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学童期からのアントレプレナーシップ教育 ~地域連携で体験機会の創出を~

2023年08月01日 木下友子


アントレプレナーシップ育成に欠かせないのは「体験」
 子高齢化と低成長が続く中、文部科学省は、大学生のほか、小中高生を含めた若年層へのアントレプレナーシップ教育を進めており、2022 年度第 2 次補正予算では 10 億円が計上された。「社会課題を自分事として捉え、失敗を恐れず、新たな価値やビジョンを創造できる」人材を育てるため、また、「起業」を身近な将来の選択肢の一つとしていくためとしている。
 アントレプレナーシップを身に付けるために重要な役割を担うのは、子ども時代の「体験」である。文部科学省の調査によれば、幼少期により多くの社会体験(ここでは職業体験など)をしている子どもの方が、挑戦する力を含む「新奇性追及」「外向性」「肯定的な未来志向」が強くなる傾向があるという。これらの項目を向上させられれば、アントレプレナーシップの醸成につながっていくものと期待できる。

フィンランドにおけるアントレプレナーシップ教育
 「体験」を重視するアントレプレナーシップ教育の好事例として、教育先進国と言われるフィンランドの教育プログラム「Yrityskylä(英名: Me & My City)」がある。Me & My Cityは小学校 6 年生と中学校 3 年生を対象に提供されており、その特徴は以下 4 つにまとめることができる。
 まず、このプログラムが公平に提供されていることである。Me & My City は、Economy and youth TAT という現地のNPO が企画・運営しているが、運営には公教育が深く関与しており、独自テキストを用いた学習は学校教員によって授業の中で行われる。また、テキスト学習後には全国に 13 カ所(2023 年 7 月時点)ある体験施設で体験学習が行われ学校単位で参加する。Me & My City は公教育を通じて提供されているために、家庭の経済状況などにかかわらず誰もが参加することができ、小学6年生の86%が参加している(2022 年度時点)。日本では家庭環境の差などによる体験格差が広がっていることが社会課題となっているが、子どもたちが等しく体験機会を得ることができることは、国や地域の未来を担う人材を育てていくために重要な要素である。
 次に、Me & My City の学習は、社会の仕組みを学ぶ設計になっていることが挙げられる。子どもたちはプログラムを通じて、1 人の人間が持つ複数の側面(市民・消費者・従業者)、あるいは公共と民間という社会の構成要素など、包括的かつ俯瞰的に社会の仕組みを学ぶ。また、タスクでは他者との関わりがデザインされている。プログラム内容は科目に分かれておらず、教科の枠を超えた学びを通じてリアルな社会を学ぶ設計になっている。
 3つ目の特徴は、体験ベースの学びになっていることである。テキストの内容も、体験施設でのタスクも、ロールプレイを基本として設計されており、子どもたち自身が知識を踏まえた体験を通じて学ぶアクティブ・ラーニングが実践されている。例えば、テキストで銀行の仕組みを学び、体験施設では、銀行ブースで銀行口座を開設しキャッシュカードの発行手続きをする、といった具合である。体験当日に自身の担当する職業で給与を受け取り、余暇の時間にその中からお金を使う、といった体験もある。知識として覚えるだけではなく、体験することで、子どもたちが学びを自分事化することにつながっている。
 最後に挙げるのは、Me & My City は、学校のほか、政府、自治体、民間企業、財団、学術機関、地域住民など、多様なプレーヤーが役割を分担し、地域で支える学びになっていることである。教育を学校だけに押し付けるのではなく、各プレーヤーが少しずつ役割を分担し、連携することで、教育の質の向上と子どもたちの視野拡張につながるとともに、学校教員の負担軽減にも貢献している。

地域全体での役割分担と長期的な視点が重要
 Me & My City の事例も踏まえて、日本におけるアントレプレナーシップ教育の在り方を考えると、家庭状況にかかわらずすべての子どもが参加できる、知識を自分事化するための体験機会を増やすことが必要である。しかし、子どもたちが挑戦する姿勢を育み、起業を身近に感じられる教育の場を設定するのは、既に多忙な学校教員にとって簡単ではなく、負担も大きい。
 体験機会の創出のためには、政府・自治体・企業・地域 NPO・学術機関・住民も含めた地域全体のステークホルダーで役割分担し、長期的な視点で子どもたちを育てていくことが重要ではないか。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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