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コラム「研究員のココロ」

巨大スタジアムは負の遺産なのか
~日本版PPPの推進モデル施設に~

2002年07月22日 東一洋


 この時期、何か気の抜けたような感覚に陥っている諸氏が多いのではないだろうか。筆者もまさにその1人であるが、1ヶ月間の熱狂の宴のあとの空白感は、梅雨の蒸し暑さとともに精神的・肉体的な倦怠感を増幅させている。

 予想通りと言うべきか、NHKや読売新聞などでW杯開催都市のスタジアムが自治体にとって大きな財政負担となり後世に「負の遺産」として残る危惧がある旨の特集報道がなされている。年間数億円の運営赤字と巨額の建設費の償還費用をもって、巨大スタジアムが自治体にとって負の遺産となるとの主旨である。

 このような大規模サッカースタジアムは、当該自治体にとって、市民にとって本当に負の遺産なのだろうか。

 筆者は、そうは考えない。
 
 サッカースタジアムが負の遺産なのではなく、サッカースタジアムを整備する際の行政的発想や、後の運営を取り巻く法律や制度など、各種の環境こそが「負の遺産」なのではないかと考えている。従って「壊したほうがマシ」(読売新聞)なのは、スタジアムではない。

 ここでは、「サッカースタジアムを取り巻く負の遺産」について考えたいと思う。

 筆者はJapan Research Review 96年7月号に「ポスト2002のサッカースタジアム整備・運営」という拙稿を寄せている。W杯後の遺産~レガシー~としてのサッカースタジアムのあり方について、当時100社を超える民間企業、自治体等との研究会での研究成果を踏まえ、「ポスト2002を見据えたとき、『行政と教育の現場、民間企業が連携した運営組織体制の確立と民活による複合機能整備』のもと、スポーツ・健康・福祉・コミュニティ等の複合的な住民サービスの拠点としてスタジアムが整備・運営されることが望まれる。」と結んでいる。従来の公園施設としての管理運営発想からの脱却と民間経営ノウハウの導入がその主旨であった。

スタジアム整備段階での「負の遺産」

 今回のW杯の会場となった日本のスタジアムの多くは、ピッチ(芝面)周辺に陸上競技用トラックを持つ施設であったことはテレビ観戦でもすでにおわかりであろう。

 実は、これは国体施設として整備したい、出来るだけ多目的に利用したい等の理由により、陸上競技場併設となっているのである。

 韓国での開催スタジアム10施設中7施設がサッカー専用スタジアムであったが、わが国では、開催10都市中、埼玉、茨城、そして神戸の3つだけであった。それが原因で韓国がベスト4、日本はベスト16どまりであったとは言わないが、「専用とすることの有形無形の価値」よりも優先する近視眼的経済的価値が、スタンドからあまりにも離れたピッチ(芝生)を生むことになり、サッカー観戦が本来持つ魅力を半減させるとともに、余計な諸室を必要とし工費や維持管理費を上昇させているのではないか。

 筆者もベッカムの活躍するプレミアリーグ(イングランド)の試合をスタンド最前列で観戦した経験があるが、勿論専用スタジアムで、まさに目の前で選手達が骨と骨をぶつけあい(がちがちと音が聞こえる)、スパイクで芝土を跳ね上げ駆け抜ける時の風を感じることが出来る。イギリスではこれが市民のカタルシスに繋がっていると思う。陸上競技場併設型ではこうはいかない。

 このように、「多目的性の追求」は「本来価値の喪失」に繋がり、行政として目的を絞り込めないことの言い訳づくりとの謗りを免れない。これはスタジアムに限らず、文化ホール等にも共通である。このような発想こそ、「負の遺産」として償却し終えるべきであろう。


スタジアム運営段階での「負の遺産」

 今回の韓国におけるスタジアムの多くは、劇場や映画館・水族館、ショッピングモール等の収益施設を併設し、スタジアムの維持管理費に充当していると聞く。

 また筆者は欧州で、高速道路I.Cの大規模駐車場の上部空間としてのスタジアムや、トイザラスや商業施設のビルとしてのスタジアムなど多様なスタジアムを視察した。
 
 わが国ではどうだろうか。普段は行かない郊外の大きな公園の中にどっしりと佇んでおり、圧倒的なコンクリートの量にただただ圧倒されるだけ、といった感じではなかろうか。

 これは、わが国ではスタジアムの多くが都市公園内の施設であり、都市公園法の制約のもと基本的に収益事業を行えない決まりとなっているからである。公園とは元来「緑を愛でる」空間であり、金儲けなど論外、というのが法の精神なのである。数年前に一部法改正もあり、またさらに改正があるらしいが、大きな期待は出来ないであろう。スタジアムの多くはこのような法律のもと整備したにも関わらず、「運営赤字に血税をつぎ込むな」というような議論が出ること自体、極めていびつである。

 ここでの「負の遺産」は、このような雁字搦めの都市公園にスタジアムを整備し、公園施設として運営面での機動性を損なってしまうことが予期されつつも、その議論を後回しにしてしまう行政的慣習といったものである。

W杯・レガシーとして未来に引き継ぐために ~日本型PPPの拠点へ~

 FIFA(国際サッカー連盟)のW杯開催のためのべニュー(諸施設)としてのスタジアムの整備指針をクリアしたスタジアムは、その指針の特殊性(世界中の延べ400億人がテレビ観戦することを前提としたマスコミ対応設備を具備することやスタンドの2/3を屋根で覆うこと等)ゆえ、通常利用時には無用の長物となるものも少なくない。第一に通常のJリーグの試合ではなかなか埋まることはないであろう4万席もの観客席を有しているのであるから。

 このようなW杯仕様の過剰な投資については、次のように既に回収されたと理解しよう。

 その都市で、そのスタジアムでW杯の試合が行われたという事実は、歴史となる。ブラジル人は横浜を一生忘れないであろうし、イングランドの人もまた神戸や仙台を忘れないであろう。

 そして今後は、先に述べたようなスタジアムを取り巻く「負の遺産」についてこそ、市民が声を大にして議論する必要があると思う。(スタジアムが負の遺産であるという意識では何も前進しないのである。)

 スポーツを通じてのコミュニティの再生や高齢化社会における健康づくりなど、スタジアムやそこで開催されるJリーグ(勿論下部組織も含めて)などの持つ意義は実は非常に大きい。文部科学省では、地域総合型スポーツクラブの普及に尽力している。

 今後は新たな市民社会を構築するための拠点のひとつとしてスタジアムが機能していくことが求められているのではいだろうか。

 現実にJリーグでは市民ボランティアが自主的に試合開始日の切符のモギリや案内業務、試合後のスタジアム清掃等を行うようになってきている。道路や公園などを市民が自ら管理する里親制度(アダプション・プログラム)を実施する自治体も増えてきており、市民自らが「公益」を提供する時代は既に始まっている。

 市民ばかりではない。施設の管理運営を民間企業が行う神戸ウイングスタジアムのようなPFI的事例も生まれている。

 このように考えると、巨大スタジアムを未来に引き継ぐ道筋が見えてくるであろう。

 その道筋とは、「日本型PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)」である。

 PPPとは、小泉内閣が提唱している7つの改革(骨太の改革)のひとつ、「政策プロセスの改革」の中枢的概念である。公共サービスの提供について市場メカニズムをできるだけ活用していくことであり「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」との原則の下に、その属性に応じて、民間委託、PFI、独立行政法人化等の方策を活用するわけである。

 日本型PPPの特徴のひとつは「『新しい公益』の多元的な提供の考え方の構築」すなわち「新たな市民社会の構築」が包含されていることであり、NPO等を新たな経済セクターとして位置付け、これらに目配りをしている点であると筆者は考える。

 経済産業省等では、日本型PPPの推進のために、「公共サービスの民間開放を促進する『規制改革特区』の設置」を提唱しており、先行的に(a)公物管理に係る規制(行政財産に関する私権の制限を含む。)、(b)公の施設の管理委託の制限、(c)その他個別規制法による規制等の見直しを行い、民間企業による公共サービスの提供を実現し、その効果を実証し、その結果を受け、全国的に展開させるといった手法も検討すべきであるとしている。

 筆者は、W杯で整備された巨大スタジアムこそ「規制改革特別施設」とし、日本型PPP推進のための拠点施設としてはどうかと考えている。

 スタジアムで展開できる様々なビジネスプランを広く民間企業、NPO、市民団体等が持ち寄り、実施することの出来る「特別施設」である。

 実は、筆者の6年前の拙稿はこのようなPPPの考え方に他ならない。この道筋でスタジアムの管理運営を変えていくことが出来れば、誰も「負の遺産」とは言わないであろう。
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