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人生の問いと向き合う社会人の学びなおし「リスタディイング」

2023年04月25日 野田賢二


 近年、人生100年時代の到来やデジタル分野の技術革新などによる社会変化に伴い、社会人のリスキリングへの注目が高まってきている。リスキリングとは新たな知識やスキルを身に着けることである。政府からは、岸田首相による意欲的なリスキリング支援の表明や、文部科学省による社会人の学びを支援するポータルサイト「マナパス」開設などの取り組みがなされている。また、リスキリングが「ユーキャン新語・流行語大賞2022」にノミネートされたことからは、その言葉への社会的関心の高まりをうかがえる。

 リスキリングと同じ文脈の中で使われる言葉としてリカレント教育がある。政府広報オンラインによると、リカレント教育は「学校教育からいったん離れて社会に出た後も、それぞれの人の必要なタイミングで再び教育を受け、仕事と教育を繰り返すこと」と定義されている。また、同じ学び直しである生涯学習との違いについては、リカレント教育は仕事に生かすための知識やスキルを学ぶこととされている[1]。加えて、文部科学省の令和5年度予算案の概算要求における「リカレント教育等社会⼈の学び直しの総合的な充実」に関する事業では、デジタル領域などの成長分野での即戦力人材輩出やスキル・知識の学びの推進に焦点があてられている[2]。これらのことから、現在政府で主導しているリカレント教育は、目の前の経済成長に資する効果を念頭に置いたリスキリングをイメージしているといえよう。

 国際社会での競争力向上や労働者の雇用維持のために、外部環境変化への適応が急務であることは間違いない。しかし、それだけでよいのだろうか。より長期的な視点に立てば、社会課題やその解決に向けた新たなビジョンを生み出す、或いは、次の社会変革の渦を作り出していくという効果も、学びなおしの重要な要素としていくべきではないか。

 昨今、誰もがあたりまえのように注目する環境問題の解決やAI技術活用などは最初から主流と見なされていたわけではない。一部の人々がいち早く問題の大きさや技術の可能性に注目し、周囲の無関心や批判の中で何とか育ててきた経緯がある。社会課題解決やイノベーションの起点となるには、変化の波に乗るだけでなく、社会を生きる人間としての課題認識や使命感を有していることが不可欠であろう。しかし、そういった課題認識や使命感を日常の仕事の中で得ることは簡単ではない。それらは、既存の社会システムへの異議申し立てであり、ほとんどの場合は実現に長時間を要し、事業や利益にもつながりにくいためである。

 本稿では、社会人個人の興味関心に基づく大学での学びなおし「リスタディイング」の意義を訴えたい。(「リスタディイング」はリスキリングと対比するための造語である。)仕事や日常生活などの人生経験の中で誰もが多くの疑問や違和感に出会っているだろう。その中で自身にとってのっぴきならない問いの輪郭があらわれてきたときに、それを大学で卒業論文や研究テーマとして取り組むのである。読書を中心とした独学やオンラインサロンといった学習方法もあるが、自らの問いを新たな知として仕上げるためには方法論やノウハウ、議論が有効であり、指導や体系化した学びを提供する大学という場が最適であろう。また、モチベーションの面でも、大学卒業のような信頼性のある称号は重要である。「リスタディイング」により生み出される論文などのアウトプットは、当事者の問題解決とそれに基づく行動変容を導くことにとどまらず、それらの新たな知は人類共通の資産として積み上げられていく。

 もちろん、いまの大学の現状が、受け皿として十分ということではない。複数の大学で社会人特別入学者選抜や、夜間制や通信制といった制度が整備されてはいるものの、OECDの調査では、日本の2013年における25歳以上の学士課程への入学者数の割合は1.8%と極めて低水準である[3]。その原因を究明するとともに、大学が社会人の学び直し場所としてアクセスしやすくなるように対策を講じる必要がある。オンライン講義の一層の拡充や、教育訓練給付金制度による負担軽減も考えられる。

 仕事・結婚・育児・病気・介護・老化といった様々な経験の中で各個人が直面する課題こそが、新たな社会モデルやイノベーションの原石である。それを磨き価値化していく「リスタディイング」を普及・定着させ支援を行っていくことは、当事者の具体的課題の解決やウェルビーイングに直結するのみならず、経済低迷を抜け出す次のビジョンやイノベーションを生み出すことにつながるだろう。実利、実学のリスキリング、リカレント教育を超えた視野が、いま構想されても良いのではないだろうか。

[1]政府広報オンライン. “「学び」に遅すぎはない!社会人の学び直し「リカレント教育」”
[2]文部科学省. “令和5年度 概算要求のポイント”
[3]文部科学省. “社会人の学び直しに関する現状等について”


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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