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自然を回復の道筋に載せるための「自然関連インパクト評価ツール」

2023年02月14日 今泉翔一朗


 2022年12月19日にCBD-COP15が閉幕し、生物多様性の新しい世界的な枠組み「昆明・モントリオール生物多様性枠組」と、2030年までの行動目標「昆明・モントリオール2030年目標」が締結されました。2030年までに自然を回復の道筋に載せるために生物多様性の損失を止め、反転させる緊急の行動を取ることを目指し、23の目標が策定されています。目標には、「企業がサプライチェーンで自然にどの程度依存し、影響を与え、リスクがあるかを評価して情報開示することを求める」(目標15)のように、企業への要請も多く盛り込まれています。また、今年9月には自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)のフレームワークの正式版が公開される予定となっています。気候変動領域で、TCFD等による企業の情報開示や、事業活動に伴う温室効果ガス(GHG)排出削減に向けた取り組みが各社で進んでいるように、自然領域でも、企業の情報開示と事業改善が求めれるようになるのは間違いありません。特に、自然というものの変容に伴う企業への影響の評価だけでなく、企業の事業活動による自然へのインパクト(影響)評価が強く求められていることも重要な点です。

 一方で、個社が事業活動の自然への影響を評価するには、気候変動領域と比べて、一層の困難が予想されます。気候変動領域と比較しても、自然領域は、影響の複雑性が高いためです。影響評価対象である自然領域は、少なくとも陸域、淡水域、海洋、大気に分けられ、さらに細かな分類が続きます(気候変動領域は大気のみ)。また、評価指標も、それぞれの自然領域ごとに複数項目が設定されます。たとえば、陸域への影響評価であれば、利用された土地面積、土壌有機炭素量、森林の土地被覆面積、生物種数、土砂の保持力等の変化量といった具合です(気候変動領域は「気温」であり、その影響要因として管理するのは「GHG濃度」や「GHG排出量」のみ)。自然領域の場合、評価指標の目標値も立地場所(ロケーション)ごとに異なります。たとえば、先の例であれば、事業活動による森林利用が同規模であっても、ある地域においてはほとんど影響がないと評価される場合と、ある地域では、地域の植生や保水力に影響を与え、生物多様性や近隣農業に影響を与えると評価される場合があるかもしれません(気候変動領域では、GHGを2050年までにネットゼロにすることが世界的合意)。企業にとっては、自社およびサプライチェーン上の操業が各自然領域のどの評価指標に関係するのかを把握し、事業活動が及ぼす自然の変化が、その地域においてどの程度のものになるかを評価する必要があり、膨大な作業になります。
 企業にとって、気候変動対応に時間を割かれている中で、さらに評価が難しい自然領域まで手をつけなければならないとなると、現実的にどこまでの対応ができるか不明ですし、結果的に自然を回復の道筋に載せることに寄与しない恐れもあります。こうした状況を受け、TNFDでは、LEAPプロセスと呼ばれる評価プロセスを提案していますが、自然領域の専門家ではない企業担当者でも評価できるスキームの構築、支援ツールの開発が求められます。

 ここで、先行する気候変動領域における支援策を参照することで、自然領域への示唆を検討してみましょう。
 まず、気候変動領域では、「GHG排出量」の把握・管理ができればよく、GHG排出量と気候変動の関係性は、IPCCの議論に従うという割り切りがあります。そのうえで、事業活動によるGHG排出量把握を支援する仕組みとして、事業活動とGHG排出量の関係を表す計算ロジックと排出係数が整備されているのです。これによって、企業は、仮にGHG排出量を直接計測せずとも、事業の活動量データを基に、GHG排出量を算定することができます。最近では、計算ロジックと排出係数のデータベースを組み込み、算定を容易にできるように設計がなされたツールが民間企業等から提供されています。
 こうした計算ロジックやデータベースの整備、さらには操作性を高めたツールの整備によって、企業のGHG排出量算定が進展するとともに、他社のGHG排出量を削減する製品・サービスの開発や普及がしやすくなり、カーボンニュートラルに向けた企業の事業改善が促されています。

 自然領域においても、企業が事業活動による自然への影響評価を行っていくためには、直接計測せずとも影響度合いを推計できるようにするための計算ロジックやデータベースの整備、さらには、ツールの開発が求められるでしょう。
 具体的には、「①個々の企業の事業活動レベル」で、「②市町村レベルの自然を対象」に、「③直接的変化だけでなく自然資本や生態系サービスへの影響、さらにはその先の社会的影響」を、「④専門知識がなくとも」評価できるツールが必要です。現時点でも、ENCOREやSCP hotspot Analysis Tool、最近ではWWFの生物多様性リスクフィルターといった、企業の自然への影響評価に役立つツールが公開されていますが、上記条件を全て満たしたものはないと言えます。
 自然を回復の道筋に載せることに向けて企業の事業改善を加速させるためにも、上記条件を満たしたツールが求められます。引き続き、計算ロジックとデータベース、さらにはツールの詳細や構築方法について検討を進め、論を提示していきたいと考えています。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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