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パーパスの浸透およびビジネスへの実装(続報)~パーパス研修という試み~

2023年12月28日 段野孝一郎


 日本総研のシンクタンク・コンサルティング部門は、2021年に、当社の社会的存在意義をパーパスステートメント、「”次世代起点でありたい未来をつくる。傾聴と対話で、多様な個をつなぎ、共にあらたな価値をつむいでいく。”」として言語化した。そして、パーパスの理念を実践に移すべく、2023年度から「パーパス賞」を創設した。日本総研のシンクタンク・コンサルティング部門における「パーパスを体現した」と考えられる取り組み(受託案件に限らず、R&D、情報発信、コンソーシアム活動等の幅広い活動が対象)を、シンクタンク・コンサルティング部門の社員で広く共有し、最も共感を集めた取り組みを「パーパス賞」として表彰し、パーパスの理念浸透を図る取り組みだ(パーパス賞を通じたパーパスの浸透およびビジネスへの実装|日本総研 (jri.co.jp))。

 この度、2023年度パーパス賞受賞者への副賞として、医療法人社団オレンジが運営する先進的なケアの文化拠点として有名な『診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ』、『じっくり ゆったり たっぷりまざって 遊ぶ 学ぶ 「 」になる』を合言葉に、子供たちの生きる力を育む先進的な教育を行っている軽井沢風越学園にご協力いただき、当社パーパスや参加者にとっての「ありたい未来」について思索を深める「パーパス研修」を開催することができた。筆者も参加して大きな気づきと学びが得られたと実感したので、その気づきをまとめることとした。本稿が、パーパスの浸透と実践に試行錯誤されている企業経営者や経営スタッフの皆さんの参考になれば幸いである。



①チェックイン(風越学園敷地内の森の中)
 本城理事長から、日本総研のパーパスを改めて提示いただき、双方の認識を合わせた後、「なぜ/いま/ここに」という問いについて、一人ひとりがそれぞれの言葉に。“いま”の時間の感覚、“ここ”の考え方等、それぞれの異なる表現を通じて、個々の参加者の認識を理解する場となった。
 本ワークでは、「カタルタ」というカードを活用。自分の話したいことを話し終えた後に、カタルタに書かれた接続詞(例:「案外」「それにしても」「でも」等)を使ってもう一言話す、というやり方を用いていて、参加者が自分でも想定していなかったことを話してしまう非常に面白いものだった。
 その後、各自でこの2日間の「問い」を立てて発表。それぞれの置かれた環境や現状が反映された問いが示され、研修の意味・意義をそれぞれに設定する時間となった。

②ワークショップ@ほっちのロッヂ
 風越学園からほっちのロッヂに移動し、最初にほっちのロッヂの裏山を散策しながら、ほっちのロッヂ共同代表の藤岡聡子氏、紅谷浩之氏からほっちのロッヂの成り立ち等を伺う。
 ほっちのロッヂでは、アーティストinクリニックという取り組みを行っている。さまざまなアーティストの方が一定期間滞在し、裏山を1つの芸術のフィールドとしながら活動している。現在滞在しているアーティストからも、今の作品に込めた思いや、ほっちのロッヂとつながった経緯等をお話しいただく。
 その後、室内に場所を移し、ほっちのロッヂのこれまでの取り組みや、ほっちのロッヂが大切にしていること等を藤岡氏、紅谷氏からお話しいただく。個人的に特に心に残ったキーワードは「ケアをする側とされる側という構造をやめることによる主体性の回復」・「全人的に関わっていくことによる死の変容」・「人が元気になるのは、(与えられた場でつくられたものではない形で)つながったときと、自分のことを自分で選択できたとき」・「本質的な欲求からのつながりは安心してつながれる(食欲、過ごしやすい環境等)(そのための台所という空間)」。おふたりからは、ケアの現場の話として語られたが、個々人の仕事や職場、プライベートに置き換えて、それぞれ考えるところがあり、非常に有意義だった。
 参加者から、おふたりに質問をしながらさらに話を深め、最後にそれぞれ感想を共有して1日目を終了した。




①登校登園の見学
 本城理事長から「風越の特徴は登校登園の様子から見て取れますよ」という投げかけを頂いていたこともあり、早朝8時から正門や校庭で登校登園の様子を見学した。本学は幼稚園から中3までの学生が在籍する「混在校」であるが、小学校高学年の生徒が、偶然同じ時間になった低学年の子と連れ立って登校する様子など、「お互いに混ざり合い、学び合う」という本学の精神を目の当たりにすることができた。

②授業風景の見学(1時限目/2時限目)
 その後、風越学園のキッチン室にてチェックイン。改めて、各自が「ありたい未来」を考える上で明らかにしたい「問い」を立てた後、風越学園の特徴について本城理事長より簡単な説明を受ける。その後は、各自のやり方で授業風景を観察。「生徒が自分の学びを自分でつくる」・「先生は生徒に過不足ない関わりをする」ことが徹底されている様子が確認できた(なお、本学では教師のことを「先生」とは言わず「スタッフ」と呼ぶことを徹底している。他の学校での経験がある生徒も、「ここはスタッフだから」と何となく先生との違いを認識している模様)。また、校舎の作りも特徴的で、全クラスが一望できるような隔たりのない空間でありつつ、ソファや抜け穴が所々に存在する遊びの空間でもあり、また至る所に開架の図書スタンドがあり、好きなときに好きなだけ本を読めるといった環境であった。こうした環境も、生徒の「主体的な学び」を促進させている要因であるように思った。

③ワークショップ(午前)
 その後、授業風景の観察を踏まえ、「観察してもやもやどきどきしたこと/すっきりわくわくしたこと」についてブレストを実施。ブレストを踏まえ、「風越学園にあるもの/ないものは?風越学園が大切にしているものはなんだろう?」をテーマに議論。その結果を踏まえ、「風越学園は」から始まる文章を5分間で20個つくるという「二十答法」を参加者一人ひとりが行った。このワークを通じて、風越学園の理念や特徴について理解を深めた。

④ワークショップ(午後)
 昼食後、午後のワークショップを開催。ここでは、本学のライブラリーから、自らの「ありたい未来」をにつながりそうな3冊を持ち寄り、各自が考える「ありたい未来」について議論した。参加者の考える「ありたい未来」は、人間の姿に関する未来、あるべき社会の未来、自分にとっての未来、親として考える子供の未来、など、参加者の現在の立ち位置や関心に基づく多様な未来像が示された。
 その後、改めて早朝に立てた「問い」に戻る。3人1組となり、「語りおろし」という手法を用いて、1人が自身の「問い」に対する考えを7分語り、その後5分間で残りの2人が感想を述べる、このサイクルを3回繰り返すというもの。1つの問いに対して7分間モノローグで語り通すことは意外と難しい。しかし、語ることで自分の考えも深まり、改めて自分が気付いていなかったような視点を持つきっかけともなることを実感。さらに、2回の「傾聴」ターンも難しい。全身全霊で「聞く」ことにかなりの体力を消耗したという参加者も多かった。パーパスでは「傾聴と対話」を掲げているが、コンサルティングの現場では、意外と傾聴が実践できていないことが明らかになったとも言える。 「語りおろし」ワークの後、参加者からラップアップとして一言ずつ感想を述べて本研修は終了した。


⑤余談(「ありたい未来の情景を描く」ワーク)
 今回はここで研修終了となったが、本城理事長いわく、もし時間があれば、「ありたい未来の情景を描写するワーク」も行いたかったとのこと。「自分のありたい姿が実現した場合にはどのようなシーンになるか」を描写するというワークで、風越学園でも力を入れている「物語を作る」ワークである(※風越学園では「作家の時間」と題してカリキュラムを設けている)。参加者間の宿題として、各自の「ありたい未来」の言語化にチャレンジしてみたいと思う。

(4)全体を通して
 2日間を振り返ってみると、1日目は「ほっちのロッヂ」の明確なコンセプト/価値観に触れた後、各自でパーパス/ありたい未来像に関連する思索を巡らせ、2日目は、あえて明示されていない風越学園のコンセプト/価値観について、登園登校・授業風景の観察、参加者間の議論を通じて風越学園のパーパス/価値観に対して考察を行い、その結果を踏まえて各自のパーパス/ありたい未来像の解像度を上げて自分に引き付ける思索を行うという設計になっていたと思う。対極的な2つのアプローチを通じて、さまざまな角度から改めて当社パーパスと、各自にとっての「ありたい未来」について思索を深めることができた。そうしたワークショップデザインの上に、本城理事長の本質的な問いかけやファシリテーション技術が加わり、参加者がどんどんと「考えること」に集中できていったように思う。

 企画立案者としては、忙しいコンサルタントを1.5日も拘束して果たして大丈夫かという一抹の不安もあったものの、研修終了後、参加者からは「親として、人として“学ぶ”ことについて、見つめなおす時間になった」、「いつまでも人は学び続けられることを信じて、まずは、自分のチームをもっと『じっくり ゆったり たっぷり まざって』(=風越学園のコンセプト)働けるような場にしていきたいと思った」など、極めてポジティブな感想をもらうことができ、胸をなでおろした。

 全体を通じての気づきとしては、下記が挙げられる。
①パーパスという言葉を投げかけるだけでは、本質的な理解には至らない
②同じようなパーパスを持つ他社・他者の取り組みを例に、自分に引き寄せることが、(頭の理解にとどまらない)身体的な理解を促進させる
③パーパスが浸透し、それが実践につながっていくには、多層的・複層的なアプローチが有効
④そのための労力と時間は惜しむべきではない

 パーパス経営の意義が取り上げられるようになって以降、パーパスの浸透に悩みを抱える企業の経営スタッフは多いと思う。本稿が、そうした方々の参考になれば幸いである。


診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂの皆さんと



軽井沢風越学園・本城理事長(写真中央)を囲んで


(参考URL)
ほっちのロッヂ 軽井沢町にある診療所 ケアの文化拠点 (hotch-l.com)
オレンジホームケアクリニック|福井県福井市|在宅医療専門 (orangeclinic.jp) (ほっちのロッヂの運営主体である「医療法人社団オレンジ」)
軽井沢風越学園 (kazakoshi.ed.jp)
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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