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TCFDの解散と残された”宿題”

2024年03月26日 新美陽大


 2023年10月、TCFD(気候変動財務影響開示タスクフォース)が解散を発表した。2015年、気候変動の金融システムに与える財務的影響を分析・開示する手法を検討すべく、G20の要請を受けFSB(金融安定理事会)自らが立ち上げたTCFDが、8年間に及ぶ活動を終結した。その提言は、世界で4,925(※1)もの企業や団体から賛同を得るまでに至り、TCFD自らがその責務を果たしたとメッセージを発信したことは意義深い。TCFDが、今後の役割を引き継ぐことを要請したIFRS財団は、傘下に設立したISSB(国際サステナビリティ基準審議会)で、気候変動を含む非財務情報の開示基準の策定を進めている。今後は、TCFD提言に基づく情報開示は特別なものではなく、有価証券報告書などの制度に則って一般的に行われるものになるだろう。その意味では、TCFDの解散は気候変動影響開示手法の標準化に目途が立ったことの象徴とも言える。

 開示すべき情報を4分野・11要素に分類して、個社でバラバラだった情報開示の手法を整え、分析や開示へのハードルを大幅に下げたという点で、TCFDの功績は極めて大きい。さらには、日本銀行が金融機関に対して、気候変動対応を支援するための資金供給オペレーションの要件としてTCFD提言に基づく4項目の開示を設定したこと、および東京証券取引所がコーポレートカバナンス・コードに「プライム市場上場企業は(中略)TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」との一文を盛り込んだことなど、日本特有の制度面での後押しも効果覿面だった。この結果、気候変動という一見取っつきにくい事象による影響に対して、日本企業が率先して開示に取り組み、日本がTCFD賛同数で世界最多国となるまでの拡がりに繋がったと筆者は見ている。TCFDの後を追って検討が進むTNFD(自然関連財務影響開示タスクフォース)で、TCFDの枠組みが多分に活用されているのも、TCFDのアプローチが成功体験としてひろく認識されていることを物語っているといえるだろう。

 ただ他方で筆者は、TCFDは重責を果たしつつも、いくつかの”宿題”を残して解散することになったと考えている。最も重大だと考えられる”宿題”は、気候変動による財務影響の分析手法が、未だ標準化されないままということだ。気候変動による影響のうち、移行リスクについては予測に用いられるデータの妥当性に議論の余地を残しつつも、温室効果ガス排出量と炭素価格それぞれの将来予測を用いて評価する手法が一般的となっている。一方、もうひとつの物理的リスクについては、様々な研究機関や企業がシミュレーションを用いた評価手法を開発しており、一部には推計技術等の評価手法を明らかにしているサービス(※2)もあるものの、多くはブラックボックス化されたままであり、結果として手法の標準化には至っていないと言えるのだ。

 評価手法の標準化による最大のメリットは、気候変動によって発生しうる財務影響の予測信頼性が高まることで、費用対効果の考え方に基づいた適宜適切な対応策を講じることが可能になる点にある。費用対効果が精緻に分析できるようになれば、各種ファイナンスを用いた資金調達も進み、結果として対策が進展することが期待される。評価手法の標準化については、足元で、わが国の国土交通省が洪水に特化した分析手法(※3)を開発したり、物理的リスク対策に係わる資金調達のガイダンス(※4)が有志により公開されるなど、俄に日本国内の取組が広がる兆しがある。将来の気候変動に対する不安解消に繋がるよう、TCFDが残した”宿題”への答え探しに、粘り強く挑み続けていきたい。

(※1) TCFD公式ホームページより(2023年11月24日時点)
(※2) https://www.gaia-vision.co.jp/service/climate-vision/
(※3) https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tcfd/index.html
(※4) https://rief-jp.org/ct8/140039

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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