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Business & Economic Review 2004年10月号

【CHINA TREND】
懸念されるマクロ引き締め策の中長期的影響

2004年09月25日 香港駐在員事務所長 呉軍華


中国のマクロ引き締め政策に対する関心は、依然として景気への影響、すなわち、過熱した経済がソフト・ランディングするのか、それともハード・ランディングに向かっていくのかに集中しているようである。しかし、筆者はソフト・ランディングの確率が高いとすでに判断したこともあって(当コラム6月号参照)、むしろ市場経済化の推進や経済の持続的成長力の強化といったより中長期的視点から、今回のマクロ引き締め政策の及ぼすインパクトに注目している。
こうした視点から考えると、今回のマクロ引き締めは短期的に過熱した経済の抑制に奏功したとしても、中長期的には今後の改革や経済成長にネガティブなインパクトを与える恐れがあることを指摘したい。
具体的には、次の2点がとりわけ懸念される。
まず第1は、マクロ引き締めが依然として行政手段に依存していることである。周知の通り、今回のマクロ引き締めは、中国人民銀行(中央銀行)が2003年6月5日に公布した不動産部門への融資を規制する第121 号通達を皮切りに始まった。それ以降、急速に膨張する投資を抑制するために、「管住土地・管緊信貸(土地の放出と銀行貸出を厳しくコントロール)」を基本方針として、国家発展改革委員会や建設部、国土資源部などの中央関連官庁が一連の引き締め策を打ち出してきた。こうした引き締め策の中身をみると、日本の公定歩合に相当する商業銀行の預金準備金率の引き上げなど、いわゆる市場メカニズムに基づく政策手段もあるが、ほとんどは過熱した産業部門への参入規制や貸出規制、土地供給の凍結、価格の引き上げといった行政手段である。
実際の効果をみても、市場メカニズムに基づく政策手段よりも行政手段頼りの構図は明らかである。たとえば、銀行貸出規制と預金準備金率引き上げの効果を比較してみると、よく分かる。ちなみに、2003年9月21日に預金準備金率の1回目の引き上げ(6.0%→7.0%)を実行したが、翌10月の貸出額の前年比伸び率は9月よりわずか0.2%ポイントの減速にとどまった。これに対して、2004年4月25日に実施された2回目の引き上げ(7.0%→7.5%)では引き上げ幅は0.5%と前回の1%より小さかったが、前後に過熱産業への貸出規制などの行政規制が行われていたために、貸出抑制効果はきわめて大きかった。すなわち、引き上げ直後の5月、6月の貸出額の伸び率をみると、各々前月より1.3%ポイント、2.3%ポイント鈍化した。
経済の過熱という緊急事態に対処するために、対症療法的な行政手段を使うことは、ある意味ではやむをえないことである。問題は、市場化に向けての改革が始まってすでに20年以上たっても、中国がいまだに行政頼りの経済運営を繰り返していることである。
中国政府も行政手段に頼るのではなく、市場メカニズムに基づいた経済運営をすべきだと主張している。それにもかかわらず、中国はなぜ、行政頼りの経済運営から脱出することができないのだろうか。多くの背景が考えられるが、なかでも重要なのは、市場経済化の浸透とともに中国社会の利益構造が多元化に向けて大きく進んできているにもかかわらず、それに対応する新しい政治・経済システムの構築ができていないことである。当コラム6月号でも指摘した通り、今回の経済過熱は主としてGDP至上主義のもとで、自らの合法・非合法的利益の実現を最大限に求めようとした地方政府と、それをバックとした企業の投資行動によってもたらされたといわれる。このことに象徴される通り、本当の意味で経済過熱というよりも過去にもみられた「制度過熱」の繰り返しである。
このような市場機能の不完全さに起因して発生した制度過熱は、行政手段で短期的に退治することができたとしても、中長期的には市場のひずみを一層深刻化させるだけである。これは過去の「制度過熱」→マクロ引き締め→経済の安定化→「制度過熱」のサイクルですでに実証済みである。本来ならば、こうした「制度過熱」の問題を抜本的に解決するために、政治を含む全体的な改革を通じて中央と地方の関係を再構築し、また、政府がプレーヤーとしての経済活動から退場することが不可欠である。しかし、少なくとも現時点までのマクロ引き締めの軌跡をみる限り、残念ながら、改革がこうした方向に向けて動きだした兆しはみえない。
中長期的に今回のマクロ引き締めの影響が懸念される第2のポイントは、マクロ引き締めが経済の過熱をもたらす制度的要因の解決につながっていないばかりか、市場経済化の流れに逆行する恐れすらあることである。
具体的には、マクロ引き締めは結果として、鉄鋼やアルミニウムといった産業部門における国有企業による独占体制の強化につながるのではないかということである。これまでのコラムでも指摘した通り、今回の経済過熱は二つの特徴を持っている。一つは鉄鋼やアルミニウム、セメントといった伝統的に国有企業が圧倒的シェアを持つ産業部門への過剰投資であり、もう一つは民間企業がはじめて過剰投資の主体として登場したことである。しかし、こうした産業部門は例外なく近い将来、生産能力が過剰になると予測されている。それにもかかわらず、国有企業だけでなく、なぜ、民間企業までが過剰といわれるほどの投資をしようとしたのであろうか。その理由はこうした産業が伝統的に国有企業によって独占されていたために、投資利回りが極めて高く、いわばハイリターンが期待できることにある。たとえば、国家統計局が発表した産業別利益率の資料をみると、過剰投資といわれてマクロ引き締めの対象に指定された産業の平均利益率はいずれもトップクラスである。ちなみに、利益の伸び率でみた2004年1~4月のベスト3は黒色金属採鉱業、非鉄鋼製造業、石油・コークス・核燃料加工業となっており、それぞれ対前年同期比6.9倍、2.2倍、2.1倍に達している。
こうしたハイリターンに加え、近年、GDP至上主義が横行するなかで、地方政府は、より多くの投資を誘致するために、銀行融資や税金、土地、労働・環境基準などの面において便宜を図ることによって、事業リスクも、実際の投資コストも大きく抑制した。これらのもとで、国有企業に加え、地方政府とコネクションのある一部の有力民間企業がこうした産業に参入し始め、過剰といわれるほどの投資ブームを生み出した。本来ならば、このように基本的に国有企業の独占利益に起因する過剰投資の問題を解決するためには、国有企業の独占構造を打破し、すべての企業が公平に参入できるようにすることが不可欠である。しかし、今回のマクロ引き締めは、むしろ実質的にその対象を民間企業に限定している。このままでは、経済の過熱を抑制し、よりバランスのとれた成長を目的にスタートしたマクロ引き締め策は、結果として、国有企業による独占体制を強化し、中国経済の持続的成長を阻害することになりかねない。
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