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アジア・マンスリー 2023年8月号

回復期待先行の半導体市場、実態は厳しく

2023年07月27日 立石宗一郎


AI 開発への期待から半導体関連の株価が急騰している。もっとも、AI 関連需要だけでは半導体市場の本格回復には力不足であり、当面は低迷が続き、来年以降も緩やかな回復にとどまる見通しである。

■アジアの輸出の重しとなる半導体市場の停滞
半導体市場の低迷が長引いている。世界の半導体販売額は2023年5月に前年同月比▲23.2%と大幅に減少し、7 カ月連続の 2 桁減となった。半導体はアジア全体の輸出に占める割合が大きいことに加え、様々な製品に利用される部材であることから、その需要動向は地域経済を大きく左右する。半導体不振の影響はアジア全体の生産・輸出に及んでおり、財輸出は 2022 年から減少基調をたどっている。なかでも半導体を主産業とする台湾(輸出全体に占める半導体の割合:38.4%)や韓国(同 16.5%)を含む東アジアの輸出が大幅に減少している。

半導体の需給悪化が長引いている要因は、次の 2 点である。第 1 に、世界的に巣ごもり需要が終息している点である。2020 年に新型コロナが流行したことにより活動制限が強まり、世界的にデジタル化の動きが加速した。在宅での活動が増えたことで、スマートフォン、パソコン、ゲーム機などの通信機器への需要が増加し、半導体の需要増へと波及した。また、テレワークやオンラインショッピングなどの急速な普及で、データセンターなどの大型投資が相次いだことも、半導体需要の押し上げにつながった。ところが、コロナの流行が収まるにつれて活動制限は徐々に緩和され、外食、旅行、娯楽などのサービス消費が復活した。これとは対照的に、デジタル化関連の製品需要は急速に冷え込んだ。スマートフォンやパソコンの出荷台数は 2021年 1~3 月期に前年比で 2 割以上増加した後、2022 年に入ってから落ち込んでいる。半導体メーカーは巣ごもり需要に対応して投資を拡大し、生産能力を増強してきたが、需要の急減で目論見は外れ急速に半導体在庫が積み上がった。先端半導体を主に製造する台湾や韓国では、足元にかけて出荷・在庫バランスが大幅に悪化している。

第 2 に、米国政府による対中規制の強化も半導体需要の落ち込みにつながっている。米国政府は、2022 年秋に中国に対する半導体への輸出規制を強化し、先端半導体の製造に用いる装置などを中国へ輸出する場合、米国企業は事前に米国政府から許可を得ることが義務付けられた。米国以外の国で生産された製品であっても、米国に由来する技術を使用した製品であれば規制対象に含まれることになり、第三国から中国への輸出も制限される扱いとなった。規制対象は、先端半導体など一部の製品に限定されているが、台湾製や韓国製の製品のなかには規制対象となる製品が多く含まれているとみられ、中国向け出荷の減少につながっていると考えられる。

■高まる半導体需要回復の期待、実現には時間が必要
半導体市場には好不況の波(シリコンサイクル)があり、およそ 3~4 年周期で一巡するとされている。世界の半導体需要は 2021 年末にピークアウトしてから 1 年以上落ち込んだため、ボトムアウトが近いとの見方が多い。さらに、対話型 AI に代表される生成 AI(画像や文章など様々なコンテンツが生成可能な人工知能)の登場をきっかけに、AI 向け半導体需要への期待も急速に高まっている。実際、多くの企業が AI 開発に乗り出していること加え、幅広い産業で AI を日常業務に活用することが検討され始めている。これを受けて、AI の開発や運用に使用されるサーバーやデータセンターへの投資が拡大し、半導体需要は盛り返すとの期待がある。こうした状況を反映して、米国に上場する半導体関連 30 社で構成されるフィラデルフィア半導体株指数(SOX 指数)は 6 月に前年同月比 3 割高と急騰した。SOX 指数は半導体販売額に先行して動くことが多く、半導体需要の先行指標とされている。足元の SOX 指数は近いうちに半導体需要の急速な巻き返しを予感させる動きと言える。

もっとも、こうしたシナリオが実現するかどうかは不透明である。最近の SOX 指数の上昇は、市場参加者の成長期待を反映する予想 PER(株価収益率)の上昇を主因としており、企業による収益見込みを反映する予想 EPS(1 株当たり利益)は伸び悩んでいる。株価上昇は市場参加者の楽観的な期待が織り込まれたものであり、半導体関連企業の収益改善見通しが織り込まれているわけではない。さらに、AI 向け半導体の市場規模は全体の数%程度にとどまると見込まれており、半導体市場全体を大きく押し上げるには力不足とみられる。半導体需要の 6 割強のシェアを占めるスマートフォンとパソコンの出荷量は、2023 年通年でそれぞれ前年比▲3.2%、▲14.1%と減少が予想されている(米 IT 調査会社 IDC 調べ)。スマートフォンやパソコンは世界販売額の 4 割強を米国と中国が占めており、両国の景気不透明感が高まるなか、半導体需要の早期回復の確度は高いとは言い難いのが実情である。

このように、AI 向けの投資拡大だけではグローバルな半導体市場の本格的な回復は難しい。主力のスマートフォンやパソコンの需要は緩やかな回復にとどまると予想され、半導体市場が盛り上がるまでにはまだ時間を要すると考えられる。総じてみれば、年内は半導体の在庫調整が続き、増産に転じるのは来年以降と予想される。こうした状況を反映してアジア全体の財輸出も年内は低迷し、来年に入ってから緩やかに回復する見通しである。

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