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「地域の、地域による、地域のためのDX」の進め方
――地域が自律的にデジタル社会を歩み始め、歩み続けるためのエッセンス(しまなみデジタルPASSプロジェクトの実践から)――

2024年01月16日 作田典章


 日本総研はローカルDXタスクフォースを立ち上げ、さまざまな地域で「地域の、地域による、地域のためのDX」を目指すプロジェクトを実践してきた。本稿は、そのプロジェクトの中から尾道エリアで実施した「しまなみデジタルPASSプロジェクト」で得られた知見を基に、地域の民間事業者(以下、「地元事業者」)と共に「地域の、地域による、地域のためのDX」を進めるポイントを整理した。

1.しまなみデジタルPASSプロジェクトについて
(1)概要
 中世から交通の要衝であった尾道エリアは、戦国時代の村上海賊の文化財や、街の繁栄と共に生まれた各時代の豪商が建立した大小の寺院など、さまざまな歴史に触れられる地域となっている。また、それ以外にも、多島美の景観や島々を結ぶしまなみ海道など、見どころが豊富にあり、そのブランド力で、毎年、一定規模の観光客を集めている。一方で、尾道エリアを訪れる観光客の多くは、尾道駅前の商店街とその周辺、あるいは観光客向けに準備された観光スポットを巡るにとどまり、瀬戸内海の豊かな自然などを誇る島嶼部へ足を運ぶ観光客はそれほど多くない。このような点は従来から観光行政の課題となってきた。
 しまなみデジタルパスPASSプロジェクトは、尾道エリア島嶼部への観光客の新たな人流を生み出すとともに、観光客の回遊性を高めることを目的としたプロジェクトである。その趣旨に賛同する地元交通事業者(以下、「プロジェクト参加事業者」)は、株式会社RYDEが提供するモビリティプラットフォーム「RYDE PASS」(スマートフォン用アプリ)上でデジタル化した乗船券・乗車券(以下、「デジタル乗船券・乗車券」)を運用する実証実験を実施した。これにより、観光客が尾道エリアのさまざまな移動手段を簡単かつ便利に使いこなせる環境を整備し、そこから得られる各種データ(利用者の居住地域、年代やどの広告・メディアを見て購入したのかなど)を活用することで集客施策の最適化を進めることを狙った(デジタル乗船券・乗車券の実証事業を尾道エリアで開始)。日本総研は、このプロジェクトの実施にあたり、尾道市の観光行政に係る政策的アウトカムや政策課題の整理等を行った上で、地元事業者が参画する実証実験を企画し、その実行に必要な各種調整を行った。また、実証実験の結果を評価する役割も担った。
 なお、実証実験の期間(以下、「実証期間」)は2023年1月4日から2023年3月31日までの約3カ月間とし、2023年4月以降もRYDE PASS上でデジタル乗船券・乗車券の運用を続けるかどうかは、プロジェクト参加事業者が、実証実験の結果を基に、個々に判断することとした。

(2)結果
 プロジェクト参加事業者は計7社であり、その内訳はバス会社2社、船会社3社、タクシー会社2社であった。実証期間で販売されたデジタル乗船券・乗車券は累計で193枚となった。この193枚のデジタル乗船券・乗車券の販売を通じて得た多様なデータを活用し、集客施策の立案を行った。以下にその例を示す。
 プロジェクト参加事業者A(以下、「A社」)の結果を見ると、地点①から地点②に向かった乗客の多くが遠方から訪れた客であった。また、その多くが、地点②に着いた後、A社とは別の路線を使って次の目的地に向かっていることが分かった。これにより、地点②は、遠方客から見ると、交通機関の乗り継ぎ拠点として利用されているという仮説を立案できた。この仮説を基にすれば、例えば、地点②からA社とは別の路線に乗り継いでいくことのできる目的地の候補(宿泊施設等)を抽出し、それらとタイアップしたデジタル乗船券・乗車券を販売するという施策を講じることにより、集客量を従来よりも増加させられる可能性がある。また、そのようなデジタル乗船券・乗車券を複数準備すれば、観光客が最終目的地にたどり着くルートのデータが収集され、そのデータに基づいてタイアップ先と共に、新たなビジネスチャンスを生み出すことにつなげられる可能性もある。



 また、プロジェクト参加事業者B(以下、「B社」)の分析では、いつ、どの地点でどのような人がデジタル乗船券・乗車券を利用したかというデータ(以下、「利用データ」)に着目した。この利用データに基づくと、乗降の多い場所は、購入者にとって何らかの目的地が存在している可能性が高いことが類推できる。この目的地を推定し、特定層の人物像を具体化できれば、その特定層が関心を有するコンテンツとタイアップした宣伝活動(ここに訪れるとこんな体験ができる等)やデジタル乗船券・乗車券の販売で、従来よりも集客力を高められる可能性が高い。



 このように、デジタル乗船券・乗車券の運用で得られたデータを分析することにより、集客施策の改善策を導出できる可能性が示された。また、プロジェクト参加事業者からは、今回を機にRYDE PASSが提供するようなデジタル技術を自社の事業で継続的に活用したいという声が聞かれ、実際に、5社は、4月以降もRYDE PASSを利用している。

2.「地域の、地域による、地域のためのDX」を進めるためのポイント
 しまなみデジタルPASSプロジェクトの実践を通じて得られた知見に基づくと、「地域の、地域による、地域のためのDX」を進めるためには、次の3つがポイントとして挙げられる。なお、それらは、図表3で示すように、定石とされる進め方が難しいときに、地域のDXを推進する主体は地元事業者をどのような形で支援するのが望ましいかという観点で整理している。



(1)IT・デジタルの攻めの側面に関する地元事業者の認識を確認し、その側面に関する身近なイメージを醸成する
 第1のポイントは、IT・デジタルの攻めの側面に関して地元事業者が持っている認識を確認し、その側面に関するイメージを地元事業者にとって身近な場面で醸成していくことである。
 通常、事業やサービスのDXを進める場合、図表4で示すようなIT・デジタルの攻めの側面を意識し、事業やサービスの将来のありたい姿を導出して、その実現を目指すことが定石である。しかし地元事業者は、自社の事業やサービスでIT・デジタルを攻めの側面で活用した場合に、どのようなことができるかという点についてイメージを持てない。その場合、ありたい姿の内容によらず、IT・デジタルは効率化の道具とみなされ、IT・デジタル投資額と効率化の効果額(経費削減効果)にだけ注目が集まってしまう。その結果、短期的な効果が見込まれない場合、ありたい姿の議論を行う前に、自社ではIT・デジタルを活用する必要はないという判断に至ってしまうことがある。
 このような事態を防ぐには、ありたい姿の議論から始めるのではなく、地元事業者がIT・デジタルの攻めの側面についてどのような認識を持っているかを確認するところから始めることが重要である。また、その上で、IT・デジタルを攻めの側面で使った場合のイメージや中長期的に期待できる効果を地元事業者と地域のDXを推進する主体の間で共有することが重要である。なお、その際には、他社の事例ではなく、地元事業者の実際の事業やサービスを題材にして、各社にとって身近な場面のイメージを具体的に示すことが有効である。



 しまなみデジタルPASSプロジェクトでは、当社は各地元交通事業者と個別に対話し、各社の現状の認識を確認した。さらに、その認識に沿った形で、各社の既存のデジタル乗船券・乗車券を運用するとどんなことができるのかを丁寧に説明した。これにより、各社の身近な場面でIT・デジタルを活用できる可能性についてイメージを醸成することができた。その結果、後述する費用対効果の問題にも対処したことで、地元交通事業者のうち7社が、しまなみデジタルPASSプロジェクトに参加する形となった。

(2)IT・デジタル活用を始める場面で地元事業者が抱える悩みを取り除く
 第2のポイントは、IT・デジタル活用に際して地元事業者が抱える悩みを適切に捉えて、それを取り除くことである。
 IT・デジタルの攻めの側面についてイメージを醸成できた地元事業者であっても、特に小規模な事業者は、実際のIT・デジタルの活用にまでは至らないこともある。その背景には、厳しい経営環境の中では、新たにIT・デジタルに投資する財源を捻出できないという悩みが存在することが多い。しかし、そのような悩みを掘り下げると、実際には、地元事業者が、無意識のうちに、IT・デジタル活用に対して何らかの前提条件を設定していることも多々ある。したがって、地元事業者がIT・デジタルの活用を始められるようになるには、特に次の2つの前提条件を正確に捉えて、悩みの本質に対して適切に対応することが必要になる。
 1つ目の前提条件は、IT・デジタル投資額の規模が大きいということである。一昔前は、システム導入というと、数千万円~数億円の初期投資が必要になるとイメージされることも多かった。しかし、多様なSaaS型のサービスが市場に存在する今は、普段から使用している業務用のパソコンさえあれば、他のハードウェアは不要で、初期費用も無料かほとんどかからない(かかっても数十万円程度の)サービスも多数ある。また、簡単なアプリケーションであれば、プログラミング不要で誰でも作成できるノーコードツールもすでに存在する。このように、少ない投資額でもIT・デジタルを十分に利用できる環境が整ってきている。
 2つ目の前提条件は、IT・デジタルへの投資は事業やサービスの成長にどれだけ寄与するか(以下、「投資の成長効果」)が不確実であるということである。投資の成長効果には、投資がもたらす価値の量と価値の内容という2つの要素がある。価値の量とは、売上高や営業利益率がどの程度増加するかを指すが、IT・デジタル投資が売上高や営業利益率をどの程度増加させるのかは、顧客の需要動向等の外部要因の影響も大きい。また、特に、IT・デジタルの投資は、どのような因果関係を経て売上高や営業利益率の向上につながるのかが見えづらい。そのため、投資によってもたらされる価値の量は見通しを立てづらい。一方で、価値の内容は、投資によって新たにできるようになったことを指す。特に、IT・デジタルの投資では、今までは全く収集できていなかったデータを収集したことで何ができるようになるのかを指す。前述のIT・デジタルの攻めの側面に関するイメージは、事業やサービスの構造の理解を基に、このデータを収集できれば事業やサービスのこの部分に生かせそうだという仮説になっている点で、IT・デジタルによってもたらされる価値の内容は、実際には見通しを立てやすいと言える。
 以上の2つの観点で、地元事業者の前提条件を捉えた結果、まず、最新のIT・デジタルに関する認識が不十分である場合には、少ない投資額でもITやデジタルを活用できるという共通認識を醸成できるよう、IT・デジタルの市場動向に関する基礎的な情報を提供することが必要になる。
 次に、その共通認識を醸成できても、なお、少額の投資であっても投資の成長効果が不確実なことには投資できないという場合は、その投資の成長効果を確認する機会を提供するために、最初に発生する少額投資については地元事業者の負担をゼロにする対処もときには有効である。
 実際、しまなみデジタルPASSプロジェクトでも、当社は、各地元交通事業者との対話を通じて、各社の認識の前提条件を確認した。また、その確認結果を踏まえて、実証期間中に発生する費用については、当社が全額負担するスキームとした。これにより、地元交通事業者は、しまなみデジタルPASSプロジェクトに参加したものの、期待した効果が得られず、貴重な事業資金を失ってしまうというリスクを回避できるようになった。この点も、プロジェクト参加事業者がしまなみデジタルPASSプロジェクトへの参加を決めた大きな要因となった。

(3)IT・デジタルの投資の成長効果に対する地元事業者の問題意識に沿って、適切な成果指標を設定する
 第3のポイントは、IT・デジタルの投資の成長効果に対する地元事業者の問題意識に沿って、適切な成果指標を設定することである。これが重要な理由は、IT・デジタルの投資の成長効果があるかどうかが不確実なため、投資はしないという考え方が変わらなければ、IT・デジタルの活用を進めようとの判断にはならないからだ。
 投資の成長効果の成果指標というと、一般的には、売上高や営業利益等、価値の量をはかる指標が設定されることが多い。しかし、IT・デジタルの投資においては、そのような指標が適切な成果指標にならない場合がある。
 それは、問題意識の根源が、IT・デジタルがもたらす価値の量の不確実さではなく、期待した価値の内容が期待どおりにもたらされるかがわからないという不確実さにある場合である。つまり、地元事業者は、IT・デジタルを攻めの側面で活用すると、どんなことができるようになるのかというイメージはあるが、実際にそのイメージどおりにできるようになるのかという点が不明なので、IT・デジタルの投資の成長効果は不確実であると認識している場合である。この場合、問題意識を解消するには、IT・デジタルの活用で売上高や営業利益等がどのように変化したかではなく、実際にIT・デジタルを活用した結果、何ができるようになったのかというIT・デジタルがもたらす価値の内容を成果として評価することが必要になる。
 このように考えると、適切な成果指標を設定するには、地元事業者の問題意識の根源を正確に把握することが重要であることがわかる。
 しまなみデジタルPASSプロジェクトの成果指標は、デジタル乗船券・乗車券の運用を通じて収集できたデータから各社の集客施策に対する改善策を導出できるかどうかとしていた。これは、地元事業者との対話の中で把握した問題意識の根源に沿う形で、IT・デジタルがもたらす価値の内容を成果として評価することを念頭に置いている。
 また、その成果指標による評価の結果、約3カ月間で測定できた集客増加量は微々たるものだったが、少ないながらも収集できたデータは事業の成長に活用できる可能性が示された。これにより、IT・デジタルの攻めの側面への投資は、データを駆使した事業やサービスの変革であると認識できたプロジェクト参加事業者は、実際に、自らの費用負担で4月以降もRYDE PASSを継続利用すると判断した。

3.おわりに
 本稿では、しまなみデジタルPASSプロジェクトの実践を通じて得られたポイントとして、地元事業者を中心として地域のDXを進めるためには、地元事業者の認識や実態を適切に捉えた支援が有効であることを述べた。
 他の地域で同様のDXプロジェクトを実践する場合、しまなみデジタルPASSプロジェクトで日本総研が果たした役割の全部または一部を自治体が担うことも十分に考えられる。その場合には、本稿で整理したポイントを参考に、自治体は地元事業者との対話を丁寧に実施し、IT・デジタルに対する現状の認識や悩みの本質を適切に捉えた支援を実施していくことが望まれる。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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