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公共交通の「血行改善」に向けて

2024年01月16日 西本恒


 近頃、地方部に限らず全国各地で路線バスの減便・廃止が進んでいるというニュースを目にすることが多くなった。帝国データバンクの調査では、8割もの民間路線バス事業者が2023年での路線の減便・廃止もしくは将来の路線縮小を予定・検討しているという(※1)。路線の減便・廃止の一因としては運転手不足が挙げられており、これは路線バス業界に限った話ではなく、タクシー業界でも同様に運転手の減少が続いている。こういったことからも、国内公共交通機関の運送機能は低下傾向にあると言える。
 公共交通機関の運転手不足の要因としては「運転手の高齢化」が挙げられる。運転手の高齢化が進み退職者が多くなる一方、運転手は比較的低賃金の傾向にある等を理由に、次世代の運転の担い手が減少以上に増えていないのだ。また、運転手数の減少に加え、2024年4月以降は運送業にも働き方改革関連法の適用が開始される。運転手の時間外労働時間の上限が適用され、運転手1人が運転できる時間も減ることになる。このままだと公共交通機関の運送機能は更に低下してしまい、各人の移動が一層不自由になってしまいかねない。

 このような公共交通機関の運送機能の低下が問題視される中、「ライドシェア」や「自動運転」への注目が高まっている。ライドシェアについては、2024年4月以降、地域を限定して条件付きでの解禁が決定された。当座はタクシーと同額の運賃での解禁となったものの、一般ドライバーの参入で乗客の取り合いが生じれば、従来からのタクシー運転手の減収、ひいては従来からのタクシー運転手の退職が促進される要因となる可能性は高い。また、タクシー事業者以外の参入解禁は2024年6月に向けて議論を進めていくとされるが、仮に将来、運賃水準が低下した場合、従来のタクシー運転手が更に退職に追い込まれかねない。それに加え、これまで路線バスを利用していた人達が、運賃が低下したことでライドシェア利用にシフトするようになると、路線バスの更なる減便・廃線にも繋がりかねない。1人の運転手が運ぶことができる人数は路線バスの方がタクシーより格段に多いため、これは公共交通機関の運送能力の低下を意味する。
 このように、ライドシェア解禁は公共交通機関の輸送能力回復に対して、さほど有効な手段にはならないと個人的には考える。公共交通の諸課題を考えるとき、サービスの供給量を増やすのでなく、運賃水準を高めて需要量を調整する方策を導入するほうが輸送能力の回復には有効だと考えられる。タクシー運賃が高くなっても利用を続ける人は一定数、存在するだろう。また、運賃上昇でタクシーを利用しづらくなった人は、タクシーより輸送能力のある路線バスを変わりに利用するようになる。路線バス事業者の収益面が改善され、路線の減少・廃止に歯止めがかかる。ライドシェア導入に向けた制度整備が2024年に向けて進められるが、引続き慎重な議論が必要であると考える。

 他方で、自動運転については、日本での検討が、まず公共交通機関を中心になされている点に注目したい。レベル4水準(限られた条件下における完全自動運転)での無人自動運転が実現できれば、運転手が減少しても運送機能の低下に歯止めがかかる。公共交通機関の運送能力の回復という観点では、自動運転の推進はライドシェア導入より有効と考えられる。本稿執筆時点において国内でレベル4として国からの認可を受けているのは、福井県永平寺町など限られたケースのみだが、国内の多くの地域でも自動運転の実証実験が進められており、近い将来、多くの地域で無人の車がまちを走る様子が見られることになるのではないだろうか。

 交通は血液に例えられることがある。身体の健康維持には多くの血液を体中に送り続ける必要があるように、健全な社会の維持には交通による運送機能を維持し続ける必要がある。ライドシェア導入は、従来のタクシー運転手の減少、運賃水準全体が下がった場合は輸送能力の高い路線バスの減便・廃止に繋がり、社会の血行不良を起こしかねない。一方の自動運転の推進は社会の血行改善に有効な処方だと言える。自分の身体の健康に気を配るのと同様、これからの社会の血行にも気を配る必要がある。

(※1) 株式会社帝国データバンク 「路線バス 8割で今年「減便・廃止」」 2023/11/22


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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