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web3を活用して発達障害の特性を活かす

2024年04月09日 山内杏里彩


 発達障害のある人は、グレーゾーンの方も含めると人口の約10%程度であると言われている。一方で、発達障害のある人が働くための環境整備はまだまだ不十分であり、発達障害のある人やその保護者は、「定型発達を前提とした既存の就労形態では、心身とも安定して働くことが難しいのではないか」という不安を抱えておられるケースが多い。このような不安を解消するために、インターネットの新しい活用方法であるweb3の活用が期待されている。例えば、web3上での仕事としては、ブロックチェーンゲームのクリエイターやNFTアーティスト等があげられる。ただ、これらの仕事はまだ生まれたばかりであり、広く一般には知られていない現状がある。そのため、まずは発達障害のある児童・生徒やその保護者にweb3上での仕事を知ってもらう、興味を持ってもらうことが重要である。そこで、弊社では発達支援のある児童・生徒を対象に、ブロックチェーンゲーム「The Sandbox(ザ・サンドボックス)(※1)」を用いたボクセルアート制作講座を実施した。

 本講座は北海道小樽市内にある発達支援施設「きっずてらすDive(※2)」において開催した。講座は1回2時間、全7回のプログラムで、現職のボクセルアーティストに講師を依頼して行った。全7回の講座の内、筆者は初回と第5~7回の計4回に参加した。今回は自閉症スペクトラム症(ASD)の子どもAさんの様子を通して、本講座の効果や発達障害の強みの活かし方について筆者が感じたことを述べたい。

 初回講座では、テンプレートに沿って、ゲーム内で利用可能なアイテムである鉛筆を模した剣を制作した。
 Aさんは慣れないPC操作がわからず困っている様子だったものの、自分から講師やスタッフへの声掛けをすることもできないようであった。また、スタッフ側から声掛けをしても少し反応が少なく、自分が何に困っているのかを上手く言葉にして伝えることにも苦手な様子だった。
 また、出来上がった制作物には、自分自身で納得がいっていない様子で、講師から修正を提案してみたが、あまり乗り気ではないようだった。目の前にあった鉛筆と自分が作った作品と見比べていたので、「今回作った剣と実際の鉛筆の何が違うと思いますか?」と声掛けしてみたところ、具体的に違和感がある箇所をいくつも挙げてくれた。その箇所について改めて修正を提案すると、それまでの様子とは打って変わって、講師に積極的に相談ができ、最後には納得のいく作品を作ることができた。

 第4回講座以降は自分が作りたいキャラクターや動物、施設などを自由に制作した。Aさんは「自分が作りたいもの」については当初そこまで明確に意識しておらず、テンプレートから目についた動物を選び、色付けを中心に取り組んでいた。キャラクターの色に関しては強いこだわりがあり、魚、ウサギ、恐竜など色味に統一感のあるキャラクターを制作していた。キャラクターの色付けにはかなり集中して取り組んでいたものの、操作に困る場面では自分から講師やスタッフに質問ができず、手が止まってしまう様子も見られた。
 第6回講座の前には、スタッフから講座参加者に向けて、「自分が作りたいもの」を予めイメージした上で講座に参加して欲しいというアナウンスをした。そのアナウンスを受け、Aさんは、自宅で準備し動物の写真を持参してきた。これまでの講座ではテンプレートの色付けを中心に取り組んでいたが、第6回講座以降は持参した動物の写真をボクセルアートで表現するに当たって、「つま先に爪を付けたい」、「この関節の先はこんな動きにしたい」と細部まで講師側に希望を伝えられるようになった。最終2回分の作業時間(3時間程度)を使ってキャラクターの造形や動きをデザインした作品が完成し、現職のボクセルアーティストである講師からは、「たった3時間で作った作品とは思えないクオリティだ」と評価をもらうことができた。

 講座終了後のAさんに話を聞くと、これまで自宅でPCゲームなどをすることはなかったが、継続的にザ・サンドボックスで遊んでみたいと感想を述べていた。Aさんの保護者はPCなどには詳しくない様子だったが、Aさんの強い希望により、アプリケーションのインストール方法や今回制作したキャラクターの閲覧方法などをスタッフに確認しており、こうした講座参加の継続にも前向きな様子だった。
 また、講座アンケートでは将来なりたい仕事として「デジタルアートクリエイター」を選択しており、「Web3上での仕事を知ってもらう、興味を持ってもらう」という講座の目的に対しても一定の効果があったと考えられる。

 一般的に、ASDの特性として「対人関係の調整の難しさ」や「こだわりの強さ」などが挙げられることが多い。例えば、Aさんであれば、自分が何をしたら良いかわからない状況になるとコミュニケーションが取りにくい、こちらから声をかけても反応が希薄である、作品の色味に強いこだわりがある、等の特徴が見られた。しかし、鉛筆や動物の写真などの具体例が目の前にあると自分が何に困っているのかわかり、困りごとが具体的になって、周囲とのコミュニケーションもスムーズに取ることができるようになった。コミュニケーションがスムーズになると制作への姿勢も前向きになり、最終的にはこだわりの強さも相まってクオリティの高い作品を仕上げることができた。
 発達障害の特性は一定の傾向はありつつも多様であり、その表れ方も個々人や環境によって異なる。周囲がその特性を理解して、強みとして発揮できるような環境を整えることが重要である。今回の講座を通して、一人一人に合った環境を整えることで、特性を強みに変え、前向きな姿勢を引き出し高い能力を発揮できる可能性を強く実感した。

 現時点での企業雇用においては、企業側が発達障害のある人にそれぞれに合った就労環境を準備することはまだ難しく、特性の悪い側面だけが欠点として評価されてしまうケースも多い。web3上の仕事は好きな時間に、好きな場所で取り組むことも可能であり、自分に合った環境を準備することが可能だ。また、自分に合った環境で仕事をすることで特性を活かした高い能力を発揮することができるだろう。ただ、冒頭にも述べたようにweb3上の仕事は広く一般には知られていないのが現状である。本講座のような取り組みが全国に広まることで、発達障害のある児童・生徒やその保護者にweb3上の仕事もより広く知られ、受け入れられ、その結果として将来なりたい仕事の選択肢の1つになってほしいと祈念するばかりである。

(※1)「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」
(※2)「きっずてらすDive」


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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