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アジア・マンスリー 2024年4月号

低調な個人消費が中国の経済成長の足かせに

2024年03月28日 三浦有史


中国政府は、3 月の全国人民代表大会(全人代)において 2024 年の成長率目標を「+5%前後」とした。しかし、投資はもちろん個人消費も低調に推移すると見込まれ、目標の達成のハードルは高い。

■頼みの綱は個人消費
本年の中国にとって「+5%前後」の経済成長が難しいことは、 2023 年の実質 GDP 成長率に対する需要項目別寄与度をみると分かりやすい。総資本形成の寄与度は 1.5%ポイントと、コロナ禍前の2019 年から2%ポイントを割り込む低い水準で推移している。不動産開発企業の相次ぐ債務不履行(デフォルト)に象徴される不動産不況、そして、地方融資平台(LGFV)の過剰債務に象徴される地方政府債務危機が表面化し、債務削減が喫緊の課題に浮上するなかで、総資本形成が直ちに急回するとは考えにくい。

一方、2023 年の最終消費の寄与度は 4.3%ポイントと、+5.2%の成長率の 8 割方を占める。最終消費は個人消費と政府消費を合わせたものであるが、個人消費はその 7 割を占めるため、成長けん引役としての期待が高まる。しかし、2023 年の最終消費の寄与度が高いのは、ゼロコロナ政策により個人消費が抑制された 2022 年の反動によるところが大きく、2024 年も同様の伸びが期待できるとみるのは早計である。

国家統計局が公表する消費者信頼感指数は、上海市のロックダウン(都市封鎖)を契機に 2022 年 4 月に急低下し、ゼロコロナ政策が転換された 2023 年に入っても回復することなく、低い水準で推移している。中国人民銀行の「都市預金者アンケート調査」を見ても、家計はコロナ禍を契機に雇用環境は厳しく、所得増加も期待できないと考え、消費より貯蓄を優先するようになっている。これらを踏まえれば、個人消費は今後も力強さを欠く状態が続くと見るのが妥当である。

■強まる逆資産効果
家計が消費に積極的になれない理由の一つとして、住宅価格の低下により保有資産の含み損が拡大し、消費を抑制するという逆資産効果を挙げることができる。

中国人民銀行が 2019 年 10 月に実施した「都市住民家計資産負債状況調査」によれば、都市の世帯当たりの資産は平均 317 万 9,000 元と、2019 年の都市の世帯当たり可処分所得 12 万 3,688元の 25.7 倍に達し、その 7 割が住宅とされる。中国の持ち家比率は 96%と非常に高く、日本の61.2%を大きく上回る。また、住宅が投機の対象であったため、複数の住宅を保有する世帯が多く、2 軒の住宅を保有する世帯は住宅保有世帯の31.0%、3 軒以上を保有する世帯が 10.5%を占める。このため、家計が保有する資産の含み益・含み損は住宅価格により大きく変動する。

この影響は資産が多い上位 2 割に相当する第5 五分位を対象にみると分かりやすい。第 5 五分位の世帯当たりの資産は 1,002 万元と、都市家計資産全体の 63.0%を占める。その 7 割が住宅と仮定し、中古住宅価格の変動率を乗じて、対前年比含み損益を算出し、その世帯可処分所得比率をみると、2020 年と 2021 年は 50.7%、35.4%に相当する含み益が出ていたが、2022 年は一転して 42.7%に相当する含み損が発生し、2023 年はそれが 110.7%に膨らんだことが分かる。

住宅の保有状況によって差はあるものの、2022 年以降、ほとんどの家計が含み損を抱えるようになったことから、消費を抑制するのは当然のことといえる。政府は、全人代において 2024 年に消費促進キャンペーンを実施し、個人消費を刺激するとしたものの、住宅価格の低下により、含み損が今後一段と拡大すると見込まれることから、個人消費は中国経済のけん引役ではなく、足かせになるとみるのが妥当である。

■個人消費刺激策としての戸籍制度改革
中国は 2022 年の 1 人当たり国民総所得(GNI)が 1 万 2,850 ドルと、上位中所得国に属すが、GDP に占める総資本形成の割合は 43.3%と、中国を除く上位中所得国より 13.6%ポイント高い。その一方、個人消費の割合は 37.0%と、中国を除く上位中所得国より 29.8%ポイント低い。中国は「投高消低」といえる特異な経済構造を有しており、個人消費の成長底上げ効果が弱い。

全人代では、家計の先行き不安を踏まえ、雇用吸収力の高い産業への財政および金融面での支援を強化することで、雇用の安定と所得の増加を図るとした。しかし、それによって家計の不安が払拭できるかは不透明である。国家統計局が発表した 1 月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は 49.2 と、景気拡大・縮小の境目となる 50 を 4 カ月連続で下回った。輸出も、西側諸国の脱「中国依存」に伴うサプライチェーンの再編を受け、大幅な伸長は期待できそうにない。

個人消費を活性化させる切り札として、中国国内で注目されているのが戸籍制度改革である。農村からの出稼ぎ労働者である農民工は都市戸籍を保有していないため、都市の社会保障制度にアクセスできず、都市戸籍保有者に比べ消費性向が低い。中国人民銀行政策委員会の委員を務める経済学者の蔡芳氏は、戸籍制度改革によって農民工が都市戸籍保有者と同じ待遇が得られるようにすれば、個人消費は 1 兆元押し上げられると主張している。

しかし、戸籍制度改革は都市戸籍保有者が享受してきた権益が損なわれる、あるいは、地方政府の財政負担が大幅に増える可能性があるため、その必要性が叫ばれながらも、実行されることなく今日に至っている政策の一つである。全人代では、2024 年の政府の任務の一つに改めて戸籍制度改革が挙げられた。積年の課題に着手し、投資主導経済から消費主導経済への移行を進めることができるか。習近平政権の手腕が問われる。

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