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Business & Economic Review 2004年01月号

【OPINION】
政治の新たな動向と今後の課題-第43回衆議院選挙をめぐって

2003年12月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 高坂晶子


2003年11月9日投票の第43回衆議院議員選挙は、選挙活動、開票結果共に従来とはかなり様相を異にする選挙となった。具体的なポイントとしては、第1に選挙活動については、a.マニフェスト(政権公約)が提示され、b.政権選択が問われたこと、第2に投票結果については、c.投票率が史上第二位の低さにとどまったことと、d.二大政党制へ移行する兆しが見られたこと、の4点である。このうちc.の低投票率以外は、従来わが国の選挙には見られなかったポイントといえる。
社民党の凋落が象徴的に示すように、55年体制の最終的な清算がなされた感が深く、一部では今回の選挙のポイントをとらえて「2003年体制の誕生」すら指摘されている。しかし、現在の政情には流動的な要素も多々存在し、上記のポイントが日本政治の主流として定着するまでには紆余曲折が予想される。以下では、各ポイントが現在の政治動向に持つ意味を吟味し、今後、有権者と政党が共に成熟した政治行動を取るために克服すべき課題について述べる。検討に当たりとくに留意した点は、有権者の視点に立つことと、今回の選挙の最大の特徴であるマニフェストに焦点を当てたことである。他のポイントはそれとの関連において検討した。

a.マニフェスト-有権者にとってのメリット・デメリット
一般にマニフェスト(政権公約)とは、主に国政レベルで政党が策定する政策集を指す。マニフェストには期限、財源、具体的で検証可能な(数値)目標、目標達成の具体的手順、成果を評価するための指標などが明記される。国民との契約・約束という位置付けにあるため、個々の政策間の整合性や実行可能性を吟味した総合政策パッケージであることが求められ、選挙後においても、政権担当政党のマニフェストの進捗状況は国民の厳しい注視にさらされる。1997年、イギリス労働党が18年ぶりに政権を奪取した際、ブレア党首がこれを縦横に活用したことからわが国でも関心を呼び始め、2003年春の統一地方選挙において、複数の首長候補がマニフェストを策定したことで注目度が高まった。
過去の選挙において、わが国にも公約集は存在した。ただしその内容は、支持団体向けに相矛盾する政策を掲げたり、各省庁の所管政策を優先順位なしに総花的に羅列するなど、関係者にとっては「掲載されることに意味」があったとしても、およそ一般有権者の関心を引くものではなかった。これに対し今回の選挙では、民主党が有権者の判断材料と位置付けてマニフェスト策定の先鞭を切り、各党がこれに応じる形で公約集を策定した。
各党共に初挑戦となった今回のマニフェストをみると、党内で意見対立が根強い論点について結論を曖昧にしたり、問題を先送りした部分が少なくなく、有権者の判断材料としては不適切な内容であった。策定に2~3年をかけるというイギリスと異なり、短期間でまとめられた結果、内容の洗練度が低く、党内でのチェック・承認体制も未確立なために権威も十分でないなど、総じて拙速の感が強かった。選挙直前に公職選挙法が改正され、マニフェストの配布が可能となったものの、表現や内容、配布方法に様々な制約が加わったことも、マニフェストの普及を促すうえでマイナスとなった。最大の問題は、各党とも大部なマニフェストの内容を、わかりやすく、かつ説得的に説明することが出来ず、それぞれの主張が有権者の間に十分浸透しなかったことである。
とはいえ、検証不能で曖昧な主張・スローガンを連呼したり、選挙区への優遇や利益誘導を約束する従来の選挙に比べれば、マニフェストの採用は画期的な効果をもたらした。選挙活動が政党主導、政策主導となり、従来のように候補者が前面に出て、候補者本人の能力・人柄を訴える選挙とは一線を画したし、年金財源のケースのように、政策論争を通じて各党の主張の輪郭が明らかとなり、一部の党は追加マニフェストを発表して政策へのコミットメントを強めた。有権者は、少なくとも政党がどんな問題を重要と考え、どんな解決策をイメージしているかを具体的に知ることが容易になったし、自らの問題・利害関心に照らして各党の政策を見比べることも可能となった。
このように、マニフェストを軸とする選挙活動は総じて望ましいものの、今回の場合、選挙活動の焦点がマニフェストに集中した結果、デメリットも生じたことを看過してはならない。一般に、選挙の在り方として「業績投票型」と「将来期待型」がある。わが国の90年代以降の選挙は、おおむね政権担当政党のパフォーマンスをめぐる業績投票型であったが、前回2001年6月の参議院選挙については、小泉政権が発足してから日が浅かったため、例外的に将来期待型の選挙となった。ところが、今回、選挙後の政権運営の優劣を競うマニフェストが論争の軸となった結果、わが国では過去3年以上にわたり、与党が選挙で業績を問われなかったことになる。小泉政権発足後すでに2年半が経過し、その実績を問うことは極めて重要な課題であったにもかかわらず、将来を語るマニフェストが前面に出たため、「与党の政権運営パフォーマンス」という争点は埋没してしまった。現政権の業績評価が行われなかった背景として、初のマニフェスト選挙のため、比較の対象がなかったという事情はあるにせよ、争点の設定が一面的となった感も否めない。今回、与野党双方が勝利宣言するという不鮮明な結果に終った背景には、選挙戦で過去の実績が正面から取り上げられず、不確定な将来に関する議論に終始したため、有権者の判断を困難にし、棄権を招いた側面があると思われる。
こうした反省もふまえ、次回以降の選挙において、与党の業績をいかに適切に評価し、それを投票行動に結び付けるかは、日本政治が直面する最重要課題の一つといえる。マニフェストに掲げられた個々の政策について、法案化や施策の実行など進捗状況とともに、政策の結果どのような効果があがったかが、問われなければならない。
具体的な評価の枠組みとして、まず与党はマニフェストを実現するため、既得権益層の利害調整や説得を行いつつ法案を策定し、省益擁護のため現状維持に傾く官僚に対し、具体的な施策の実行を強く指示すると同時に、マニフェストの達成状況について積極的に情報を開示し、国民に説明責任を果たす義務がある。一方、野党は与党のパフォーマンスを測る責務を第一義的に負っており、国会での質問・論戦を通じて与党マニフェストと個々の法案の関係、実施状況、効果などについて検証・批判する役割を果たさなければならない。最後に有権者は選挙終了後もマニフェストに対する関心を持続し、各党の行動を注視し、それを評価し、次回以降の選挙で投票行動に結び付けることが重要である。これが実現して初めて、わが国にもマニフェストを推進力とする政治の改善プロセス[PDS(Plan-Do-Seeサイクル]が内在化することとなる。

b.政権選択-有権者はどこまで選べたのか
政権選択型の選挙とは、首相候補と政権担当政党を掲げて有権者の信任を問うタイプの選挙であり、政権の枠組み、具体的には首相をはじめとする内閣の陣容と政権運営の方針が問われる。いわば、マニフェストが「何を行うか」を提示するのに対し、政権選択では「どんなメンバー、体制で行うか」を訴える。
今回の選挙戦では、首相候補と政党名のみは明示されたものの、それ以外の具体的内容に乏しく、実質的な政権選択型の選挙とは言い難かった。例えば、連立与党(選挙前は自民、公明、保守新)は安定勢力を標榜し、内閣の陣容を維持することは表明したが、統一マニフェストの策定は早々に見送った。一方民主党は、参議院対策(来年夏の選挙まで連立与党優位が固定化している参議院で、法案成立のめどをどのようにつけるか)について明確な回答を提示することが出来なかった。これでは、有権者は「政権」の表紙や目次程度は選べても、中身についてまで「選択」出来たのか大いに疑問である。
選挙によって政権の枠組みが決まった後も、有権者には明確な「政権の内実」は提示されなかった。異なるマニフェストを掲げて戦った連立与党が、どのように主張を調整するかについて十分な説明がないまま、政権が発足したからである。具体的な経緯をみると、大幅に議席を減らした保守新党の消滅がいち早く決まり、11月17日に合併合意書を取り交わして自民党に合流した(正式な合併は11月21日)。翌18日には、自民党と公明党が政権合意を結び、2党連立によって引き続き政権を担っていくことが決まった。一連の動きに沿って問題点を指摘すると、a.自民・保守新の間の合併合意書(17日)と、自民・公明の間の政権合意書(18日)の間に相当の懸隔があること、b.両党が選挙を通じて有権者と約束したマニフェストの重要部分が、政権合意書に十分反映されていないこと、の2点がある。a.については、自民・保守新間では新憲法制定や教育基本法の改正、防衛庁の省への昇格等が明記されているのに対し、自民・公明間の連立政権合意書からはいずれも除外されている。b.については、自民党の年来の主張である教育、憲法問題が除外される一方、公明党がマニフェストで強く主張した具体的な年金改革案が盛り込まれていない。政権運営のスタートに際し、行政全般について合意に達することが非現実的であることはもちろんである。しかし、マニフェストの主要部分がないがしろにされては、有権者は次回の選挙で何を材料にして業績投票を行うのか、判断に苦しむ。例えば、年金問題は今回国民の関心が極めて高く、また遠からず政策決定される可能性が高いが、その内容がマニフェストとかけ離れていた場合、どの政党の責めに帰すのか不明というのは極めて不誠実である。マニフェストが導入されたことによって、与党は政権を担い、実績を上げるだけでは責務を果たしたことにならなくなった。政治の各プロセスで有権者との契約を意識的に履行する責務があり、それがかなわなかったり変更を余儀なくされる場合には、責任を持って有権者に説明することが求められる。

c.低投票率-棄権した有権者にどう対処するか
今回、マニフェストによって選挙活動が活発化し、有権者の関心の高まることが予想されたが、実際の投票率は59.86%と前回の62.49%を下回り、戦後第二位の低さとなった。投票率の上昇が期待された根拠として、事前のアンケートで、必ず投票に行くと答えた有権者が80%に迫ったこと、不在者投票が過去最高、前回対比30 %増であったことが挙げられる。
それにもかかわらず有権者の4割が投票所に足を運ばなかった理由として、無党派層の増大に代表される政治不信の高まりを挙げることが出来よう。今回、各党はマニフェストを掲げて具体的な政策論争を行ったが、有権者は選挙期間を過ぎれば多くの公約が捨てて顧みられなかった過去を思い、信任をためらったといえる。
有権者のためらいに拍車をかけたのは、第1に実際の政権運営で日常的にみられる政府と与党との対立であった。医療保険制度改定や不良債権処理などの金融行政、郵政民営化や道路公団、地方財政(三位一体改革)など、構造改革の具体的テーマをめぐって内閣と党の方針はことごとく対立し、停滞を余儀なくされた分野も多い。抵抗勢力との対決図式を演出して支持を高める小泉首相の手法が内閣と党の不一致を実像以上に拡大している側面は否めないが、「選挙の顔」として小泉首相を利用しつつ、当選後は利益団体の意向を体現して抵抗を強める、いわゆる族議員の不誠実な振る舞いが、自民党に対する有権者の信頼感を大きく傷つけたといえよう。
第2に、今回の選挙期間中に限っても、マニフェストと異なる主張を展開する政党所属議員はかなり存在した。自民党の場合、マニフェストとは別に、利益団体や地域事情に配慮した総花的な「自民党重点施策」を策定しているが、これとマニフェストとの関係は説明されていない。また読売新聞が立候補予定者に行ったアンケート調査結果によると、マニフェストと持論が異なる場合、持論の主張を控えると答えた立候補予定者は、自民12%、公明55%、保守新50%、民主44%、社民16%、共産81%で、自民、社民両党所属の候補者のマニフ ェスト軽視が目立った。
わが国の議員が党や内閣の方針から逸脱したり、抵抗する背景には、各党のガバナンス体制、および党と政府の関係に問題があると思われる。例えば、法案提出に先立って自民党政務調査会の承認が必要とされているが、これは70年代に定着した慣行であり、明文の根拠がないまま、族議員の影響力の源泉となっている。また、自民党の税制調査会のように、特定分野の動向を左右する党の部会とそれによる与党幹部・長老の存在も、政策決定の透明化の点で弊害が大きい。今回の選挙結果を受け、自民党は党内に「重要政策実行委員会」(仮称)を設ける旨が報道されているが、党のガバナンスの向上に寄与するかどうかは現時点では不明である。一方、民主党のマニフェストは党幹部の入閣、政策スタッフの強化による内閣主導の政策決定、上級官僚に対する政治任用の拡大など、内閣と党の一体化、政治のリーダーシップの強化を強く打ち出した。しかし、日本の政治環境に十分配慮しないまま、英米の制度に倣っているだけでは、 実現可能性の面で問題が残る。
今後、政党は政策決定に際し、情報開示の下に時間をかけ、開かれた議論を尽くして政策立案を行い、政策決定後は内閣の実施にゆだねる意思決定の枠組みを確立する必要がある。イギリス労働党は、マニフェストの策定にあたり、党首・幹部による合同政策委員会と、議員団・労組代表者100名以上による全国政策フォーラムで2~3年かけて議論する。その過程は逐一マスメディアで報道され、最終的に党大会で採択されるため、各議員による介入や利益誘導は困難であり、策定後にマニフェストから逸脱することへの抑止力ともなっている。わが国有権者の政治不信、政党不信を解消するためには、政党がガバナンス体制を見直し、意思決定過程と責任の所在を透明化し、個別利害に基づく介入や異議申し立てを排するシステムを作り上げ、外部の検証にも堪えられるようにすることが重要である。

d.二大政党制-有権者はどのように代表されるのか
今回の投票結果をみると、第一党自民党と第二党民主党が全議席の86 %を占め、二大政党制時代の到来がいわれた。従来、第一党に集中していた国民の支持が第二党へも向かうことで、政権交代の可能性が高まる一方、少数党の存立が危ぶまれる状況となった。
このような結果となった理由として、選挙直前に民主党と自由党が合同して野党勢力の結集が進んだこと、マニフェストを活用して政権担当能力を訴えた民主党への期待感が高まったことがあるが、背景をなす選挙制度が及ぼした影響を軽視してはならない。
衆議院に、現行の小選挙区比例代表並立制が導入されたのは93年である。当時、佐川急便事件に端を発した「政治とカネ」問題の解決のため、政治改革が急務となったが、宮沢内閣が実現に失敗して下野し、代わって成立した細川連立政権の下で新制度が導入されたのである。その後、2回の選挙を経て有権者は制度の意味に習熟し、今回の投票行動に反映させたことが、少数政党の凋落を決定付けた。従来、支持政党の候補が小選挙区で当選する見込みがない場合でも、有権者は支持政党候補へ投票し、結果的に与党批判票の分散を招いた。しかし前回衆議院選挙から顕著となった傾向であるが、有権者は自らの票が無に帰すことを嫌い、次善の選択をためらわなくなった。すなわち、比例代表と小選挙区で政党を使い分けるスプリット・ボーター(split voter)が増加した。
二大政党化の進行について、有権者の多くは好意的に評価している。朝日新聞の調査によれば、二大政党色が強まったことを「よかった」と評価する率は68%、読売新聞の調査でも「望ましい(54%)」、「どちらかといえば望ましい(14.7%)」で、7割弱の有権者が二大政党化を歓迎している。
一般に、二大政党制が進行すると、政策は中央に収斂し、有権者の選択の幅は狭まるといわれる。実際、今回の選挙結果によって衆議院の意見・見識に生じた変化をみた場合、安全保障をめぐる政治的信念と日本型システムへの評価の2点で測った両党議員の意見は、解散前に比べて接近する傾向が顕著である。これについて、わが国の政治をリードする二大政党がイデオロギーなどをめぐって決定的な対立を続けるよりも、意見が接近している方が政権交代もスムーズに運ぶため望ましいとする意見がある一方、少数意見が政治に反映されず問題であるとの意見もあり、評価は難しい。小選挙区比例代表並立制を変更する予定が当面ない以上、有権者のうち少数派の意見を汲み上げ、マニフェストをはじめ、政策に適切に反映していく道を探ることが現実的な対処方法といえよう。
具体的には、前項で取り上げたような政党の政策立案過程で、多様な意見を幅広く吸い上げる仕組みを構築し、少数派に意見表明の機会を意識的に提供し、十分な討論を尽くすことが求められる。そのためには、政党が職域・労働・経済団体など従来の支持基盤だけでなく、社会全体に幅広く働きかけることが重要である。自民党の場合、後援会による候補者の属人的なつながりを超えて、公党として有権者との関係を再構築する必要がある。一方、民主党は弱体な地方組織の強化が急務である。様々な社会階層へのアプローチ手法についても、過去の実績に捕らわれず、民間組織(たとえば、寄付や社会的支持の獲得のため様々なノウハウを駆使してアウトリーチ活動を行う海外のNPO など)の取り組みを参考にするような柔軟さも求められよう。
今回、マニフェスト主導の選挙によって、日本の政治にも新たな胎動がみられ始めた。これが定着するかどうかは、政党がマニフェストを選挙活動の具としてではなく、真に「有権者との契約」として重視するか否かにかかっている。しかし、政党にそのような振る舞いをさせることが出来るのは、有権者をおいて他にない。有権者はマニフェストへの関心を抱き続け、折に触れ進捗状況をチェックし、マニフェストの実現によって予想外の結果が出てもそれを受け入れ、次の選挙において自らの主体的な判断を投票行動に反映させることが強く求められる。
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