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アジア・マンスリー 2022年9月号

中国の地方政府が抱える債務、警戒ラインに

2022年08月26日 関辰一


中国では、地方政府の債務が大幅に増加しており、多くの地域で債務比率が警戒ラインに達している。このため、地方での大規模な投資拡大をてことした経済成長モデルを持続できなくなりつつある。

■増加する地方政府債務
中国では、地方政府による積極的な投資拡大が経済成長をけん引してきた。鉄道、道路、港湾といったインフラ需要が旺盛であり、財政面でも不動産市場の拡大とともに土地使用権収入が増加したほか、債務拡大の余地が十分にあったことが、長らく地方政府による公共投資の拡大を後押ししてきた。官民連携(PPP)を含むインフラ投資は、2021年時点で15.4兆元と推計される(GDPの13.5%)。地方政府による投資拡大は、都市開発案件や企業の設備投資の呼び水となり、2021年の固定資本形成のGDP比は42.0%にのぼる。

一方で、公共投資の拡大に伴い、地方政府の債務は大きく増加した。財政部によると、2021年末に地方政府が抱える狭義の債務残高は30.5兆元と、2017年の16.5兆元に比べて1.8倍に膨らんだ。対GDP比は2017年の19.8%から2021年末には26.6%へ上昇した。

内訳をみると、一般債残高は13.8兆元、特別債は16.7兆元である。一般債とは、一般公共予算に組み入れられる、収益性のない公共事業を対象とした債券である。特別債とは、収益性のあるプロジェクト等の資金調達を目的に発行され、その収益が債務返済に充当されるべき財源と定義されている。

地方政府が抱える債務の問題は、財政部が把握しきれない「隠れ債務」の存在であり、それを含めた広義の債務残高は狭義の債務残高を大幅に上回ると見込まれる。「隠れ債務」が生じる背景には、地方政府が、①「地方融資平台」と称される都市開発のために資金を調達するノンバンク企業、②傘下の国有企業、③産業振興のために設立したファンド、が抱えるそれぞれの債務に対して暗黙の政府保証を付してきたことがある。

■多くの地域で債務比率は警戒ラインに達している
「隠れ債務」を考慮すると、多くの地域で債務比率は警戒ラインに達しているとみられる。一般的に、債務比率とは、一般会計にあたる一般公共予算収入と、特別会計にあたる政府性基金収入の合計(総合財政力)に対する債務残高の比率を指す。これは、債務返済能力に対する債務の相対的な規模と解釈することができる。財政部は、地方政府の債務比率の警戒ラインを100%と定めている。

中国の政府系シンクタンクである社会科学院によると、2020年末時点で統計がそろう29省・市・自治区のうち、19地域の債務比率は100%以上である。一方、債務比率が100%未満の地域は、上海市、広東省、北京市などの10地域である。

この債務比率は「隠れ債務」を含むが、地方政府が返済負担を負う範囲は地方融資平台が資金調達のために発行した城投債残高の一部に限定されている。こうした保守的な前提の試算にもかかわらず、大半の地域で債務比率が警戒ラインに達している。なかでも、天津市、貴州省の債務比率はそれぞれ220%、168%と警戒ラインを大きく上回る。雲南省、内モンゴル自治区、湖南省、福建省、寧夏回族自治区が、それぞれ133%、130%、122%、122%、118%と続く。

ちなみに、省・市・自治区という大きな行政区レベルでみると地域の債務比率は警戒ラインを下回るものの、それより一段階小さい行政区である地級市レベルでみると債務比率が警戒ラインを上回る地域は少なくない。債務比率の「隠れ債務」の範囲は社会科学院と異なるが、国盛証券によると、債務比率が300%を超す黒龍江省の地級市の数は、内モンゴル自治区に匹敵する。

■高まる財政再建圧力
こうしたなか、今後、地方政府の債務不履行を回避するために、中国政府による地方への財政支援が拡充されると見込まれる。中国政府の財政は、地方政府よりも余裕があるため、すでに地方交付税交付金に相当する一般移転支出は大幅に増加している。万が一、地方政府が債務不履行に陥ると、地方政府の傘下の金融機関が十分な公的資金を得られなくなる恐れがある。地域の金融システムが機能不全となれば、企業の破綻や失業者の急増といったリスクが高まることになる。

加えて、地方政府の債務不履行を回避するために、金融当局による地方政府への資金面の支援が強化される見込みである。一旦、長期金利が上昇すると、債務返済負担が急速に高まり、債務不履行に陥る地方政府が続出する恐れがある。金融当局は物価が高騰したとしても、政策金利を引き上げる余地は限られるといえよう。また、金融機関が地方債への投資を抑制するリスクもあるため、中国政府は国有商業銀行や政策銀行に地方政府への支援を要請すると考えられる。

一方で、債務比率を引き下げるため、地方政府は財政再建により注力すると予想される。すでに中国政府は、2016年に「地方政府債務リスクのコントロール措置案」を打ち出し、利払い費が歳出全体の10%を超えた場合、強制的な財政再建プログラムを実施するよう定めた。同プログラムには、公共投資の縮減、公務員待遇の見直し、地方国有企業の持ち株売却といった厳しい措置が含まれている。この枠組みの下で、2021年末、黒龍江省鶴崗市は職員の新規採用停止を含む財政再建プログラムを実施すると公表した。今後、こうした事例が増えるであろう。

このような財政再建スタンスを踏まえれば、地方政府の過剰債務問題は経済成長の足かせとなろう。先行きは、従来のような投資主導の経済成長モデルを継続していくことは困難で、消費主導の成長モデルを実現していくことが不可欠となる。
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