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《第5最終回》地域経営からみた『調達革命』
経営改革が調達改革の基盤 

出典:旬刊  国税解説 速報Vol/45 第1659号

1 民間の知恵を引き出す

前回まで、公共団体が性能発注をベースとした調達改革を進めるためのポイントを述べてきた。公共団体である限り、民間事業者の選定には根拠とプロセスに関する説明責任が伴うことは確かだが、手法論に陥りすぎることには問題が多い。性能発注によるサービス等の調達が成功するか否かは、民間事業者が創意工夫を発揮して効率的で質の高いサービス等を提供できるか否かにかかっている。その意味で、事業者選定の手法論は事業の付加価値を生み出すためのスタートラインに過ぎない。性能発注で民間事業者に創意工夫を発揮してもらうためには、事業の進捗に沿っていくつかの取り組みが考えられる。

第一段階

・公募向けの「仕様」を検討する
一つ目は、民間事業者選定のための公募に向けた仕様等を検討する段階である。この段階で民間事業者との間にはオフィシャルな関係はないが、よく行われるのは、参考見積と呼ばれる資料の取得である。公共側が検討段階の事業条件を提示して民間事業者から提案を受ける。民間事業者の負担と仕様に関するアイデアが獲得できる可能性を比べると、必ずしも効率的とは言えない場合がある。

PFI事業では、正式な入札行為に入る前に実施方針と呼ばれる基本的な情報をインターネットで提示し、民間事業者からの意見や質問を受ける。公共側が正式な書類を作成し、民間事業者から100単位の意見が寄せられるので、参考見積に比べると情報交換としての効果は高いように思える。しかしながら、提示する情報が詳細さに欠ける面があること、オープンベースで実施すること、などから民間事業者のアイデアを反映するのには限界がある。また、ひとたび公開した資料を修正したがらないため、せっかくの質疑応答が事業構造の改善に反映できない団体も少なくない。計画段階で民間事業者の創意工夫を取り入れるためには、ある時点までは、民間事業者から寄せられた意見を反映した結果、事業条件が修正されるのは当然、という意識を持つことが必要である。

第二段階

・民間事業者から提案を受ける
二つ目は民間事業者から提案を受ける段階である。VE(Value Engineering)でも、民間事業者は工事を効率化するためのアイデアを前提とした提案を行う。同様の仕組みで、民間事業者から事業のVfMを向上させるアイデアを受け付け、公共側がその妥当性を評価し、事業に反映させることができる。事業の計画段階と提案段階で民間事業者から価値のあるアイデアを引き出すためには、各事業者の個別の意見を吸い上げられるといい。民間事業者はお互いに競争しているからオープンな場では本当に大事なアイデアは口にしない。ある程度の数の事業者と会うなどして公正さを保ちながらも、民間事業者の個別の意見を吸い上げることを考えたい。

第三段階

・民間事業者と契約交渉を行う
民間事業者の創意工夫を取り込むための三つ目の機会は、民間事業者が決まった後の契約交渉の段階である。しかし、日本の入札制度では、ひとたび提示した条件は変更できないことになっているため、交渉によって事業条件を変更することには制約が多い。公募型プロポーザルのような随意契約の形をとっても、公募段階での競争環境を変えられないとの観点から、実際には活発な交渉が行われている訳ではない。もちろん、受託者となった民間事業者を一方的に利するような条件の変更はあるべきではないが、事業の付加価値を上げ、公共側にとってもメリットのあるアイデアならば積極的に受け入れてもいいはずだ。公募型プロポーザルとし効果のある代替案を評価する仕組みを予め決めておけば、今よりはずっと民間事業者の創意工夫を吸い上げることができるはずだ。これまでの日本の入札制度では、仕様にしても契約にしても、公共側が作った条件を一方的に押し付けることが前提となってきた。これは、公共サービスに関わる業務は主として公共団体が担い、民間事業者はそのために必要となる設備、人材などを供給する立場でしかない、という旧来構造の下で正当化できた。官民がパートナーシップの関係にある性能発注において同じような認識を持つことは妥当ではない。性能発注で必要なのは、官側からの条件の押し付けではなく、事業条件に関する合意だからである。そのためには、官民双方が意見を出し合い、条件を修正して最終的な事業の枠組みを作っていくことが必要なのは当然である。

第四段階

・事業の詳細条件を決める
四つ目は、施設の実施設計等、対象とする事業の詳細条件を決める段階である。事業契約で決めるのは事業の枠組みだから、細かい仕様等は事業契約が締結されてから決まる。こうした詳細な検討を行う過程では、事業契約までに決めた枠組みが必ずしもベストではない、という事態が起こる。契約変更をするか否か、ということにもなるが、公募条件、事業契約の段階で詳細検討を行う際の自由度をできるだけ確保するように条件を定めおけば、この段階で現場レベルのアイデアを取り込むことができる。

第五段階

・事業運営を通してシステム改善を追及する
同じようなことは、五つ目のポイントである事業運営段階でもいえる。PFIのような長期の運営を含む事業では、施設等が完成してからも事業条件を変更する必要性が生じる可能性がある。というより、二十年、三十年の長きにわたり事業を運営するのだから、当初の仕様にしたがって運営し続けると考える方に無理がある。住民のメリットを考えれば、継続的な改善の結果、長期の事業の当初仕様が変わっていくべきだ。世界最高品質の製品を作り出す製造業が多数存在する国で継続的な改善のシステムが否定されるようではいけない。従来の入札制度、契約制度は、民間企業の創意工夫を活かし、事業を改善し続けること自体を視野に入れていない。また、現状の公共調達の仕組みは、技術が成熟した土木工事を大量に、そしてある程度公正に調達するためのものであるから、サービスや事業運営を担う民間事業者を選定するのには適していない。確かに、公共調達には公正さに関する説明性が不可欠だが、硬直的な入札制度をもってしてもいまだに談合が横行する状況を見れば、現状制度に拘泥することの意義自体がなくなる。談合などの不法行為に対する批判がある中、説明責任という言葉に呪縛され、新たな仕組みを提案できない現状から脱し、アウトプット指向の事業者選定を行いたい。地方自治体には経営上の裁量が認められている。企業誘致などでは、入札の随意契約よりはるかに特定企業に偏った助成が行われている。調達についても、やろうと思えば、相当な改善ができるはずだ。

2 行き着くところは経営改革

ここまで、性能発注の時代を迎えた公共調達のあり方を論じてきた。調達には様々な仕組みがあるし、守らなくてはならない制度もある。しかしながら、これまでの議論で明らかなように、新しい公共調達の最終的な基盤となるのは、公共団体の経営そのものである。恐らく、いかに策を弄しても、経営のあり方そのものを見直さなけば新しい時代の公共調達の仕組みを作り上げていくことはできないだろう。例えば、民間企業において、価格が高くても質の高い製品等を調達できるのは、その必要性を主張できるのは、その必要性を主張できる専門家がいるからである。現状の公共団体でこうした専門家が輩出することは期待できない。年功序列と役職のマトリックスにより報酬が決まる人事システムの中で、役付けさえ上がれば前職とは全く関係のない部署に異動になっても不利益を感じない、という民間人では考えられない状態を放置して付加価値の重要さを主張できる専門家が輩出することは期待できない。予算管理の構造も変えていかなくてはいけない。性能発注では、設定されたサービス等の水準をいかに効率的に満たすかを考える。業務の構造自体が目標管理型なのである。にもかかわらず、積み上げ方式の予算の考え方を前提に公募を行うから、事業費に関する官民の認識にズレが出る。予算を達成すれば財務目標が達成できる目的指向型の予算を組み、その中で最も質の高いサービスを提供する民間事業者を選ぶ、という仕組みが性能発注のベースにあるべきだ。説明のあり方も変えていかなくてはいけない。これまでの公共団体は、自らの手続き等が正しいことを、それが制度に合っているかどうかで説明してきた。例えば、調達については入札制度に合っていることが、手続きが妥当であることの最大の論拠となってきた。そこでは、ややもすると、サービスや施設等のVfMを最大化するという調達本来の目的を見失う可能性もある。性能発注の時代には、公共団体職員が調達の結果やプロセスの正当性を自らの言葉で説明することが求められる。情報公開や説明責任に関するルールや考え方も変えていかなくてはならないはずだ。こうした公共団体の経営そのものに関する課題を解決するためには、経営トップのリーダーシップが欠かせない。その意味で、昨今、ポリシーの明確な自治体のリーダーが少なからず現われていることは心強い。

・強力なリーダーを据える
最後に指摘したいのは、事業を進める体制である。 公共団体は事業の手法論に執着しがちだが、事業の成否は、「どんな方法で実施するか」より「どんな体制で臨むか」にかかっていることが少なくない。そこで、最も重要だと考えるのは、新しい事業の立ち上げに対して信念をもったプロジェクトリーダーを据えることである。1990年代の後半から、日本でもPFIを始めとする新しい仕組みの事業が立ち上がってきたが、先進的な事例を見ると、強い信念を持ったリーダーの存在が、新しい事業を立ち上げることができた大きな理由となっていることが多い。民間企業に勤める筆者の目から見ても、敬意を表すべき目線をもって事業に取り組まれた方々である。逆に、上司、管理部門、議員、などに指摘を受けて妥協し、事業の仕組みがゆがんでしまった例もある。こうしたことから、これまでの概念に囚われない、新しい事業を立ち上げるための優れたリーダーを選出することを事業体制の第一の要件としてあげたい。 その上で、トップが先端的な事業の立ち上げに関する明確な意思を表明し欲しい。実際の事業の現場では、規制よりも、庁内官僚が新しい事業を立ち上げる際の障害になっているケースが少なくない。優れたリーダーを据えれば、既成概念にこだわる庁内官僚との折衝にも見事に成功するかもしれないが、リーダ-の優れた資質は内部交渉よりも、本来効率的で質の高いサービスを提供する事業のために向けられるべきである。その意味で、トップが事業の意義を明示すれば、事業の価値と関係ない部分でのリーダーの負担は軽減されるはずである。場合によっては、庁内官僚も前向きな姿勢で助言してくれるかもしれない。

・実践的プロジェクトチームを組成する
もう1つ指摘したいのは実践的なプロジェクトチームの組成である。トップが方針を明示し、優れたリーダーを据えたとしても、関係部門がノーチェックで手続きを了解してくれる訳ではない。責任感があるほど、新しい事業の構造を理解して手続きを進めるためには時間がかかるはずだ。そこで、事業の立ち上げに関係する部門についても、早い段階からプロジェクトチームにアサインするか、連絡の場を設置するなどの措置が必要になる。事業の立ち上げに優れた民間企業では、この手の横通しの仕組みが上手く機能している。民間の事業を理解したサポーターの確保も重要だ。イギリスでPFIアドバイザーと呼ばれる民間の専門家がPFIプロジェクトをサポートしたことから、日本でもPFI等の事業で民間のアドバイザーを雇うようになっている。外部のサポートを巻き込んだプロジェクトチーム作りは重要だが、闇雲に民間人を雇えばいいというものでもない。ここまでの議論で明らかなように、性能発注では、公共とマーケットの間にいかに上手く橋渡しを行うかが重要になる。民間のアドバイザーは官民の機能がうまく組み合うように事業の構造を仕立てなくてはならない。そのためにはマーケットや民間企業のあり様を熟知していることが必須条件となる。どのような条件なら民間金融機関がファイナンスしてくれるか、どのような条件が民間事業者の技術的な自由度を広げるか、どのような事業者の信頼性が高いか、などのアドバイスがあることで事業の効率性と確実性が向上する。

公的事業を対象とする以上、公的事業を立ち上げるための制度、手続き等に関する専門知識が必要なことは言うまでもないが、市場の橋渡しを担うための素養がなければ、公共団体のパートナーとしては事足りない。例えば、プロジェクトファイナンスの一般的な知識は本を読めば分かるが、実際に資金調達に関わった人の方が時々の市場を理解したアドバイスができるだろう。また、事業のスケジュールや条件を決めるに当たっては、一般企業の中での投融資審議がどのように行われるのかを知っておいた方がいいだろう。プロジェクトチームは、自治体職員の公的な知識と民間のビジネスの知見がうまく組み合うように組成しなくてはならない。

最後に 本連載では、構造改革が進む中で経営改革の基幹的施策として、性能発注をベースとした調達戦略のあり方を論じてきた。その結果得られるのは、明確な経営戦略の存在こそが、調達戦略を実効ならしめるための必須条件であるということだ。経営戦略と調達戦略は相互依存の関係にある。長年、日本の公共事業を呪縛してきた硬直的な調達の仕組みが、地域経営に相応しい新たなシステムに生まれ変わることを期待したい。(完)  

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