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気候変動対策としての海洋への期待

2022年10月25日 長谷直子


 海洋生態系の保全が、気候変動対策としても注目を集めつつあります。気候変動対策には、CO2などの温室効果ガス(GHG)の排出自体を減らすための対策(緩和策)のほか、森林等によるCO2の吸収を促進する吸収源対策があります。吸収源対策としては現状、陸域の森林が中心ですが、海洋生態系もCO2を体内に取り込みながら生息しています。例えば海草は、光合成によって海水中のCO2を取り込み、有機炭素として根などに蓄えます。さらに枯れた後も、土壌中に残った根が長期にわたって海底に埋没し続けることにより、炭素を大気から隔離・貯留します。このようにして海洋生態系により隔離・貯留された炭素が「ブルーカーボン」と呼ばれ、吸収源対策の新しい選択肢として期待されています。

 2019年9月に「持続可能な海洋経済の構築に向けたハイレベル・パネル」で出された報告書 *1によると、海草(seagrasses)や塩性湿地・干潟(salt marsh/tidal marsh)、マングローブ林(mangroves)といったブルーカーボン生態系を保全・復元するだけでも、2050年までに年間最大10.9億トンものCO2(世界の年間CO2排出量の約3%に相当)の大気放出を抑制できるとされています。すでに海外では多くの国が、ブルーカーボン生態系をパリ協定の国別GHG削減目標の達成手段の一つとして取り入れています。一方、日本ではまだ「ブルーカーボン」は気候変動対策として明確に位置づけられていません。日本の2050年カーボンニュートラルに向けた基本的な考え方等を示した「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(2021年10月閣議決定)」においても、ブルーカーボンについては「全国で水生植物を用いた藻場の保全・回復等の二酸化炭素の吸収源としての可能性を追求する」と言及するのみにとどまっています。

 今後日本も、ブルーカーボンの吸収源対策としての重要性を認識し、具体的な対策を進めることが求められますが、そのうえで一つ課題があります。前述したハイレベル・パネルの報告書も含め、世界のブルーカーボンに関する研究報告書の多くは、ブルーカーボン生態系として「マングローブ林」「塩性湿地」「海草」を挙げており、日本で伝統的に作り続けられてきた海苔やワカメ、コンブなどの「海藻」が含まれていない事です。海藻は、海中の土壌には根を張らず、炭素を貯留する堆積物がないため、ブルーカーボンとしての定量評価が困難であるという見方があり、ブルーカーボン生態系の対象外とされることが多いのです。しかし実際には海藻も成長する過程でCO2を吸収しますし、ちぎれて波に流され深海に入り、海底の土壌に堆積して貯留される炭素は相当量あるとする研究結果もあります。前述の報告書では、ブルーカーボン生態系の保全とは別途、海藻を養殖で増やすことで世界全体で年間最大2.9億トンのCO2吸収効果が見込めると評価しています。

 現在、国内で海苔養殖業は衰退の一途を辿っていますが、海苔養殖場を維持・拡大することでCO2の吸収が促され、気候変動対策としても有効であることが認知されれば、海苔養殖の新たな付加価値につながることが期待できます。国内の海苔業界団体などでは、持続可能性やSDGsの観点で改めて海苔の良さを啓発していこうとする活動を始めています。今後、日本で「ブルーカーボン」を推進するうえでは、日本の国民食である海藻によるCO2吸収・貯留効果の定量評価の研究を進め、その情報を世界に発信していくことで、海藻を明確に「ブルーカーボン」として認められるようにすることがまずは求められるでしょう。そのうえで、日本政府は「ブルーカーボン」を気候変動対策として明確に位置づけ、海藻類の養殖も含めた促進策を打ち出すことが望まれます。日本政府が掲げる2050年カーボンニュートラル目標は、現状の延長線上の取り組みだけでは到底達成しえず、あらゆる側面から対策を進めなければなりません。「ブルーカーボン」のような新たな概念も柔軟に取り入れていく姿勢が必要と考えます。

*1 The Ocean as a Solution to Climate Change - Five Opportunities for Action -


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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