コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2009年11月号

【トピックス】
インドの資本取引規制と外国銀行の参入

2009年11月04日 清水聡



世界金融危機の影響を受け、インドをめぐる資本フローに大きな変化がみられた。資本取引の自由化や外国銀行の参入拡大に対しては、慎重なスタンスで臨むべきであろう。

■大きな影響を受けた企業部門の資金調達
 世界金融危機により先進国の信用市場が収縮した結果、途上国企業の資金調達は大きな影響を受けた。この点は、インドも例外ではない。内外株式市場からの資金調達が困難となったことに加えて、国内の流動性の縮小や銀行融資の減速などが生じた。
 準備銀行によれば、2008年度(2008年4月~2009年3月)の非金融一般企業の資金調達額は、前年比14.0%減の8.9兆ルピーとなった(下表)。その内訳は、全体の約5割を占める銀行信用が5.3%減、約3割を占めるその他の国内資金調達が16.3%増、約2割を占める海外資金調達が48.8%減となっている。銀行信用は1月半ばまで前年比プラスを維持したが、その後マイナスに落ち込んだ。また、その他の国内資金調達では、株式やCPの発行が大幅に減少した。一方、海外資金調達のなかでは、直接投資が増加したのに対し、それ以外(対外商業借り入れ、ADR(American Depository Receipts)やGDR(Global Depository Receipts)の発行、対外短期借り入れ)はいずれも大幅に落ち込んだ。
 2009年度入り後も、国内での株式発行や海外からの資金調達は低水準で推移しており、4~6月期の合計は前年同期比43.0%減の9,067億ルピーとなった。

■慎重を要する資本取引の自由化
 今回の世界金融危機の経験から、途上国が世界の資本フローの変化にいかに適切に対処すべきかという点の重要性が再認識されたといえよう。資本取引の自由化には、一般的に国内企業の資金調達の拡大や技術移転の享受、国内金融システムの競争の促進、国内投資家の新たな投資機会の創出などの利点がある。インドの場合、投資を拡大するために今後も多くの資金が必要であり、資本流入は重要な役割を果たすであろう。一方、海外からの資金が多様なリスクを伴うことや為替金融政策の運営を複雑化させることも確かであり、国際金融情勢が激動するなか、経済や金融システムが未成熟な途上国においては、自由化は緩やかに、またその前提条件の整備に努めながら進めなければならない。
97年のアジア通貨危機以降、インドは資本取引自由化に対して慎重な姿勢で臨んでいるが、この政策を維持すべきである。インドの場合、財政収支や経常収支が赤字であるため、東アジア諸国に比較して一層慎重でなければならない。今回の危機の前後における資本流入、流出の規模は、非常に大きなものであった。自国通貨レートや株価の変動の程度、外貨準備の減少幅なども、多くの東アジア諸国を上回った。さらに、前述の通り、企業の資金調達額は危機前に比較して大幅に減少している。
現在も、世界金融危機の影響から完全に脱出したといえる状況ではない。今後、インドのグローバル化は一段と進むため、資本フローが実体経済や金融システムに与える影響はさらに強まるであろう。したがって、資本取引自由化に対する方針が持つ重要性もそれとともに高まることになる。
慎重姿勢の維持に加え、自由化は資本フローの種類に応じて選択的に進めるべきである。受け入れ国の経済成長のために望ましいのは直接投資、株式投資、銀行借り入れの順であり、特に短期の対外借り入れは最も不安定である。金利が相対的に高いインドではこのような資金の流入を防ぐことは困難であり、これに対しては制限的に臨む必要がある。今回の危機においても、証券投資および銀行借り入れが不安定であることは十分に再認識されたであろう。

■外国銀行の参入拡大の是非
 インドにおいて、銀行部門は世界金融危機の影響をほとんど受けていない。その要因として、①米国のサブプライム市場に関連した商品をほとんど保有していなかったこと、②準備銀行が健全性規制を強化してきたこと、③法定流動性比率(SLR)規制が存在するために国債投資の比率が高いこと、④資本取引規制が維持されてきたこと、などがあげられる。
これらに加えて、銀行部門における外国銀行のウェイトが低いことが指摘できる。2008年3月末に外国銀行の資産は約3.6兆ルピーと、商業銀行全体(43.3兆ルピー)の8.4%にとどまっていた。世界の流動性の変化と途上国への国際銀行融資額の間には、有意な関係がある。今回の危機においても、欧米銀行の手元流動性や資本の悪化に伴い、インドを含む途上国からの資金の引き揚げが生じた。このように、外国銀行のウェイトと危機の影響の大きさには密接な関係がある。
一方、2008年3月末の商業銀行資産における国有銀行、民間銀行の割合はそれぞれ69.9%、21.7%となっており、国有銀行のウェイトが高い。銀行部門が危機の波及を免れた重要な要因の一つは、国有銀行に暗黙の保証があるとみなされたことである。銀行が国有であることは、①イノベーションに対し保守的、②政治的圧力を受けやすい、③銀行合併が起こらない、などネガティブな面の方が大きいが、危機への対応という意味では有利に作用した。7月に行われた予算発表のスピーチで、財務大臣は「69年に銀行を国有化したインディラ・ガンジーの大胆な決断がこれほど賢く先見の明があるものと映ったことはかつてない」と発言した。
金融政策の波及という点でも、外国銀行は当局の思惑とは異なる動きをしている(下表)。準備銀行の貸出金利であるレポ・レートが、2008年10月から2009年7月までに4.25%低下したにもかかわらず、銀行の最優遇貸出金利(BPLR)は十分に低下していない。当該期間に国有銀行は27行すべてが平均約2%貸出金利を引き下げたが、民間銀行では22行中20行が平均約1%、外国銀行では28行中14行が平均約0.6%引き下げたにとどまっている。
 世界金融危機の深刻化を受け、2009年に予定されていた外国銀行に対する一段の市場開放措置(民間銀行の買収解禁など)は一時棚上げとなった。外国銀行の参入拡大についても、慎重なスタンスで臨まざるを得ないであろう。一方、国有銀行が銀行資産の7割を占める状況を将来も維持すべきかについては、議論を続けていく必要があると考えられる。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ