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脱炭素政策で動き出す水素市場

2023年01月17日 木通秀樹


 水素は気候変動対策の処方箋となりえる有力な燃料として、過去、何度かのブームがあったが、なかなか普及が進まなかった。需要見通しが不透明で供給力確保がままならず、コストも下がらなかったからだ。こうした状況が脱炭素に向けた政策構築によって大きく変化し、いよいよ普及の途に就こうとしている。

 年末12月13日に、経済産業省の総合資源エネルギー調査会 資源・燃料分科会 アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会は、中間整理(案)を示し、水素の商用サプライチェーン支援制度の方向性を明らかにした。そこでは、これまで課題となっていた水素コストの低減策として、再生可能エネルギーの普及策であったFITに似た仕組みの導入方針が示された。具体的には、水素製造コストから算定した販売適正価格(基準価格)と市場燃料価格(参照価格)との差額を、グリーンイノベーション(GI)基金から捻出して補填するというものだ。2024年頃には制度が整備される予定も示された。
 これまで、2030年に300万トン、2050年には水素2000万トンなどとする導入目標は設定されてきたが、実際のところどうやって普及するか具体策が提示されていなかった。本制度が現実のものとなれば、太陽光発電などと同様に、水素もコスト低減して普及が進む可能性が高まる。実際に事業を進めるにあたっては、製造時に再エネ電力を用いる場合の水素の環境価値、化石燃料を用いる場合には燃料価格、などの変化への対応策、値差補填の長期的な財政基盤の確立など、解決すべき課題は多いが、それでも基本となる制度ができることの意義は大きい。
 同様の制度は既にドイツ、イギリスで導入準備が進んでいる。日本は後追いにはなるが、世界で拡大する水素市場に乗り遅れまいとする政府の強い意志を感じることができる。

 水素はなぜ必要なのか。エネルギーと言えば電力が想像されがちだが、実は燃料のまま熱源や動力源として利用されるものは多く、わが国では最終エネルギー消費全体の3分の2が燃料のまま利用されている。製鉄や化学などの産業分野、自動車、飛行機などの交通分野、発電などのエネルギー転換分野では特に燃料の利用率が高い。
 こうした燃料にはこれまで化石燃料が用いられてきた。一部はEV化などによる電化で脱化石燃料を実現できるが、製鉄や化学などでは代替は困難であり、燃料の脱炭素ができなければ産業の空洞化を招くことになる。つまり、電化を最大限進めるが、それでも転換できない化石燃料は水素に置き換える必要があるのだ。こうした燃料の水素化はこの1,2年程度で世界的な方針となった。国際エネルギー機関(IEA)が21年5月に発表した「Net ZERO by 2050」の中で、2050年には世界の電力需要の20%強が水素製造に利用される見通しを立てている。これは、規模にして世界の輸送需要と同程度で、世界的な水素導入の方針は既定路線となってきたと言える。
 これまでも、水素は今後の化石燃料代替の燃料として期待されてはいたが、いつ本格普及が始まるかというところが焦点であった。産業界などでは燃料転換の難しさから消極的な意見が多かったが、この1年程度のあいたで、化石燃料多消費企業の将来的な競争力の懸念、投資家によるダイベストメントなどのトレンドが顕在化し、国内の足並みがそろってきたことで、水素への転換の道筋が整った、といえるだろう。

 我が国において水素を普及させるアプローチとしては、大きく2つの方法がある。
 一つ目は、今後、大量に導入される再生可能エネルギーの出力が電力需要を上回るときの余剰電力を水素製造に利用する方法である。これにより2050年時点の水素需要の10%弱が生成されるとの推定もある。ただ、わが国の再生可能エネルギーは、島国で平地が少ないことや偏西風の恩恵が少ないことなどから、世界的には割高になっており、電気としてできる限り利用し、利用しない余剰分のみを水素に利用することが望ましい。
 二つ目は海外からの輸入である。水素需要に対して国内製造で賄えない分は輸入に頼らざるをえない。既に海外では化石燃料発電よりも再生可能エネルギー起源の方が電力コストが安くなっている地域があり、そういう再エネ適地で水素を製造すれば、化石燃料で発電して水素製造するよりも安くつく。化石燃料を使う場合には、発生するCO2を地中に埋める(CCS)コストもかかるので、再エネによる水素生産はさらに有利になる。こうした地域からいかに効率よくグリーン水素を輸入するかが今後の燃料の調達戦略の鍵となろう。

 これまで、「絵にかいた餅」とみられることが多かった水素普及のシナリオも、今回の政策発動によって2025年以降に現実的なプロジェクトとして開始される姿が見えてきた。今後は、国内で小・中規模の分散水素製造プロジェクトが進み、海外ではコスト低減を進めるために大型量産プロジェクトの開発が進むことになろう。2023年は、こうしたプロジェクトの計画着手が多数出現するものと思われる。日本企業には、こうした契機を逃さず、新たな市場で勝ち残るために積極的な市場参入を進めることが求められる。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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