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デジタル技術を活用した「分散型治水」の可能性

2021年11月09日 石川智優


 近年、豪雨による洪水被害が度々発生している。洪水は大きく分けて河川等が氾濫する外水氾濫と、雨水を河川や下水道に排出できず水が溢れかえる内水氾濫がある。

 外水氾濫の対策は様々な方法で取り組まれている。直近では政府が「流域治水」政策を打ち出し、ダム管理者や河川管理者、流域の自治体、住民等すべての流域関係者で治水に取り組むという方針で検討、推進されている。流域治水関連法案(特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律案)も4月に国会で可決・成立し、7月15日に一部施行、今後の全面施行に向けて所要の規定の整備が進められてきた。

 一方、内水氾濫の対策について現在進められている対策は主に下水道の整備だ。都市部に貯水池や溜め池、ましてやダム等の大型施設を新設することは難しい。アスファルトやコンクリートで固められた都市部を大雨が襲うと、地面で吸収することができず地上に水がたまっていく。下水道への排水が同時に行われるが、下水道の容量も一杯になった場合、下水も地上に溢れ出てくることになる。これが内水氾濫だ。多くは市街地や住宅地で発生するため、床下・上浸水、交通障害、地下街の水没、また電気機器系統の故障による停電等、社会経済活動に様々な影響が出る。2019年台風19号が襲来した際、神奈川県川崎市で排水管から増水した川の水が逆流し、武蔵小杉周辺のタワーマンションが水没したことは記憶に新しい。この氾濫により地下の電気設備が故障して停電や断水が続いたマンションもあった。

 このような水害を防ぐためには、事前に降雨場所や水の流れを予測し、降雨時には水の流れを調整しなければならない。また、予測に応じた貯水池や下水道以外の貯水、流水方法を考えなければならない。ひとつは内水氾濫が想定される地域の各家庭やビル等に貯水槽を設置することが考えられる。「各家庭やオフィスから下水道に流出する水量を減らす」ためだ。下水や河川に直接流入する雨水の分は防ぎようがないが、下水や河川に隣接するエリアからの流入は防ぐことができる。流域全体で治水を行う流域治水に対し、これはまち全体で治水の役割を担う手法だ。

 まち全体で治水の役割を担うにあたって、まずはどの程度の降雨量に対し、どの程度の量を各家庭やオフィスで貯水できるのかを把握しなければならない。また、リアルタイムで対応するためには、降雨時にどのエリアでどの程度の流入量があるかも把握する必要がある。対象エリア全体への降水量、そのうち下水や河川に流出する量、各貯水槽に貯まっている量、下水に流れずアスファルト上にたまっていく雨水もある。たとえば、マンホールにセンサーを設置して下水への流入量を計測する、街路における水位は電柱に設置したカメラやセンサーで計測する、等によりリアルタイムで把握する手法は検討できるだろう。

 このように、とりわけ都市部のように治水インフラの整備に限界があるエリアにおいては、まち全体に設置されている貯水槽等の小規模分散型の貯水施設を、デジタル技術を用いることで大規模な貯水施設と見立てて一元管理・運用するといった「分散型の治水」が有効だろう。

 また、「分散型治水」という概念が有効なのは都市部に限らない。前述の外水氾濫対策のうち、中山間地域等で検討されている田んぼダムの活用や利水ダムの治水利用にも当てはまる概念だ。とりわけ流域全体で治水に取り組む場合、近年注目されているのが田んぼダムだ。田んぼダムとは、水田の排水口に調整板を設置し水の流出を穏やかにすることで雨水を水田に溜め、急激な増水を防ぐことである。日本は河川の傾斜が急という地理的な特徴がある一方、その周辺には水田が多い。日本において汎用的に取り組める有効な手段のひとつと言えるだろう。平成23年新潟・福島豪雨では、高い治水効果を発揮したことがわかっている。ひとつひとつの田んぼの面積は小さくとも、流域全体で見ると莫大な面積となるエリアもある。たとえば水田5,000haで10cm雨水貯留できた場合、500万立方メートルが貯留でき、ダムに匹敵する貯水量となる。複数の田んぼの貯水可能容量やリアルタイムの貯水量を把握することで適切な運用ができれば、絶大な治水能力を発揮するだろう。このように、分散している小規模な田んぼをデジタル技術等でつなぎ合わせて大規模な貯水施設と見立てることは、前述の「分散型治水」と言っていい。

 分散型の治水、すなわち個々の施設の管理者が異なる治水においては、すべての管理者が治水利用について合意することがハードルとなるが、気候変動に適応するためには既存の枠組みに捉われず、国民の命、生活を守るための施策をあらゆる視点から考えていかなければならならい。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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