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国際戦略研究所 田中均「考」

【ダイヤモンド・オンライン】北朝鮮「韓国は敵対国」発言や異例の日本向け談話、新たな緊張の裏にある“従来と違う事情”

2024年02月21日 田中均・日本総合研究所国際戦略研究所特別顧問


|朝鮮半島は火を噴くのか?
|北朝鮮首脳の言動で新たな緊張


 北朝鮮の金正恩総書記は昨年末の朝鮮労働党中央委員会総会で、韓国とは「同族関係ではなく、敵対的な国家関係、交戦国」として、故金日成主席以来の南北統一の理念の放棄とさらなる軍備増強を表明した。

 その一方で、1月5日付で日本に向けて、能登半島地震へのお見舞い電文を送り、2月16日には妹の金与正氏が、岸田文雄首相の訪朝に言及し関係改善の可能性を示唆するかのような「談話」を突然、発表した。

 背景には、南北朝鮮のお互いへの向き合い方が大きく変わったことがある。

 韓国の尹錫悅政権が、前任の文在寅政権の対北朝鮮融和政策から、安全保障を優先し北朝鮮と是々非々で対峙(たいじ)していく政策に変更、また韓国と米国、日本の連携強化が進むことを意識して、揺さぶりをかける狙いもあるとみられる。

 だがそれだけなのか。北朝鮮は戦術核・ミサイルの実戦配備を匂わせ、過去2度失敗に終わっていた軍事偵察衛星の打ち上げに成功したとする。2018年の南北軍事合意も有名無実化し、南北軍事境界線周辺での軍事活動が活発化する。

 南北の軍事対立は今に始まったわけではないが、最近の情勢の緊迫は従来とは異なる要因があることを見過ごしてはならない。

|北朝鮮に有利に動きつつある国際情勢
|米中対立に加えウクライナ戦争で米ロ対立


 それは国際情勢の大きな変化だ。

 ロシアによるウクライナ侵攻から2月24日には丸2年を迎える中で、世界は、ウクライナを軍事で支援する欧米諸国や日本などの民主主義諸国と、冷戦時代からロシアと関係が深い一方で米国と対立する中国、さらには侵略を積極支持はしないものの対ロ経済制裁などには距離を置くグローバルサウスなどに分断されている。

 北朝鮮にとっては、とりわけ米国とロシアが明確な対立関係にある状況は好ましいと考えているのだろう。

 一方のロシアも、冷戦終了後、北朝鮮に対して強い地政学的関心を示すことはなかったが、ウクライナ侵攻で欧米との対立が決定的になるなど孤立を深める中で、イランや北朝鮮との関係構築に意を用いるようになった。

 23年11月にロシア極東で行われたプーチン大統領と金総書記の首脳会談を契機に、両国は急速に軍事協力関係を進展させており、ロシアはウクライナとの戦争に必要な弾薬を確保し、北朝鮮は特に軍事衛星関連の技術協力を得るということになったとみられる。

 こうしたロシアと北朝鮮の相互協力が今後、さらに拡大してもおかしくない状況だ。これまでロシアは北朝鮮に対する国連安保理制裁決議に反対を唱えなかったが、今後、拒否権を行使していくことも十分にあり得るだろう。

 北朝鮮の核開発を阻止する上でロシア以上に中国の協力は不可欠だった。しかし米中対立が深刻化し、ウクライナ戦争が長期化していく中で、北朝鮮問題について米中協力がどうなるかは明らかではない。

 ましてやロシアが北朝鮮と協力関係を進める中で、今後、中国が北朝鮮に対してどういう態度をとるかは、見通せない。

 おそらくそれは米中関係次第なのだろう。当面は昨年秋の米中首脳会談での「対立はしても衝突はしない」というおおよその合意に従った関係が維持されていくのだろうが、米中が関係悪化の道をとる場合には、中国はロシア・北朝鮮側にシフトすることは十分に考えられる。そうなった場合、北朝鮮は、朝鮮半島問題や核問題で米韓に対して一層強硬になる懸念がある。

|現実味帯びる「もしトラ」リスク
|「米国の抑止力」さらに後退する懸念


 秋に予定される米国の大統領選挙の結果でも、北朝鮮が勢いづく可能性がある。

 1月から始まった共和党予備選ではトランプ前大統領が圧勝を続けており、バイデン大統領の支持率低迷や高齢問題もあって、本選でもトランプ氏が勝利することが現実味を帯びる。

 仮にトランプ前大統領が大統領選で勝った場合の最大のリスクは、ウクライナ戦争や台湾危機、朝鮮半島危機に対しての米国の強いコミットメントを損なってしまうことだろう。

 トランプ前大統領はウクライナに対する軍事支援に消極的であり、「もしトランプ氏が大統領に再びなれば」、ウクライナへの支援は止まる可能性が高い。一方でイスラエル・ガザ戦争については、バイデン大統領とは異なり、さらなるイスラエル支援に傾くことも考えられる。

 トランプ氏の基本的姿勢は「米国第一」であり、国際社会の規範維持のため米国が指導者として行動するよりも取引で米国に有利な結果をつくることを優先する傾向があると推測されている。NATO(北大西洋条約機構)との関係についても防衛費の負担が十分でない諸国の防衛に米国は従事しないと言い切る。

 台湾の防衛は東アジアでの中国の覇権を阻止するために重要だが、トランプ氏が台湾防衛を米国の枢要な利益だと理解するかどうか明らかではない。

 こうしたことを考えると、朝鮮半島について、米国が北朝鮮の冒険的行動を止めることに対して明確なコミットメントを履行するのかどうか、不透明な要素がある。

 これまでも在韓米軍引き上げや削減は米国内で議論された経緯もある。

 もともと1950年の朝鮮戦争は、当時、金日成主席が、北朝鮮軍が38度線を超えても、米軍は本格的に交戦しないという誤った見通しを持ったことにより勃発したと考えられている。

 朝鮮半島は歴史上、周辺大国にじゅうりんされてきたことから、その後も北朝鮮は、経済発展を続けてきた韓国に対してよりも、米国に対して脅威感を持ってきた。米国の核攻撃への抑止力と称して北朝鮮は核開発に走り、米国本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)開発に血眼になってきたのも、そのためだ。

 その北朝鮮をこれまで抑止してきたのは、米韓相互防衛条約に基づく明確な米国のコミットメントであり、日米韓の連携は安全保障協力として有効に機能してきた。

 だが「もしトラ」では、北朝鮮の軍備増強を抑えられるのかどうか、そもそも米中関係や米ロ関係がどう展開していくのかは不確実性に満ちている。

 取引により対ロ関係や対中関係を管理していくという考え方もあり得るだろうが、やはり米国として許容できない「レッドライン」が存在しなければ、国際社会の秩序は維持できないだろう。

 ロシアのウクライナ侵攻は米国の抑止力が機能しなかった例でもあり、今後、米国の抑止力がどう再構築されていくかは極めて重要な課題だ。

|国際的孤立脱する好機になり得る
|安保理制裁は事実上、骨抜きに


 こうした国際情勢の変化は、北朝鮮が国際的孤立を脱し得るという意味で北朝鮮にとって有利な環境変化といえるだろう。

 それは核問題との関係ではどういう意味を持つのだろうか。そして、国際情勢の変化は南北間の戦争のハードルを下げることになってしまうのか。

 北朝鮮の核兵器保有は好ましくないという立場は米、日、韓だけではなく中、ロにも共通していた。

 特に中国にとっては北朝鮮の核保有を避けたい2つの理由がある。

 1つは、隣国である北朝鮮の核物質管理の安全性に懸念を持つという点だ。そして2つ目は北朝鮮が本格的な核兵器国として認められることになると、韓国や台湾、ひいては日本で独自の核開発の議論が巻き起こる(核のドミノ)ことになるという懸念だ。

 従って、当面は中国が北朝鮮の核保有に賛成することはないと思われる。しかしロ朝関係に加え中朝関係が修復されて、北朝鮮のミサイル発射などに対して国連安全保障理事会が行った制裁決議が事実上、骨抜きになる蓋然(がいぜん)性は高い。

 一方で朝鮮半島での南北間の偶発的な軍事衝突についての危険性はさらに増すだろう。

 10年に起きた延坪(ヨンピョン)島砲撃事件のような挑発行為を北朝鮮が起こせば、韓国はこれに断固として対応する軍事措置を講じるだろうし、限定的な軍事衝突の可能性は間違いなく存在する。これが本格的な戦争にエスカレートしていく危険性はなくはない。

 ただいまのところは、北朝鮮がそうした意図まで持っているとは考えられない。

 その意味では米韓日の連携は抑止力になっているといえる。

|「岸田首相訪朝」はあり得るのか
|支持率回復など内政上の思惑は排せ


 日本はどう対応すべきなのか。金総書記からの能登半島地震に対するお見舞いのメッセージや金与正氏の「異例の談話」は、日米韓の連携にくさびを打ち込もうという政治的思惑を持つものと考えられる。

 米韓の強い姿勢の一方で日本にはつけ込む隙があるとみたのかもしれない。北朝鮮は日本の政治状況を日々モニターしており、岸田首相の支持率が大きく落ち込む中で、訪朝を支持率回復のために効果的だと岸田政権が考えていると見通しているのだろうか。

 筆者は、金与正氏の談話にある「拉致問題は解決済み」という前提の下で政府が首相訪朝を計画しているとは考え難い。

 しかし、いきなりの談話はあまりにも不自然であり、水面下では日朝の接触があったのかもしれない。

 ただ、日本は、北朝鮮のペースで首相訪朝を計画することはあってはならない。もしそうなれば、むしろ、外交的失態と評価されるだろう。

 02年の小泉純一郎首相の訪朝は、日朝双方が訪朝でどういう成果が得られるのかを、1年にわたり、30回に及ぶ水面下の協議を行って見極めた結果だ。

 拉致問題を前進させる上でも、正常化の見通しを示すことが必要だし、日本の利益のためにも核やミサイルについての問題解決の道筋を示すという包括的な絵を描いたものだ。

 それでも当時は一定のリスクがあり、最後は小泉首相自身の決断で実行した。

 もちろんいまも拉致問題解決の道筋は簡単ではない。だが岸田首相が訪朝するとなれば少なくとも問題が前進したことを示す具体的な成果が必要だ。核開発やミサイル発射実験についても日朝平壌(ピョンヤン)宣言に基づき対話による解決に北朝鮮をコミットさせることが重要だ。

 いまの国際環境を北朝鮮は一層有利に運ぼうとしており、岸田首相訪朝に対する内外の目は厳しいことは十分認識する必要がある。国益を踏まえた緻密な外交を行うべきであり、支持率回復などの内政上の思惑が優先されることはあってはならない。


ダイヤモンド・オンライン「田中均の世界を見る眼」
https://diamond.jp/articles/-/339158

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