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「グリーンインフラ」はネイチャーポジティブへの活路となるか

2023年07月11日 長谷直子


 自然が持つ力を活用し、環境の改善や防災に役立てる「グリーンインフラ」が注目され始めている。「グリーンインフラ」という概念自体は10年以上前から存在していたが、2021年の自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の発足や、その後開催された生物多様性条約締約国会議(CBD COP15)における「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の採択などを機に、自然や生物多様性に対する社会の関心が今一度高まっていることが、注目を集めている背景と考えられる。

 CBD COP15では国際目標として、2030年までの「ネイチャーポジティブ」の達成が掲げられた(※1)。ネイチャーポジティブとは、自然生態系の損失を止めるだけでなく、回復させ、より豊かにする(プラスに転じる)という考え方である。日本政府もこの目標に沿って2023年3月に「生物多様性国家戦略(2023-2030)」を策定し、ネイチャーポジティブの実現に向けたロードマップを示した。この中で5つの基本戦略の1つに「自然を活用した社会課題の解決」が掲げられ、社会資本整備や土地利用等のハード・ソフト両面において、「グリーンインフラ」の社会実装を推進することが明記された。「グリーンインフラ」の取組みを事業化した自治体数を2025年までに70自治体まで増やす目標(2021年時点で16自治体)を設定し、国としても注力しようとする姿勢が窺える。

 国土交通省によれば「グリーンインフラ」は、自然環境が有する機能を利用し、「防災・減災」「地域振興」「自然環境の保全」のうち2つの効果をもたらすものと整理されている(※2)。「自然環境の保全」は必須要件ではなく、現状では幅広いインフラ事業が該当するようだが、治水工事も含めインフラ整備は必ず土地改変を伴い、自然環境に何らかの影響を及ぼすものだ。「グリーン」なインフラを標榜するのであれば、工事による生態系や生物種への評価を行ったうえで、自然生態系の損失の回避・影響の軽減を図ることはもちろん、ネイチャーポジティブの概念を踏まえれば、「回復再生」させることまで念頭に置いた措置が必要ではないだろうか。例えば、河川の護岸整備工事の際には、水生生物の生息・繁殖地となるワンドの造成や、河岸植生の再生などを併せて行うことが考えられる。さらに、施工後には実際に生息生物が増えているかといった自然への効果測定まで行うことも必要だろう。効果が伴わなければ、グリーンウォッシュ(実際には環境への配慮が十分でない製品やサービスを、あたかも環境に配慮しているように見せかけることや、実態以上に環境に配慮しているように見せかけること)になるからだ。何をもって「グリーン」と判断するのか、「グリーンインフラ」の適切な評価方法を確立することも必要である。

 国は、「グリーンインフラ」をネイチャーポジティブ達成に向けた手段として推進するのであれば、現状のような幅広い定義にせず、自然環境の保全及び再生回復に資するものとして再定義すべきだろう。また、インフラ事業の際に、自然環境を事業前よりも更に豊かにする取り組みを義務付けることなども検討の余地がある。英国では、開発を伴う公共事業などで、開発事業後の生物多様性を事業前と比べて10%以上増やすことを法制化した。インフラ事業は、自然環境に及ぼす影響が大きいが故に、この分野で自然の「再生回復」まで配慮した工事を普及できれば、ネイチャーポジティブの実現に大きく近づく可能性がある。

(※1)ただし、昆明・モントリオール生物多様性枠組の本文中に「ネイチャーポジティブ」という用語は用いられていない。 
(※2)環境:【導入編】なぜ、今グリーンインフラなのか - 国土交通省 (mlit.go.jp)


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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