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ITSの政策モデル、ビジネスモデルはどこに向かうか

倉沢 鉄也

出典:JAMAGAZINE 2001年11月号

1.消費財普及の合意という「光」

 日本のITSは、1998年11月の「緊急経済対策」(経済対策閣僚会議決定)以来、一次的な効果である交通問題解消よりもむしろ、ITSの整備に伴う経済波及効果に着目する流れになっている。民間企業のビジネス採算を前提とするITSの取り組みは、日本では当然のように受け止められているが、実は世界的にはよくも悪くも「わが道を行く」独特の取り組みである。
 よい側面とは、世界に先駆けてモバイルIT消費財との連携を具体化したことである。それは単にカーナビやウェブ携帯電話(iモード、ezweb、J-Sky)の普及台数や利用状況だけを指しているのではない。日本なりの自動車の乗り方、細切れの移動時間の使い方、短い時間の大きなストレス(渋滞など)を解決する方策、そしてそのために消費者が無理してでも捻出してしまうお金を、ケインズの言う「神の見えざる手」が発掘してしまったことにその本質がある。ごくわずかの「仕掛け人、生みの親」すら、カーナビや携帯電話の商品企画段階でこのような市場を形成することは予測できなかったに違いない。「カーナビや携帯電話のように、自分たちの生活を変えてくれるかもしれない」という期待を持たせ、魅力的な消費財としてITSというキーワードを消費者に捉えてもらうことに成功している。これはITSというキーワードのブランド構築としては、世界に類を見ない成功である。
 
 
2.政策モデルの迷走という「影」

 日本のITSは、1998年11月の「緊急経済対策」(経済対策閣僚会議決定)以来、一次的な効果である交通問題解消よりもむしろ、ITSの整備に伴う経済波及効果に着目する流れになっている。民間企業のビジネス採算を前提とするITSの取り組みは、日本では当然のように受け止められているが、実は世界的にはよくも悪くも「わが道を行く」独特の取り組みである。
 よい側面とは、世界に先駆けてモバイルIT消費財との連携を具体化したことである。それは単にカーナビやウェブ携帯電話(iモード、ezweb、J-Sky)の普及台数や利用状況だけを指しているのではない。日本なりの自動車の乗り方、細切れの移動時間の使い方、短い時間の大きなストレス(渋滞など)を解決する方策、そしてそのために消費者が無理してでも捻出してしまうお金を、ケインズの言う「神の見えざる手」が発掘してしまったことにその本質がある。ごくわずかの「仕掛け人、生みの親」すら、カーナビや携帯電話の商品企画段階でこのような市場を形成することは予測できなかったに違いない。「カーナビや携帯電話のように、自分たちの生活を変えてくれるかもしれない」という期待を持たせ、魅力的な消費財としてITSというキーワードを消費者に捉えてもらうことに成功している。これはITSというキーワードのブランド構築としては、世界に類を見ない成功である。

2.政策モデルの迷走という「影」

 悪い側面とは、そのよい側面がもたらした2つの現象である。
 ひとつは、市場用語としての「ITS」が定着したあまりに、政策としてのパワーを十分発揮できず、コントロールがむずかしくなったということである。もちろん政策として最小限手を打つべき策はすでに取られており、システムアーキテクチャの策定・公開や各種技術仕様の策定、規格の世界標準化対応、網羅的分野にわたる実験結果の共有など、以前は世界に遅れていると言われていた分野への対応はほぼ済んでいる。それらはいわば「政府として当たり前の準備」であり、ようやくこれで日本政府も世界の標準的なITS「推進」国家と言えるようになったにすぎない。問題はITSという政策に対する解釈の迷走であり、本来はITS政策「推進」の前に固めておくべきことである。

 ITSのマクロな効果を実現するためには、インフラの普及と端末の普及が不可欠である。つまりITSには消費財マーケティングの側面と政策合意形成の側面の両方があり、ITSの各要素(開発分野、アプリケーション)ごとにその性質がかなり異なるものの総称にすぎないということを意味している。世界的には端末普及も国家予算と装着義務化ベースで進めていく国が多いなかで、日本政府は国家予算をインフラの普及のみに投じる流れを作った。それ自体は世界的にも先進的な試みであり、VICSSやD-GPS(高精度全地球的測位システム)の普及に代表されるように、消費者=国民の合意を大前提にして普及の効果が明快に現れる、という点で世界に誇るべき政策モデルである。

 しかし日本政府は、中長期的でマクロな政策効果を狙った「限りなく公共事業に近いITS」まで「神の見えざる手」に委ねることにしてしまった。成功時のシナリオは美しいが、政策実現の保証はない。政策を合意してもらうために、法律制定から広告宣伝まで十分な配慮を持って進めなければならなかったのにそれを怠ってしまった結果が、現在のETCに対するネガティブな世論と、普及の低迷である。ETCの普及方策については本稿では深く論じないが、今から挽回は可能であり、それは。ETC車載システム(端末)を消費財として位置づけるか否か、消費財として位置づけるとしたら魅力の訴求点を何にするか、公共配布財として位置づけるならば合意の訴求点を何にするか、を明確にすることにつきる、とだけ述べておく。

3.ビジネスモデルの迷走というもうひとつの「影」

 悪い側面のもうひとつは、VICSカーナビという消費財の成功の一側面だけを見て、ビジネスモデルを見誤るITS関係者を多く作ってしまったことである。それはつまり、「神の見えざる手」によってITSの新規ビジネススキームが次々に見つかるものだと多くのITS関係者が信じてしまっているということである。
 世界的には、ITSとは政府予算が使われる純粋な道路交通政策が主であり、そこに現れる民間企業は長期間のPFI(Private Finance Initiative=民間資金による社会資本整備)契約であれ、単発の個別仕様発注であれ、あくまでも公共事業の一端を担う「代行業」「請負者」でしかない。この場合ビジネスの収入源あるいはファンドは中央政府/地方政府の予算であり、「神の手は明らかに見えている」ので、ITSビジネスの進展という文脈でことさら論じるべき視点ではない。政府が公的サービスとして位置づければ、そのITSサービスは続く、というだけである。

 自治体が積極的に取り組んでいる地域公共交通の改善策も、自治体が行っている公的サービスである限り続き、発注業務という点でビジネスチャンスが失われることはそうは起こらないが、それは運送事業であってもシステム開発であっても、あくまで公共政策の代行でしかない。その市場が決して大きくはないことを、1999年2月の「電気通信技術審議会 ITS情報通信システム関連市場予測」は如実に示している。

 一方、日本のITSの端末普及に関わるビジネスは、基本的にすべて「神の見えざる手」を相手にしなければならない。BtoBでもBtoCでも、あるいはBtoG(政府)すら、元をたどれば「神」は一般消費者の財布のなかと、わずかな余暇時間、気まぐれな好き嫌いという心ののなかにある。

 財布と時間は、総務省の統計を待つまでもなくすでに限界に達しようとしている。その限界を迎えたのがわずか数年前にすぎず、特に携帯電話とカーナビというITSの要素技術が最後の余暇時間と最後のお金を消費者から奪うことに成功したがために、「まだあるかもしれない未知の気まぐれ」は必ずITSで見つかると考えるきっかけになってしまっているのではないだろうか。

 もとより携帯電話もカーナビも、気まぐれな好き嫌いで売れたのではない。携帯電話は移動中や家のなかのわずかな時間を持て余す人々の、カーナビは運転中のわずかな時間に直面する人々の、切迫した代え難いニーズに応えたにすぎない。

 ITSは政策であれ商品であれ、その時点の自動車交通のルール(法規、マナー、社会慣習など)を超えることはできない。自動車交通で起こり得るあらゆる「未知の楽しみ」を考えても知れている。長期間にわたるITSの定着が自動車交通のルールを変えていく可能性は高いが、ITSビジネスの可能性という視点で考えると、所詮は自動車による移動をどう楽しみ、他の交通モードとどう気持ちよく共存するか、という範囲のことしか自動車交通では起こらない。

 ITSは切迫したニーズを満たしながら、切迫していないニーズも徐々に満たしてマクロな政策目標や経済効果を実現する性質のプロジェクトである。ビジネス、サービスという点で極めて現実的なプロジェクトである代わりに、夢物語もほとんどない。従って起こりうるビジネスモデルも極めて現実的なものでしかない。  

【図表1】 日本のITSが抱える独特のサービス/ビジネス構造

4.ITSビジネスは、今からはじまる

 以上を踏まえた上で、今ITSのサービスやビジネスに関わる成功事例が日本にどれほどあるか検証してみよう。確かにカーナビは高機能化を遂げつつも、売れ続けている。しかしカーナビの双方向通信機能を付加する人はごくわずかである。VICSやD-GPSは買う側にとってはカーナビという機械の持つ当然の機能であって、通信機能でもITSでも何でもない。
 その帰結として、MONETやコンパスリンクなどのカーナビ向け情報サービスは、総数でも実質的な会員数は2万に届いていない。機械の持つ当然の機能に会員制のメディアビジネスを持ち込んだことは、独立採算のメディアビジネスとしてはビジネスモデル間違いと言わざるを得ない。

 ATIS(交通情報サービス)の交通情報はiモードの課金コンテンツとなることで一気に会員を過去の数倍に伸ばしたが、渋滞情報というものの切迫性の点からは使い勝手のよいものではない。それはITSビジネスの成功事例というよりは、入会促進策の成功事例という言うべきである。現に筆者はいったん登録した会員を1ヶ月で辞めた。やはりATISはカーナビで使うほうがずっと使い勝手がよい。

 ETC車載器は売れていない。売る販売店側も、納めるメーカー側も商品の魅力を説明できないのに商品として世に出ている。「渋滞なく料金所を通過できるから買いましょう」というメッセージは、他人より先に買いたいと思うよりも、最後に買えばいい、すぐに渋滞緩和の恩恵にあずかれる、ということを意味してしまう。

 緊急時のニーズを拾う点で期待されていたHELPNETは会員数が伸びていない。販促策として無料入会キャンペーンも行っているが、カーナビ向け情報サービスと同じく単純に価格の問題だけで最高級車からの施策になっている。

 一方、着実に普及の途についているのが、バックモニターや駐車誘導システム、ナイトビジョンや追従走行、レーンキープやナビ協調シフトなど、自動車の制御機能の高度化である。東京モーターショーでも、この点は各社とも地道な取り組みをアピールしていた。

 結局は、自動車のオプションでないと価格を上乗せできない、のではない。自動車の機能だから自動車のオプションで買うのであって、自動車の機能とあまり関係ないITツールとしてほかでも買えるならわざわざ自動車と一緒には買わないというだけである。自動車の販売店では、価格の割引はもちろんのこと、1万円、数千円のコストを削って競争しているので、オプションとしてITSの商品を売り込んでくれるだろうと考えるのは開発者側の勝手な思い入れにすぎない。

 ITSビジネスが当面不毛だ、と言っているのではない。これまでビジネス主導のように見えた日本のITSは、今年になってようやく実社会にデビューしたにすぎないのである。個々の要素について、ビジネスモデルの精査、製品開発から販売・宣伝に至るまでのビジネス・プロセスの構築、市場ニーズの多面的な(消費者アンケートで○×を答えさせるだけではない)調査を積み重ねた上で取り組まなければ、「神の見えざる手」による市場は生まれない。

 日本のITSビジネスはまさに今から始まるのであって、ここまでは、「ITSの一部分を構成する分野」における個々の好調な「部品製造ビジネス」が散在するにすぎなかったのである。

【図表2】 ITSビジネスの構造;ひとつの切り口として

5.世界も悩みはじめたITSビジネス

 日本だけが迷っているのではない。筆者が今年のITS世界会議に出席して最も印象に残ったことは、ITSビジネスの採算性に迷う世界中の声、である。多くの人数を集めていたビジネス関連セッション、特にカーテレマティクスを標榜するビジネスプレーヤーのほとんどが、独立採算ビジネスのむずかしさ、市場の限界、ニーズの存在と支払い感覚とのギャップを指摘していた。ヨーロッパを代表するカーテレマティクス企業の社長自ら「カーテレマティクスは自動車の販売促進策にすぎない(ビジネス自体が赤字でも自動車メーカーから販促費として収入が得られればそれでかまわない)という発言をしていた。
 それが現実であることは否定しない。しかし日本のITS市場、特に自動車メーカー主体に取り組んできたカーナビ向け情報サービスは5年以上も前からこの現実に取り組んできたはずである。日本のITSは、欧米が追いついてきた悩みにもっと早くから答えを出していなければならないのに、その答えが有効活用された形跡はほとんどない。

 むしろ欧米のほうから、すっきりした答えが聞こえてきた。自動車への通信というフロンティアは、情報提供のためではなく、自動車ユーザーへの顧客マネジメントのためにあるのだ、という言い方である。自動車の顧客である以上、コンテンツの中心は乗っている車の具合である。車の調子の悪さがすぐにディーラーに連絡され修理を待ち受けることを本線にとらえ、盗難防止や緊急通報などをサブメニューとして、最後に切迫性の薄い沿道情報に展開するビジネスモデルの構築である。日欧米のカーユーザーのニーズの差はあり、今述べたことがカーテレマティクスビジネスの唯一の正解ではない。しかしユーザーの支払い感覚と事業者側のコストに柔軟性を持たせた対応策のひとつであることは確かである。この点も本稿では深くは述べないが、自動車製造業の文化になじむのは上記の欧米型アプローチであり、これまでの日本のカーナビ向け情報サービスの基本的なビジネス形態を保ったままビジネスを成功させることも可能であること、のみを指摘しておく。

6.公共交通を「第一のお客様」ととらえるべし

 ITSについて華やかに行われている地域交通改善策の試みも、モデル実験を終えて地元定着のステージに入った事例もまたほとんどないと言っていい。地元ニーズに基づいて公募で決まったモデル実験は当然地元のニーズにマッチし、利用率も効果も高く実験としては成功する。問題はその受益と負担の構造を、自治体と運送業者と住民が実験後も本気で受け入れるかどうか、である。それはつまるところ、住民の支払能力に応じたシステム構築の投資コストに帰結する。つまり自治体や運送業者は、ITSの関係者でも協力者でもなく、ITSビジネスの交渉相手であり、第一にして最重要のお客様である。この発想がITS関係者に欠けていることは大きな問題である。
 折からの財政難の中、自治体はおろか中央政府も政策評価に無頓着ではいられない。費用対効果を企業並みに厳しく見ようという流れは止まらないが、そのなかでも地域の公共交通はそれ自体簡単にはなくせない以上、人員削減を含めた厳密なコストダウン策を強いられる分野である。

 さらに民間の運送業は、バス、タクシー、トラックに限らず、この10年で最も厳しいコストダウンを強いられてきた業界である。もとより便益のない投資を行う体力はない。体力のある企業はすでに自社でのIT導入を済ませつつある。ITSビジネスのBtoB面でのフロンティアは確かに広がっているが、そのお客様のコスト感覚は消費者以上にシビアであることを認識しなければならない。

 自動車メーカーや電機メーカーの多くが、最適配車システムや運送管理システムを開発し運送業者向けに提供しているが、つまるところ運送業者にとって売り上げ増あるいは営業機会損失防止という明確な数字が示せないと購入には応じないだろう。

 逆に言えばそこさえきちんと示せば購入につながる、ということでもある。この分野のITS関係者から「値段が下がるまで待ちの姿勢です。いずれ数が出て値段が下がるでしょう」という発言を聞いたことがあるが、本末転倒である。もし効果を証明できず値段を下げられず、しかし自動車交通の改善策として欠かせない機能を提供するものであれば、それもまた法人営業の商品という位置づけをしないほうがいい、ということになる。それはバスの乗車率、タクシーの実車率、トラックの積載率をゼロサムのビジネスの指標ととらえるか、マクロな数値向上を目指す政策目標ととらえるかで位置づけが違ってくる。

7.自動車メーカーは消費プロデューサーの自覚

 自動車メーカーはITSビジネスをどうとらえるべきか。
 消費者にとっての自動車とは、ITSの便益が表現される最重要の「場」であり、市民はそれを最大数百万円で買うことになる。従ってITSの機能のひとつでもうまく動かなければ、市民は数百万円の自動車全体に対して文句を言うことになる。しかし自動車メーカーとしてITSはもはや避けては通れない。

 自動車メーカーがこれまでアセンブリーを付加価値の中核としてきたように、ITSについても搭乗者の視点に立ってデザインし、個々の機能をプロデュースしなければならない。

 個々のITSの技術を、搭乗者のニーズと支払い感覚を考えて盛り込んでいけば、必然的に車種別のITS機能分化となる。軽自動車にあって最高級セダンにないITS機能を勇気を持って社会に送り出すことが、ITSビジネスの突破口である。

8.「新産業の創出」とは、地道なビジネスモデルの組み合わせ

 以上、決してITSビジネスの明るい未来を描いていないが、現実的な現状把握を試みてみた。ここから描ける展望ははっきりしている。ITSは百年の計で取り組まれる社会システムであって、ここに関わるビジネスは絶対に減退することはないが、決してバラ色でもビッグビジネスでもなく、今までのありきたりにあったビジネスが複数組み合わさって地道な収益を上げるにすぎない、ということである。その積み重ねが俗に言う「累積60兆円」や「100兆円」である。
 ITSはもはや技術実験の場ではない。消費者向けマーケティングと政策合意コミュニケーションの両面をもった社会システムの実践である。幸か不幸かITS関係者を含めた老若男女市民全員が「自動車利用、道路利用のプロフェッショナル」であり、ITS利用者の声は極めて鋭く、大きく、リアルなものになるはずである。

 鉄道から携帯電話に至るまで、日本の近代文明が生み出した社会システムは必ず光を影を背負ってきた。この数十年間にクルマ社会が作り出した負の側面を考えると、ITSという社会システムはもはや21世紀の社会が避けて通ることはできない。それだけ深刻でかつ重要なプロジェクトに取り組んでいると言うには、現在語られているITS関連サービス、ビジネスを語る文脈と、その展望は楽観的すぎると思える。

 ITSは、現実的な巨大産業であることは間違いない。光と影はあって当然である。ITS全体の成功のカギはただひとつ、その具体的な進め方を一つひとつ丁寧に詰めることである。

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