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日本総研ニュースレター 2022年11月号

適応策で回避 気候変動「時間軸の悲劇」
~「物理的リスク評価」「デジタル活用」が対策を加速~

2022年11月01日 新美陽大


相次ぐ気象災害、カーボンニュートラルの実現性
 今年も日本各地は、気象現象による様々な影響に見舞われた。6 月には西日本から東日本にかけて、梅雨明けを思わせるような季節外れの暑さとなった。8 月には北海道から東北・北陸地方が、9 月には静岡県を中心とした地域で記録的な大雨を記録し、河川の氾濫や土砂崩れが相次いで発生した。海外でも、バングラデシュで発生した大規模な水害、ヨーロッパを襲った熱波など、様々な地域でそこに暮らす人々の生活を脅かす現象が発生している。我々が「異常気象」という言葉を耳にすることは、もはや日常的になりつつある。
 気象災害の激甚化・頻発化に、人間社会が排出し続ける過剰な温室効果ガスによる地球温暖化とそれによる気候変動が大きく影響していることは、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書でも言及されるなど、国際的なコンセンサスとなってきた。その場合、気象災害による被害を抑えるには、原因となる温室効果ガスの排出量を減らして濃度を下げ、地球温暖化や気候変動の進行を止めることが根本的な対策となる。このような対策を「緩和策」と呼ぶ。
 温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」は、最も強力な緩和策と言える。ただし、その実現には、私たちの社会生活を支えるインフラを、緩和策が十分に講じられた状態に移行させることが必要となる。
 そのため、緩和策に関連する技術開発と資金調達のための取り組みが国内外で活発化しているが、それらは簡単なことではない。また、目下の国際情勢を鑑みれば、国際的なルール策定による緩和策の自発的進展のみに期待するのは、少々楽観的に過ぎるだろう。カーボンニュートラルは目標ではあるが、実現への道は平坦ではない。

物理的リスク評価とデジタル活用の意義
 現実的見地に立てば、緩和策だけで気候変動の影響を十分抑えることは難しい。そこで、気候変動の影響で実際に発生し得る被害に対応する「適応策」の重要性が浮かび上がる。緩和策の効果にかかわらず、私たちの社会生活に直接影響する気象災害に備えられるからだ。ところが、適応策への取り組みは、緩和策と比べてはるかに遅れているのが現状だ。
 筆者はその理由を、気候変動による物理的リスクの定量評価が不十分だったからと考える。物理的リスクを評価するには、気候変動予測のほか様々な分野の専門的知見が必要とされるため、企業が単独で実施するのは難しく、これまでほとんど手が付けられていなかったのだ。
 ところが、TCFD(気候変動関連財務影響開示タスクフォース)提言をきっかけに、企業の気候変動影響分析ニーズが高まり、物理的リスクについても浸水害による被害など、具体的な分析事例が増えつつある。この機運を捉え、物理的リスクを定量的に評価する共通手法を策定できれば、企業や個人が蓋然性の高い手法で物理的リスクを把握し、最適な適応策を検討できるようになるだろう。
 また、デジタル技術を活用し、気候変動による影響と効果を正確かつ手軽に計測・開示することで、気候変動対策の実行性を高めることも重要だ。近年急増している温室効果ガス排出量の可視化サービスは、この一例と言える。信頼性の高い情報を基盤としていれば、それが緩和策であれ適応策であれ、影響や効果に関する情報の信頼性が高まり、資金調達も容易となるなど、対策を加速させる推進力が得られるだろう。

COP27 での進展を期待
 気候変動問題については、対策の遅れが将来の影響を拡大させるという意味で「時間軸の悲劇」とも表現される。この悲劇を回避するには、前述した物理的リスクの定量評価手法の確立とデジタル技術の活用による対策の信頼性向上が不可欠だと、筆者は考える。
 折しも、11 月にエジプトで開催される COP27(国連気候変動枠組条約第 27 回締約国会議)では「適応」が主要テーマとして取り上げられる予定だ。国際交渉の舞台で、物理的リスク評価手法の開発やデジタル技術活用による気候変動対策のバージョンアップが行われることを大いに期待する。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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