コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 2004年07月号

【CHINA TREND】
マクロ調整の影響と今後の課題-ハードランディングの可能性は小

2004年06月25日 香港駐在員事務所長 呉軍華


中国経済の先行きに対する懸念が高まっている。なかには、現状の中国経済をバブルと判断し、その崩壊はもはや不可避との予測もある。確かに、諸指標をみると、過剰な投資と銀行融資に起因して、中国経済が過熱化しつつあることは事実である。では、中国経済はこのまま失速に向かうのであろうか。筆者は、5月半ば時点の状況を分析する限り、今年の後半から来年にかけて、経済成長率が現在の約10%のレベルから8%前後にまでスローダウンすることはあっても、社会の安定維持に最低限必要とされる7 %を下回って、ハードランディングするリスクは少ないとみる。むしろ、中国経済の先行きを見極めるには、短期的に失速の可能性を懸念するよりも、中長期的に今回の景気拡大のサイクルを通して中国経済の持続的な成長力が強化されているか否かに注目すべであると主張したい。
筆者が、中国経済を過熱と認めながらも、短期的に失速する可能性は低いとみるのは、ソフトランディングに向けた政府のマクロ調整が成功する確率がかなり高いと判断するからである。その主な根拠として、以下の2点を挙げることができる。
まず第1は、現状の中国経済が比較的緩やかな引き締め政策で制御可能な状況にあることである。過熱は投資部門、なかでも鉄鋼やアルミニウム、セメント、自動車といった一部の製造業部門と都市部を中心とする不動産部門に限定されており、経済全体には及んではいない。物価の動向をみても、消費者物価指数が一年前のゼロないしマイナスのレベルから上昇してきてはいるものの、なお前年比3 %台にとどまっている。今後も5~6%程度まで上昇することはあっても、ハイパーインフレになる可能性はほとんどない。したがって、政府のマクロ引き締めは、あくまでも特定産業の過剰投資の抑制に重点が置かれることになり、他の産業部門が大きく影響を受ける可能性は低いとみられる。
なお、インフレ懸念が低いと判断しているのは、昨年後半以降の物価上昇の主因であった食料とサービス関連商品の価格が、今後落ち着いてくるとみているからである。すなわち、食料品については、昨年秋以降の価格急騰に加え、年初来の農産物生産に関する政府の奨励策によって、食糧生産に対する農民の意欲が大きく高まったため、食糧生産が増加し、価格は秋にかけて安定化してくると予想される。一方、サービス関連商品の価格上昇はもともと政府による価格の引き上げに起因する部分が大きかっただけに、政府がマクロ引き締めに応じて調整する余地は大きい。
第2に、経済の過熱が最悪期を越えた可能性が高いことである。中国経済の過熱問題が国際的にクローズアップされたのは今年に入ってから、とりわけ4月頃であったが、実際には昨年夏以降、中国政府はすでに銀行の預金準備金率の引き上げや不動産関連融資規制を導入するなど、政策運営を引き締め方向に転換していた。徐々にではあるものの、こうした金融引き締め政策はある程度奏功し始めている。ちなみに、銀行融資の動向をみると、昨年8月の前年同月比23.9%増をピークに、12月の21.1%増、今年1月の20.1%増を経て、4月には19.9%増となっている。一方、投資の拡張ペースも安定化する傾向にある。固定資本投資の伸び率は、今年1~2月に53.0%増であったが、3月に43.5%増、4月に34.7%増と徐々にペースダウンしている。
もっとも、年初の固定資本投資ラッシュはマクロ調整の影響によるものとみることもできる。昨年秋以降の中国において、地方政府や企業の関係者の間で、2004年入り後、一層強めの引き締めが必至との一種のコンセンサスが形成されていた。投資を行うに際して、投資効率よりも投資した実績に関心を持つこれまでの地方政府の行動パターンを勘案すると、年初の固定資本投資ラッシュにはマクロ引き締め政策の本格化を見越した駆け込み投資が大きな役割を果たしたといえる。ちなみに、1~3月期の固定資本投資の中身をみると、中央政府関連のプロジェクトがわずか4.8%の伸びにとどまっていたのに対して、地方政府関連のプロジェクトは60.2 %も増加した。
持続成長には課題山積
しかし、筆者は短期的にハードランディングのリスクが低いと判断しても、中長期的に中国経済が順調な拡大を続けていくとみているわけではない。むしろ、今回の景気拡大の過程を経て、中国経済の持続的成長を妨げる構造問題は一層深刻化したことを指摘したい。
なかでも注目すべきは、投資に対する経済の依存度が一層上昇し、成長メカニズムの不均衡が拡大していることである。ちなみに、中国のGDP に占める固定資本投資の割合は、1980年代平均の35.4%から90年代平均の38.5%を経て、2003年には47.2%へと急上昇した。さらに、投資依存型成長が続くなかで、投資効率はますます低下してきた。たとえば、単位当たりのGDPを作り出すためにどれだけの投資が必要かを測る指標であるICOR 指数(GDPの増額に占める投資額)をみると、80年代から90年代前半にかけては、2前後の水準で推移していたが、今回の景気拡大が始まる98年以降急上昇し、2003年には4.6となった。
それでは、なぜ、中国の経済成長は、投資の拡大にますます依存せざるを得なくなったのか。その原因は、次の二つに集約することができる。
まず第1は、消費需要の本格的拡大を妨げる既得権益者層、なかでも都市部の既得権益者層に傾斜した経済政策を取り続けたことである。
周知の通り、今回の景気拡大は98 年以降の内需拡大政策の実施を背景に展開してきた。本来ならば、内需拡大には国内消費の振興が不可欠であるが、中国の場合、資源配分が一部の既得権益者層を中心に進められてきた。このため、人口の約2割に相当するミドルクラスの所得が大きく伸びる一方、絶対多数を占める農民や都市部の貧困者層の所得は高度成長にもかかわらず、伸び悩んでいる。この結果、ミドルクラスを中心に住宅ブームや自動車ブームが沸き起こっている半面、経済成長を支えるうえでの消費需要のインパクトは逆に大きく低下してきた。
第2に、こうした外的要因に加え、地方政府や国有企業だけでなく、民間企業までが過剰投資に走ったことが投資規模を膨張させた内的要因として指摘できる。ちなみに、政府の投資規制や環境基準などに違反したとして、最近摘発された二つの鉄鋼プロジェクト(各々の投資額100 億元超、日本円では1,300億円超)の事業主である江蘇省常州の「鉄本鋼鉄有限公司」と浙江省寧波の「建龍鋼鉄集団」はいずれも民間企業であった。
鉄鋼業を例に過剰投資の問題を具体的にみてみよう。中国鉄鋼工業協会の発表によると、鉄鋼業の固定資本投資の伸び率は2003年の83%増に続き、1~3月期には107%も増加したという。巨額の投資は当然、将来における巨大な生産能力を意味する。国家発展與改革委員会によると、現在建設中の鉄鋼プロジェクトが計画通りに2005年末までにすべて稼働した場合、中国の鉄鋼生産能力は年間3億3,000万トンに達することになるが、実際の需要は順調に拡大しても、2010年になって初めて3億3,000万トンになる見込みである。こうした試算に象徴される通り、現在の過剰投資が今後深刻な供給過剰につながっていくことは明らかである。それにもかかわらず、前述の「鉄本」と「建龍」をはじめとして、なぜ、巨額の投資が依然続けられようとしているのであろうか。
その背景としては、市場経済化を進めつつも政治的に共産党一党支配を堅持する政経分離型改革路線のもとで、民間企業の投資行動のひずみが進んでいることが指摘できる。政経分離型改革路線のもとで、党と政府は、経済活動を含む中国社会の絶対的コントロールを維持してきたために、経済活動と直接的な利害関係を持つ。さらに、経済成長が体制維持の至上命題とされるなかで、GDPの達成度合いはそのまま各レベルの党・政府役人のキャリアパスとリンクする。一方、市場経済化が急速に進むにつれて、GDP目標の達成には当然、民間企業の協力が不可欠となる。こうした民間企業の協力を引き出すために、地方政府は往々にして税金や土地、環境・労働基準などの面において合法的、非合法的な優遇措置を講じる。これにより、企業は事業コストの大幅な削減が可能となり、投資資金を短期間に回収できるようになる。ちなみに、上述の「鉄本」の場合、地方政府の優遇措置によって、事業主がどれだけの事業コストを節約できたかを試算すると、総投資額の約4割に相当するという(経済日報、5月21日)。さらに、鉄鋼関連投資の平均水準でみると、投資は通常着工から3年目にして回収できるといわれる。
社会主義計画経済が破綻した原因の一つとして、効率を無視した政府や国有企業による過剰投資が指摘されて久しい。「ソフトな予算制約性」、すなわち投資が失敗しても関係者の責任が追及されない一方、投資したという実績はキャリア形成にとって有利なために、投資実施の思志決定の過程において予算による制約メカニズムが働かず、政府も国有企業もむやみに投資に走り勝ちになるということが過剰投資を促したメカニズムとして説明される。これに対して、筆者は、税金や環境といった住民の利益を犠牲にすることによる投資コストの人為的削減が民間企業を投資に向かわせたということを「ソフトな投資コスト制約性」として定義したい。改革が政経分離で進められてきた結果、今の中国では「ソフトな予算制約性」に加え、「ソフトな投資コスト制約性」も働き始めたために、過剰投資という構造問題は一層先鋭化している。
このように、中国は短期的には現在の経済過熱を乗り切る可能性が高いものの、中長期的にはむしろ一層深刻な構造問題に直面することが予想される。政経分離型改革のもとでゆがんだ企業の行動を改め、初めて中国は経済の安定成長のメカニズムを構築することができるであろう。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ