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ICTを活用した子どもの感性データの取得による保育の質の向上 実証結果
―アイトラッキングを用いた子どもの協同性の可視化―

2024年03月27日 小幡京加、亀山典子


1.はじめに
 未就学児の保育に関し、国をあげての対策により待機児童問題は徐々に解消され、今後は、「保育の質向上」が重要なポイントになる。2015年のOECDの定義では、保育の質とは「子どもたちが心身ともに満たされ、豊かに生きていくことを支える環境や経験」とされている。
 しかし、保育の質や望ましい保育に関するこれまでの議論では、これを実証するために「子ども自身」がどう感じているかに関するデータが不足していた。保育者が「子ども自身が何を見てどう感じて行動しているか」に関する情報をもっと得ることができれば、現状より一人一人の子どもにより寄り添うことができる可能性が高まり、ひいては保育の質の向上につながるはずである。
 そこで日本総合研究所では、2022年に保育者、および保護者に対し、保育の質に関するアンケート調査を実施した。
 保育者アンケート結果から、子どもとの接し方について、自分の理想に照らして95%の保育者が何らかの課題を感じていることが明らかになり、その課題は「子ども一人一人に丁寧にかかわること」、「子ども一人一人の個性の把握、成長支援」の順に多かった。個々の子どもに寄り添う・子どもに沿った支援をするためにすべきことは、「個々の子どもの個性や成長についての職員間の共有機会」、「日々の保育の振り返り機会」の順に多く、なんらかの形で客観的なデータを通して子どもの個性や育ちを共有することのニーズが高いことがうかがえた。また、保護者アンケートからは、子どもの個性に関する情報は、9割の保護者が知りたいと思うが、こうした情報が「施設からよく提供されている」と回答した割合は25%程度にとどまっていた。以上から、子どもの個性に関するデータを提供することが、子どもを中心に保育者間もしくは保育者と保護者間のコミュニケーションの向上に寄与し、よりよい保育につながるものと考えられる。
 以上から日本総研では、子どもの感性データを活用した保育者の子どもに対する理解の向上、および保育者間はもとより、保育者・保護者等におけるコミュニケーション向上が保育の質の向上につながるケースを創出したいと考え、本実証を実施した。

 本実証は、日本総研が、社会福祉法人省我会(新宿せいが子ども園)、株式会社エデュリー(マロカル保育園)、社会福祉法人宝樹会(本所たから保育園)、HOIKU株式会社、株式会社保育環境研究所ギビングツリーとともに、保育者が子どもの育ちをより理解し、支援するための「ICTを活用した子ども自身に関するデータ取得」を行い、取得したデータおよび分析結果を保育者と共有し保育の質の向上に向けた振り返りを行うものである。
 保育の現場における子どもの感じ方について、子ども本人から直接データを採取し、これを「子ども・保育者・保護者」で共有することにより、保育の質の向上に資する方策(関係者のコミュニケーションの円滑化、保育士の意欲・能力の増進、保護者の気づきの喚起など)の実践につなげることを目的とする。

2.調査方法
2-1.選択したICTツール、計測法
 子ども自身がどう感じてどのように行動しているかを観察する方法としては、動画撮影が一般的であり、これまでも、子どもたちの遊びの様子について動画を使用した分析は数多く存在する。しかし、俯瞰的に撮影された動画の場合、子ども一人一人の詳細までの把握は試行段階にある。そこで、子どもたちが、動的な活動の中で具体的にどこを、どのように観て、行動するかの詳細分析を行う方法として視線計測法(アイトラッキング)を用いることとした。この方法は装着者の自然な行動を阻害せず、リアルタイムで視線を追跡し、記録することができるため、子どもの遊びを阻害することなく視線の動きを捉えることができる。本実証では上記を満たす技術として「Tobii Pro Glasses 3」を採用した。
 子どもに対してアイトラッキングを用いた分析を行った既往研究としては、子ども個人の目線の研究がある。また、熟練した保育者の目線を追うことで、その暗黙知を可視化する既存研究もある。本実証では、これらの既往研究を参考としながら「複数の子どもの目線を同時に取得」することで、子どもの動きをより動的に、かつ立体的に捉えることを試みた。

2-2.調査対象、時期、クラス
 本実証では、共同研究を実施した認可保育所2園、認定こども園1園の年長クラスを対象とした。いずれも子どもの主体性や意思決定を尊重し、保育士の関与は他の保育施設の標準よりも少ない傾向がある「見守る保育」を実践する施設である。
 男女の配分がおおむね均等になるように幼児4名程度を1グループとし、5グループ各1回ずつ、全5回の実証を行った。また、クラス担任の保育者1名に立ち合いを依頼し、幼児4名および保育者1名の音声の録音、及び活動全体が映る位置からの俯瞰動画の撮影を行った各グループのうち3名の視線データを分析に使用した。
 なお、調査にあたっては、対象となる子どもの心身に負荷のかからない機器選定、および倫理的配慮に基づき、協力園および保護者に対し実証の趣旨を説明し、個人情報が特定できないようマスキングをしたうえで結果を公表することの同意を得た。



2-3.実証で測る内容
 子どもが協同で一つの目標に向かい活動する様子を、複数園で実施し比較することで、子ども主体の保育を実施している園においてどのように「協同性」が発揮されるかをデータとして取得した。また、複数園複数グループにて比較分析を行うため、可能な限り条件を共通にしてデータを取得した。
 協同性に着目した理由は、以下のとおりである。近年、幼児期に育みたい能力として非認知能力に注目が集まっている。非認知能力とは、主に意欲・意志・情動・社会性に関わる3つの要素(①自分の目標を目指して粘り強く取り組む、②そのためにやり方を調整し工夫する、③友達と同じ目標に向けて協力し合う。)からなる(※1)。このうち、本実証では③に着目することとした。この要素は、小学校入学前までに育みたい資質や能力を、10の視点から具体的な姿として表した「幼児期の終わりまでに育ってほしい『10の姿』」(※2)のうち、「協同性」と関係する。協同性は、友達と関わる中で、互いの思いや考えなどを共有し、共通の目的の実現に向けて、考えたり、工夫したり、協力したりし、実感をもってやり遂げるようになることを指す。

3.調査概要について
 調査概要は以下のとおりである。



4.調査結果
4-1.サマリー
 視線・動画・音声分析により、グループの特徴をデータで明示化できること、グループ間に特徴の違いがあることが分かった。



4-2.データ取得に関する検証
 普段かけていない眼鏡(グラス)を装着することで、子どもが違和感を持ち、グラスを気にした行動になる可能性を想定していたが、途中でグラスを外した子どもは1名のみであり、グラスの装着を理由とした影響はあまりなかった。また、動的な活動のためデータが正常に取得できない可能性も想定していたが、データ欠損は1名分にとどまり、全体的には分析に足るデータ取得率であった。



4-3.子どもの視線の特徴
5つのグループとも、「ブロック」を見ている時間が最も長いことは共通していたが、グループ1は「先生を見た割合」が他のグループに比較して低かった。グループ3は「ブロックを見た割合」が他のグループに比較して高かった。グループ5は、「見本」を見る時間がブロックに次いで長かった。



4-4.場面ごとの視線の特徴
 「見守る保育」を導入してからの期間が最も長い園のグループ1、2は、タスク実施前の説明を聞く際に先生に目線を向ける度合いが高かった。一方、「見守る保育」の実践期間が比較的浅いグループ3は、「分業体制で各々がブロックを見て作業」する傾向があり、さらに実践期間が浅いグループ5は、「タスク前の説明中から見本を注視」し、「開始後も見本を多く見ながら作業」する等の違いがデータで把握できた。
 グループ1、2の園長によると、「見守る保育」では日常的に子どもの主体性を尊重されており、自由に遊んでいい時間を保証されていることから、保育士が関与する局面は子どもにとって相応に特別な時間であると認識されている。このため、保育士が話している間は子どもは保育士を注視する傾向があり、これが現れているのではないかとのことだった。



4-5.発話数と相手
 発話数と相手について、グループごとの集計結果を示した。全グループについて、発話の相手の割合は、「子ども」→「独り言」→「先生」の順に多かった。各園・グループの特徴は以下である。
 総発話数は、グループ1、及び2が、全園の総発話数の平均値(473.6回)を上回った。グループ1、及び5は、先生に対する発話の割合が低かった。



4―6.発話数とサッケード(視線が停留しない時間)の相関
 1分あたりのサッケード時間(秒)が多い子どもは、発話数(回)も多いことが分かった。
サッケード、つまり視線が停留せずに動いている頻度が多い子どもは、情報探索をより多く行っているものと考えられ、これによって得た情報を発話によって他者へ共有し、場合によってはタスクをより前進させる効果を発揮していることがうかがえる。



5.保育者との振り返りにおける示唆
 上記アイトラッキングの結果は、定量的な解析である。調査結果を実証協力園の保育者と共有し、なぜ子どもがそこを見たのか、子どもの性格等、実証中の子どもの様子を定性分析により補完した。また、振り返りを行うことで、保育者から以下の意見を得た。



6.まとめと今後の可能性
 本実証では、ICTツールにより、子どもの視線や発話を可視化し、「グループの特徴」「個人の特徴」の双方を分析できることが明らかになった。実証のまとめと示唆は以下のとおりである。



 以上のとおり、グループでのアクティビティを通して子どもの協同性が発揮される局面の一つを、複数のグループから観察することができた。
 本実証で取得したデータは、日常の保育シーンの一つを凝縮した客観データとして、保育士等が定期的に「データを取り、振り返り、気づきを保育に生かす」ためのツールとして活用することが想定される。また、今後は保育士のみならず、保護者にも結果を共有することで園と家庭双方の子どもの個性への理解が増し、子どもの育ちを見守る環境の醸成、園の保育方針への理解にもつながると思われる。
 しかし、こうした協同性が創出された背景に、「子どもの個性」、「メンバーの組み合わせ」、「教育・方針」など、いずれの要因が最も大きく影響しているのかは特定できていない点は今後の課題である。また、今回の実証では「協同性」に焦点を当てたが、「幼児期の終わりまでに育ってほしい『10の姿』」の他の評価指標への応用可能性の検討も必要である。
 日本総研では、子ども感性データを活用した保育の質の向上につながる取り組みを今後も継続して実施していきたい。さまざまなDX化が保育分野においても進展する中で、日々蓄積される膨大なデジタルデータが保育の質の向上に資する形で有効に活用されるともに、これが保育者のみならず、保護者と保育者のコミュニケーション向上につながり、ひいては子どもにとって最善の保育につながることを期待したい。

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【本件に関するお問い合わせ】
 リサーチ・コンサルティング部門
 マネジャー 小幡京加、亀山典子
 E-mail:obata.kyoka@jri.co.jpkameyama.tsuneko@jri.co.jp


(※1) 出所:文部科学省 中央教育審議会 初等中等教育分科会 幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会
(※2) 出所:文部科学省「幼児教育部会における審議の取りまとめ」

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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