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Business & Economic Review 2003年06月号

【OPINION】
消費税率引き上げの前に社会保障改革の方向を定めよ

2003年05月25日 蜂屋勝弘


消費税率の引き上げ論議が急浮上している。今年初に日本経団連と経済同友会から相次いで政策提言が出されたが、いずれも、最終的に欧州諸国並みの水準への消費税率の引き上げが提言されている。すなわち、1月の日本経団連の新ビジョンでは、消費税率を2004年度から毎年1%ずつ引き上げ、最終的に16%とすべきであるとしている。また、2月の経済同友会の政策提言では、消費税率を年金財源として12%、一般財源として国と地方合わせて2%引き上げ、最終的に19%とする必要があるとしている。
こうした消費税率引き上げ論議の高まりの背景としては、以下の点が指摘出来る。
第1は、将来の社会保障財源をいかに確保するかという問題である。高齢化の進行に伴って、将来的に社会保障給付費の増大は不可避である。厚生労働省の試算によると、2025年度の社会保障給付費は176兆円と、現在の82兆円程度に比べて2倍を超える規模に増大する見通しである。この結果、社会保障給tに必要な公費負担額も大幅な増加が避けられない。厚生労働省によると、2025年度の176兆円の社会保障給付に必要な公費負担額は、64兆円(2004年から基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げる場合)に上ると試算されてい。現在、社会保障給付に係る公費負担額は、24兆円程度であることから、2025年度の公費負担を賄うためには、追加的に40兆円程度の財源確保が必要となる。
第2は、目先の問題として、2004年に予定されている基礎年金の国庫負担割合引き上げの財源を確保する必要性である。現在、基礎年金給付費の3分の1が国庫負担で賄われている。この国庫負担の割合について、2004年までに、安定した財源を確保し、2分の1に引き上げることが、1999年の年金制度改革で決められており、これを実施すると、新たに2兆7,000億円の財源が必要となる。
第3は、社会保険料の事業主負担の増加に対する、企業サイドの懸念である。社会保険料のうち事業主負担の割合は、年金、医療、介護など制度ごとに異なるものの、平均では約53%に上っている。将来を展望すると、例えば厚生年金保険料率の場合、厚生労働省の改革案では、今後2022年度にかけて現行の総報酬比13.58%(労使折半)から同20%まで引き上げることが想定されており、これが企業の雇用コスト上昇圧力に直結することが懸念されている。これを回避するために、保険料負担を税負担に置き換える必要性が指摘されている。
以上のように、現下の消費税率の引き上げ論議は、従来のような直間比率の変更の観点から税収中立を前提にした議論とは異なり、基本的に将来の財源不足の解決策として議論されている。こうした観点から、消費税がそれ以外の財源(保険料や他の税収等)に比べて望ましいとされる主な理由として、以下の点が指摘される。
第1は、高齢者にも課税されることで、世代間の不公平是正に資する点である。消費税の場合、社会保険料や所得税に比べて現役世代への税負担の偏りが小さくなるため、現役世代への過度な負担が抑制されるといったメリットが指摘されている。加えて、社会保障給付とのバランスをみても、高齢者にもある程度の負担を求める方が、現役世代と高齢世代間の公平性確保に資すると考えられている。例えば、年金についてみると、現在の高齢世代には、過去に負担した保険料負担を超える年金が給付されているのに対し、現役世代には、若年になるほど現在支払っている保険料負担を大幅に下回る額しか、将来給付されない見通しである。こうした負担と給付のバランスの世代間格差を緩和する方策の一つとして、高齢世代への課税によって給付を事後的に取り戻すことが考えられ、消費税はそのための有力な手段とされる。
第2は、経済への悪影響が比較的軽微にとどまる可能性である。消費税と社会保険料の貯蓄に与える影響を経済理論面から比較考量すると、両者とも資産所得に課税されないため、現在の消費と将来の消費の配分は異ならないものの、消費税の場合、将来の消費税の支払いに備える分、現役世代の貯蓄が増える。このため、消費税の方が、資本蓄積が進み、潜在成長力が高まるというのが理論的帰結である。
こうした消費税のメリットに対し、以下のような、問題点が指摘されている。
第1は、物価スライドの影響である。年金給付の際、消費税分が物価スライドによって給付額に反映されると、高齢者にも負担を求めるという意図が事実上達成されなくなる。
第2は、資本蓄積の進展が潜在成長力に及ぼす影響に対する疑問である。もともと、わが国の経済構造は、家計部門の巨額の貯蓄を背景に、民間部門が貯蓄超過となる傾向にある。この点を踏まえると、貯蓄の増加が資本蓄積を促進し、潜在成長力を高めるという経路が、わが国経済においてどの程度妥当性を有するのかは吟味を要する。また、現在のわが国の経済状況をみると、供給が需要を上回るいわゆるデフレ・ギャップの状態にあり、家計部門の貯蓄が増えたからといって、すぐに設備投資の活発化が見込まれる状況にない。先述の経済理論では、経済の均衡状態が想定されていることに留意する必要がある。
第3は、消費税負担の逆進性である。消費税は消費に対して比例的に課税されるものの、通常、低所得層ほど消費性向が高いことから、所得に対する消費税負担の比率は、低所得層ほど高くなる。このようにみると、消費税率の引き上げは、確かに将来の必要財源の調達手段として有力な候補ではあるものの、財源の検討にあたっては、より多様な視点から幅広い手段を模索していくことが現実的であろう。
具体的には、必要な財源確保にあたって以下の4点を念頭に置く必要がある。
第1は、国民負担の増加自体の抑制である。このためには、新たな国民負担増加を社会保障財源の不足分に限定することに加え、社会保障給付費自体の膨張を最小限にとどめることが求められる。先述のように、社会保障財源として将来的に40 兆円もの税負担の増加が必要となることを勘案すると、既存の財政赤字解消のために増税を行う余裕はない。財政赤字の解消は増税ではなく歳出構造の徹底的な見直しで達成すべきである。加えて、社会保障制度の徹底的なスリム化・効率化によって、将来の給付費を2割程度削減することが必要である。その際、基礎年金や老人医療などナショナルミニマムに相当する給付部分を税で確保する制度に変更し、社会保険料負担の上昇を極力抑制する。こうすることで、2025年度の国民負担率を改革前に比べて5%程度抑制するとともに、財政赤字を含めた潜在的国民負担率をほぼ現行水準の46.8%にとどめることが可能となる。
第2は、改革の順序である。消費税率の引き上げの議論を行う前に、社会保障制度改革の方向を明確にする必要がある。税負担を国民の間でどのように分かち合うかは、社会保障をどのように給付するかと密接にかかわる問題である。例えば、イギリスでは、低所得層にもかなりの税負担を求める代わりに、負担額の数倍にも上る手厚い社会保障給付が行われ、スウェーデンでは基礎年金を廃止する代わりに低所得・低資産保有層に限定する形で税を財源とした最低保証年金を創設している。わが国でも、将来の社会保障の財源を議論するに当たっては、社会保障の給付対象を全国民とするのか、低所得・低資産保有層に限定するのかといった、将来の給付の姿をもっと議論すべきである。低所得・低資産保有層に対して手厚い給付を行うことで、消費税の逆進性が事後的に解消されるのならば、将来の社会保障財源を消費税率の引き上げのみで確保したとしても、所得再分配の観点からの問題は小さいであろう。しかしながら、富裕層に対しても低所得・低資産保有層と同様の給付を行うのであれば、その財源を消費税率の引き上げのみで賄うことは、所得再分配の観点から問題があるといわざるを得ない。こうした場合には、軽減税率の導入による逆進性の緩和に加えて、高額所得層に対する給与所得控除の縮小や相続税の増税など、富裕層により多くの負担が及ぶ方策を、消費税率の引き上げとセットで行うことが求められる。
第3は、同様の効果が狙える代替案の検討である。先述のように、消費税率引き上げの狙いの一つとして、高齢世代にも課税が及ぶ点が指摘されている。この場合、順序としては、まず、高齢世代のみに課税が及ぶ方法を選択するのが筋である。すなわち、消費税を物価スライドに反映させないことは当然のこととして、高齢世代の税負担が低いことの主因である公的年金等控除の縮小・廃止を行う必要がある。なぜなら、そうすることで、消費税率の引き上げ幅を少しでも抑制することが可能となり、現役世代への過重な負担を軽減することが出来るからである。
第4は、消費税率を引き上げる場合の景気情勢への配慮である。当然のことながら、増税は景気に悪影響を及ぼす。したがって、将来の社会保障財源を確保するにしても、経済情勢を無視したやみくもな増税は避けなければならない。この点で目先懸念されるのは、2004 年に予定されている基礎年金の国庫負担率引き上げ財源2兆7,000億円の確保である。現下の景気状況下では、2兆7,000億円もの増税は非現実的であり、国庫負担率を予定通り引き上げるのならば、歳出構造の見直しによる必要財源の確保が求められる。歳出構造の見直しが出来なければ、国庫負担率引き上げの延期も視野に入れる必要がある。
以上みてきたとおり、将来不足する社会保障財源の確保策として消費税率の引き上げ論議をする前に、本来行わなければならないことは、持続可能な社会保障制度をいかに構築していくかという改革の方向の明確化である。国民にどの程度の負担増大を強いるかは、年金、医療などに対する国民のニーズの強さと負担増大に対する許容度に依存している。
大陸欧州型の「手厚い社会保障と高負担」が良いのか、米英型の「自己責任に立脚した低負担の社会保障」が良いのかは、国民自身の価値観に依存する。その中間である「第3の道」を選択する場合でも、他の先進諸国を上回るレベルまで急速に高齢化が進行するわが国においては、大陸欧州並みの消費税率引き上げは避けられない。この事実を国民にしっかりと認識してもらうとともに、選択を求めるのが政治の役割であろう。
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