、正規採用を増やすことを考えるべきである。a.依然として20 人学級が実現しないもとで教員の高齢化が進む「義務教育」、b.治安の悪化傾向を背景に充実が望まれる「警察」などは、今後とも公的セクターが担っていくべき重要分野である。その意味で、これら分野については、公務員の採用枠を大幅に増やすことで、公的サービスの充実と若年就労対策の一石二鳥を図るべきであろう。
    しかし、根本的な問題解決を図るためには、オランダの経験が示唆するように、多様な就労形態を前提として、すべての若年層に「やりがいのある仕事」や「能力開発の機会」が等しく与えられる環境作りに取り組むことが求められている。
    第1に、就労形態間の壁の低い雇用システムの創出である。
    フリーターをなくすという発想ではなく、フリーターから契約社員へ、あるいは、フリーターからパートタイマーを経て正社員へと、異なる就労形態間を移行しながら職務能力のレベルアップが出来る雇用システムの構築が目指されるべきである。同時に、生え抜き社員、中途採用、パートタイマー、契約社員といった「身分」の違いにかかわらず、個々の労働者の能力に応じて「仕事」が与えられ、成果に応じて「処遇」が与えられるシステムを構築することが求められる。そのためには、個別職務ごと、さらにそのなかでのいくつかのレベルごとに、職務内容が明確化されることが必要であり、そのためには、就労形態にかかわらず、すべての労働者が同じ評価基準で職務レベルが決められる人事制度の構築が前提となる。政策的には、就労形態に中立的な社会保障制度を整備することも、忘れられてはならない。
    第2に、企業横断的な職務能力認定制度の整備が求められる。
    フリーターをはじめとする非正規社員における能力開発上のハンディを克服するには、職務能力を社会的に認定する仕組みがあることが有用である。例えば、5段階程度の職務レベルに応じてランキングされた能力認定制度を整備することで、職務ごとのスキルアップの道筋が明示される。その結果、職場が変わっても、同種の職務に就けば職業能力を継続的に向上させることが可能となろう。この意味で、イギリスのNVQに模した官民連携による職務能力認定制度を創設し、「正社員」以外の就労形態にある若年層でも、十分な能力開発が可能となる環境作りが望まれる。
    第3に、雇用の受け皿となる新しいサービス産業の育成である。
    改めて強調すべきは、若年層に「やりがいのある仕事」が多く与えられるためには、現在絶対的に不足している雇用の受け皿自体が増えることが不可欠だ、ということである。その面では、医療・介護・保育サービス、資産運用支援サービスなどの「個人向けサービス」分野のほか、情報システム構築、人材派遣をはじめとする多種多様な「企業向けアウトソーシング・ビジネス」が有望である。そこで、これらの新しい産業が発展するための環境整備として、規制改革(医療分野での株式会社解禁、人材派遣期間の延長など)や社会資本整備(介護・育児施設整備、電子政府実現など)が急がれるが、上で指摘した職務能力認定制度を創出することも支援材料となる。新しいサービス産業においては、個々の労働者の提供するサービスの質こそが、産業全体に対する顧客の信頼度を左右するからであり、能力認定制度により、全労働者のレベルが底上げされれば、産業全体の成長が加速され、それが新たな雇用を生み出していくことにつながるであろう。
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