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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】米大統領選「トランプ有利」の虚実、“民主主義の破壊者”か“既成政治の破壊者”か

2024年03月20日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|「バイデンVSトランプ」の再戦
|投票直前まで情勢は流動的

 
11月の米国大統領選挙は、予備選の山場の「スーパーチューズデー」での圧勝を経て、民主党はバイデン大統領、共和党はトランプ前大統領が候補者指名を確実にし、前回大統領選挙に続く「再戦」の構図が固まった。

 どちらが勝つことになるのか。スーパーチューズデー直前の世論調査でも依然「トランプ氏有利」の情勢だが、筆者がスーパーチューズデー前後の3月、ワシントンに出張し多くの人と意見交換をしたところでは、大半が、実際に有権者が誰に投票するのかを決めるときには状況は変わることを強調した。

 トランプ氏は、大統領選挙と並行して米議会議事堂襲撃事件など4つの刑事訴訟の審理が進むことになり、バイデン陣営の強調する「民主主義の破壊者」のイメージがさらに強まり致命傷になる可能性がある。

 だがその一方で、熱狂的なトランプ支持層を生んだ米国の分断の背景にある、エリートによる既成政党政治への不信も根深い。

 深刻なのは、どちらが勝っても分断がさらに深まることだ。

|世論調査はトランプ氏48%対バイデン氏43%
|実際の投票行動は不明


 スーパーチューズデー直前に行われた大統領選本選挙に関するニューヨークタイムズの世論調査では、支持率は48%対43%と、トランプ氏がバイデン氏を5%ポイントリードしていると伝えられている。またトランプ氏支持者層でトランプ氏を熱狂的に支持する人の割合は、バイデン氏支持者層でバイデン氏を熱狂的に支持する人の倍近くだという。

 しかし、米国大統領選挙は候補者への直接投票によって決まるわけではなく、州ごとの選挙人数合計(538人)の過半数(270人)を獲得する必要がある(多くの州では、投票で1票でも上回った候補者が、その州の選挙人数を全て獲得する)。

 過去の選挙でも直接投票では上回っても、選挙人数で過半数に達せず敗れた例は少なくない。例えば2016年の大統領選挙では、民主党のヒラリー・クリントン氏が全体の得票率では48%と、選挙人数で勝利したトランプ氏の46%を上回った。

 ブルームバーグニュースの調査によれば、勝敗を決めるといわれる「激戦州」のいずれでもトランプ氏が2~6%ポイントリードしていると伝えられている。

 筆者は3月1日から8日までワシントンに出張し、世論調査を主催している人物や政治学専攻の大学教授たちと意見交換を行ったが、彼らの多くは、トランプ氏の支持を表明している人も、実際に投票する際には、本当にトランプ氏に投票するのかどうか、これからの状況で変わると強調していた。

 大統領選挙を強く意識した3月7日の一般教書演説でバイデン大統領が強調したのは、トランプ氏(演説では名指しすることなく「前任者」との表現を使った)は「民主主義の破壊者」であるという点だった。

 バイデン陣営は、議事堂襲撃や機密文書持ち出しなどの4件の刑事裁判を抱えるトランプ氏が、世界の民主主義国のリーダーとしてふさわしくないどころか、民主主義政治を破壊し得る存在だということを前面に出して、トランプ陣営によるバイデン氏の高齢不安などのキャンペーンに対抗する戦略のようだ。

 現に多くの人は、バイデン氏は高齢故に忘れっぽくトンチンカンだが、優しいと称し、トランプ氏は自己中心的だが強いリーダーと感じているようだ。

|バイデン氏、経済好調は追い風
|移民問題とガザ戦争で「受け身」

 
 政策の具体的な対立軸では、多くの世論調査の結果では、米国が直面する優先的な課題として、経済と移民問題が挙げられている。

 ただし米経済はインフレ率が鈍化、一方で雇用や消費の堅調で基本的には好調であり、よほどインフレ率や失業率が上がらない限り、バイデン政権の評価として致命的なものになるとは考えにくい。

 移民問題は23年に不法移民が250万人を超えたとされ、目に見える課題であるとともに、民主、共和両党にとっての政治イシューだ。バイデン大統領は、国境の壁建設中止や亡命希望者の受け入れ改善などを打ち出したが、移民の急増した州などでは住民の不満が強まっている。

 共和党にとってみれば不法移民の犯罪対策やメキシコとの国境の壁を築いたのはトランプ政権の誇る成果だと、攻勢をかける格好の材料だ。一方でこの問題は人道的見地から民主党左派にとっては譲れない面があり、バイデン大統領にとっては受け身となる頭の痛い問題だ。

 対外政策は、これまでの大統領選挙ではあまり争点にはならなかったが、今回の大統領選挙では、ガザ問題とウクライナへの支援は、日々のニュースで報じられ、目に見える問題だけに重要だ。

 バイデン政権がイスラエル支持をずっと続けている中、ガザ住民がイスラエルのネタニヤフ政権の情け容赦ない攻撃の犠牲になる姿に、米国民の間で複雑な思いを抱いている人が少なくない。特に若い世代からは批判が高まっている。停戦が早急に行われないと、無党派層などの支持が離れかねず、そうなればバイデン政権が受けるダメージは大きい。

 ウクライナ問題は侵略したロシアとの関係で正義を貫くか、終わりなき戦争に米国が延々支援するかの評価が分かれやすいが、そうはいってもロシアを擁護するような議論は起きておらず、バイデン大統領がトランプ陣営の攻撃にさらされるほどの争点にはならないのではないか。

|トランプ氏、アキレス腱は刑事訴追
|多額の訴訟費用も足かせに


 一方で、トランプ氏にとって致命傷になる可能性があるのは、4件の刑事裁判の行方だ。

 実際の審理は延期されてきており、選挙戦中に審決が行われる可能性は高くない。しかし、審理の経過や議論は選挙戦と並行して、さまざまな形で国民に伝えられるだろう。刑事訴訟のほかにも、トランプ氏は経営する不動産会社が資産価値を水増ししていたとして、ニューヨーク州司法長官から不正利益の返還を求められた民事裁判で負けている。

 この3.5億ドル(約532億円)という多額の支払いを余儀なくされていることも含め、訴訟関連の費用は膨大な額に上る。

 トランプ氏は共和党全国委員長を更迭しトランプ氏の義理の娘などを新たに任命したが、これも政治資金を訴訟関連に回しやすくするためだといわれる。刑事裁判の手続きが始まればトランプ氏も出席せざるを得ないだろうし、審理の状況は民主党に攻撃の材料を与えることになるだろう。

トランプ人気の背景に米国の分断
伝統的政治体制への不信と反感
 トランプ氏の台頭や根強い支持に象徴される米国の分断は、過去四半世紀の間に徐々に深まってきた。

 ブッシュ政権時代のアフガニスタンやイラクなど中東での戦争は20年続き、さらに08年のリーマンショック、新型コロナウイルスの感染拡大、そしてインフレの高進などの苦難を国民に強いてきたのは、民主・共和両党のいずれかというよりエリートによる伝統的政治体制であるとの認識は米国内で強くなっている。

 ホワイトカラーとブルーカラーの分断、人種間の分断、所得格差などの拡大とともに、既成の政治に対する一般の人々の不信や反感は根強い。

 トランプ氏が公職経験の一切ないまま大統領になったのに対し、バイデン氏は29歳で上院議員に当選して以降50年以上、公職にあった。それも上院議員、副大統領、大統領として。両候補のキャリアは好対照であるだけに、大統領選挙自体が分断の下での選択という意味合いを持ちやすい。

 米国大統領選挙ではこれから11月までの内外の情勢が大きく影響を与えるだろうし、場合によっては、無所属で出馬する第三の候補が一定の得票を得て、バイデン・トランプ両候補共に選挙人の過半数を得られないまま、25年1月の新議会に決着を委ねるということも考えられないわけではない。

 またそれで新大統領が確定した場合でも、トランプ氏でない場合には前回の大統領選挙後以上に激しい暴力的抵抗が予想される。

|どちらが勝っても分断深まり
|米国は「内向き」志向に


 そして勝者は誰になるにせよ、今回の大統領選挙を通じて分断がさらに深刻化する。米国では今後長きにわたり分断を癒やす方途を考えていかなければならないだろうし、その間、米国が内向きとなっていくのは避けられない。

 それは世界にとってもさまざまな負の影響を及ぼす。とりわけトランプ氏の勝利については、NATO(北大西洋条約機構)諸国の懸念は大きい。トランプ氏が欧州諸国に防衛負担を求め、不十分な国にロシアがどうしようとも米国は構わないと述べたことはNATO諸国の不安と怒りを買っている。

 一方でロシアはトランプ氏自身がウクライナ戦争をすぐにでも止められると述べていることやプーチン大統領との関係を誇示しているところから、トランプ氏の勝利を歓迎するのだろう。中国はトランプ氏の理念ではなく「取引」重視の政治姿勢には期待をしているだろうが、貿易や投資では「米国第一」主義による中国製品への高関税実施やデカップリングの動きを強めることは警戒するのだろう。

 日本にとっても、これまでで最も重要な米国大統領選挙になることは必至であり、注視していかねばならない。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/339158
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