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アジア・マンスリー 2024年2月号

ASEAN諸国の緊縮財政、実現可能性は不透明

2024年01月26日 熊澤知喜


ASEAN各国の予算案によれば、財政赤字(GDP比)は総じて減少傾向にある。しかし、インドネシア、フィリピン、タイでは歳入見通しが甘く、むしろ財政赤字が拡大する可能性が高いことに注意を要する。

■アジアの財政赤字は縮小傾向
ASEAN各国が示した2024年予算案では、財政赤字(GDP比)が縮小する計画である。2022年にかけては財政赤字が拡大した。その背景として、コロナ禍で経済活動が停滞したことで歳入が減少したほか、感染対策や経済対策を目的に歳出が増加したことが挙げられる。この時期は各国で財政支出への制限も緩和され、例えばインドネシアは2020年から2022年までの3年間、財政赤字が国家財政法に規定されている上限(GDP比3%)を超えることを認めた。また、マレーシアでも、それまでGDP比55%とされていた政府債務の法定上限を同65%まで引き上げた。

こうした財政拡大スタンスは感染が終息に向かうに連れて修正され、各国で財政再建に向けた取り組みが始まっている。インドネシアでは2023年予算より、財政赤字の上限規定が再び導入された。マレーシアでも、2023年10月に3~5年以内に財政赤字をGDP比5%以下、債務を同60%以下に抑制することを定めた法案が可決された。ASEAN諸国の多くは1997年のアジア通貨危機後、為替市場の安定性を強化するため、財政規律を厳格化した経緯があり、今回の財政再建に向けた動きも、それに沿ったものといえる。

■一部の国では歳出拡大が続く
ただし、予算案を子細にみると、マレーシアとベトナムでは歳出規模の抑制が確認できるが、インドネシア、フィリピン、タイでは、いずれも歳出が1割増と規模が膨らんでいる。これらの国では、緊縮財政が実現するか不透明であるといえる。

この3カ国で歳出規模が増加している背景として、第1に、為替の安定が挙げられる。これら3カ国では足元の対米ドル為替レートが比較的安定しており、2023年年初からの自国通貨の下落率が小さくなっている。2024年には米国で利下げが実施されるとみられ、これらの国の通貨下落圧力はさらに和らぐと予想される。これを受けて、各国政府では、通貨の安定に重要となる財政規律順守に向けた切迫感が薄れている可能性がある。

第2に、国民の支持獲得に向けた財政支出意欲の高まりが挙げられる。タイでは2023年に新政権が発足し、2024年に公約として掲げていたデジタル通貨の配布が実施される予定である。同政策に要する予算額はGDP比約3%と大規模である。また、インドネシアでも、ジョコ大統領が注力する新首都への移転プロジェクトが本格化しており、関連支出が増加している。また、2024年2月には大統領選挙と総選挙が実施される予定であり、支持率向上に向けて各種の補助金給付や食料配布が実施されている。今後、バラマキ的な政策が打ち出される可能性もあり、その場合、財政赤字が拡大に向かう可能性が一段と高まる。フィリピンでも、マルコス大統領がドゥテルテ前大統領のインフラ整備政策「ビルド・ビルド・ビルド」を、「ビルド・ベター・モア」として引き継いでおり、インフラ投資を中心に歳出は引き続き拡大している。

第3に、楽観的な税収見通しが挙げられる。2023年に輸出の不振で低成長に陥ったマレーシアとベトナムとは対照的に、インドネシアとフィリピンは堅調な内需がけん引役となり高い成長率を記録した。景気回復により税収も増加していることから、この2カ国の政府は2024年も引き続き景気回復と税収の増加が継続すると見込んでいる模様である。税収は2桁の伸びが計画されており、歳出を増加させても財政赤字は減る計画となっている。とくにフィリピンでは、予算の前提となる実質GDP成長率が前年比+6.5~8.0%と想定されている。これは国際機関による見通し(IMF:同+5.9%、世界銀行:同+5.8%)よりも高く、かなり楽観的といえる。

■財政赤字の拡大が景気下押し圧力に
以上から、インドネシア、フィリピン、タイでは、計画に反して、財政赤字が拡大するリスクに注意する必要がある。とりわけこの3カ国では、金利が大きく上昇しているだけに、景気が下振れ、歳入が計画ほど増加しない可能性がある。実際、政策金利はコロナ禍前と比較して高止まっており、市中金利を押し上げている。加えて、エルニーニョ現象発生などの異常気象やインドによるコメ輸出規制などがインフレを加速させるリスクもくすぶっており、一段の金利上昇圧力がかかる可能性もある。

仮に、財政赤字が拡大し、財政の持続性に対する市場参加者の見方が厳しくなる場合、金利上昇に拍車がかかる展開も危惧される。これによる設備投資や住宅投資の減少などのほか、通貨の下落が輸入インフレを加速させることも、景気を下押しする経路となりうる。このように景気後退がさらなる税収の減少と財政収支の悪化につながることで、上記3カ国の財政と経済がスパイラル的に悪化するリスクには注意が必要である。


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