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人材不足時代に注目される介護業界の民間資格

2016年03月23日 紀伊信之


介護業界における最大の課題 ~人材確保~
 介護業界における現在の最大の課題は人材の確保である。「平成26年度介護労働実態調査」(公益財団法人介護労働安定センター)によれば、「従業員の過不足感」について、59.3%の介護サービス事業所が、不足感(「大いに不足」+「不足」+「やや不足」)があると回答しており、前年度の56.5%よりもその割合は増加している。
 高齢者が増え、介護需要が拡大するのに対し、生産年齢人口は年々減少していくため、介護業界における人材不足は中長期的に見てますます深刻となる。厚生労働省の推計によれば、2013年度時点での介護職員数約171万人に対し、団塊世代が後期高齢者に到達する2025年に必要な介護職員数は253万人と見込まれ、80万人以上の上積みが必要となる。このままの推移での2025年時点の供給数見込みは215万人であり、37.7万人分が不足すると推計されている(厚生労働省「2025年に向けた介護人材にかかる需給推計(確定値)について」2015年6月24日)。安倍政権が「新三本の矢」として「介護離職ゼロ」を打ち出したことにより、介護施設の増設・整備が検討されているが、いくら箱モノを作ったとしても、それを運営する人材がいなければ「介護離職ゼロ」の実現は難しいだろう。政府も、介護人材の確保に向けて、育児等で職場を離れた「潜在介護士」が復職する際の準備金支給制度を開始するなどしているが、そもそも他業界に比べて介護士の賃金の低さが指摘される中、どこまでの効果があるかは未知数である。
 足りないのは介護士だけではない。例えば、訪問看護を担う看護師も不足している。医療費抑制のため入院期間が短縮化される中、医療と介護の連携を行う在宅療養支援において中心的な役割を期待されるのが訪問看護ステーションである。在宅療養ニーズの拡大に伴って訪問看護ステーションの新規開設も増えているが、その一方で看護師不足から廃止・休止に追い込まれる事業所も少なくない。社会保障・税一体改革における推計によれば訪問看護サービスの1日あたりの利用者は、2012年に約30万人であったものが、2025年には約50万人と大幅増が見込まれており、今後、さらに人材確保が難しくなるものと推察される。

事業者としての打ち手
 介護保険サービス事業者にとって、人材の確保のためにとり得る方策は限られる。従業員に対する処遇を改善しようにも、介護保険サービスでは制度によって受け取れる報酬が決まっているためである。
 しかし、一事業者としてできることもある。打ち手の一つは、サービスや人材の専門性をより高めることである。公的サービスの報酬が決まっている以上、従業員の処遇を改善するための原資を捻出するには、自ら価格決定できる自費のサービスを展開・拡大するか、事業所としての魅力を高めて入居率や稼働率を上げるしかない。
 もう一つは、従来の介護職以外にも、担い手の門戸を広げ、多様な人材に事業所の運営を担ってもらうことである。食事・入浴・排泄等の介助に加えて、日々のコミュニケーションや運動指導、外出支援など、高齢者の生活を様々な面で支えるのが介護の仕事である。これらの「生活の中のある特定の場面」を抜き出してみれば、介護福祉士等の介護専門職以外の人でも対応できる、さらに、その分野のプロとしてより質の高いサービスを提供できる部分があるはずである。

専門性を高める民間資格
 これら「人材の専門性の向上」「介護に関わる担い手の拡大」のための有効な手段の一つが介護関連の各種民間資格・検定である。現在、様々な民間資格が登場しており、資格保有者数も年々拡大している。
 例えば、「トラベルヘルパー(外出支援専門員)」は、外出や旅行に関わる介護の専門資格である。介護を必要とする方が旅行に行く場合、公共交通機関での移動や温泉旅館での入浴介助、旅行先の医療機関との連携など、通常の施設や在宅での介護以上の独自の知識やノウハウが必要になる。「トラベルヘルパー」養成講座では、これらの知識・ノウハウを体系的に学ぶことができ、全国で700名以上の資格取得者が生まれている。介護・看護系の有資格者が対象となる2級は受講時間も120時間に及ぶが、資格取得後は同資格を立ち上げた㈱エス・ピー・アイの登録トラベルヘルパーとして、介護旅行の保険外サービスにも従事できる。
 終末期に特化して保険外(自費)の訪問看護サービスを行う㈱ホスピタリティ・ワンは一般社団法人訪問看護支援協会を立ち上げ、自社の登録スタッフならびに協会加盟の訪問看護ステーションの従業員等に対して、「終末期ケア」の専門家である「エンディングコーチ」の育成を進めている。これは、「痛み」には1. 身体的なものだけではなく、2. 心理的、3. 社会的、4. スピリチュアルな(霊的)な痛みの4側面がある、という臨床心理学の「トータルペイン(全人的苦痛)」という考え方に基づき、痛みに対して、横断的にアセスメントできる専門性のある人材を育てることを目的とした資格である。修了者は250名を超え、終末期の一時外出の付き添いや、転院時のサポート、在宅での看取りの際の看護サービスといった公的保険でカバーできない領域で自費サービスを提供している。
 また、「ケアリハ検定」というリハビリテーションに関わる検定もある。立ち上げたのは理学療法士有志の「一般社団法人 変わる!介護」である。同法人では「誰もがリハビリを実践できる社会を創る」ことを目標に、介護施設や在宅での日々の生活の中でリハビリが実践されることを支援している。一般的に「リハビリ=理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など専門職が行うもの」と思われているのに対し、専門職(理学療法士等)のスキル・ノウハウの一部を習得しやすいようにプログラム化して、介護職や要介護者の家族などでもリハビリの考え方やエッセンスが学べるようになっている。検定受講者の中には、介護職やケアマネのほか、飲食業など、高齢者への対応力を上げたいと考える異業種の人もいるという。

民間資格で担い手が広がる効果も
 民間資格によって、介護に関わる担い手の拡大につながる事例も出てきている。
(株)スマイル・プラスは一般社団法人日本アクティブコミュニティ協会を立ち上げ、「介護レクリエーション」分野の専門人材である「レクリエーション介護士」を育成している。レクリエーションは介護事業所の中で一定の時間を占めるにもかかわらず、これについての専門的な教育が行われていないことに注目して、体系的な教育プログラムとして資格化したものである。レクリエーションの活性化を通じて、介護現場での「笑顔」を増やし、介護職のモチベーション向上、やりがいにつなげるとともに、介護のポジティブな面に光を当てることで、より多くの人に介護の現場に触れてもらう、知ってもらうことを目指しているという。実際、資格合格者は介護・医療関係者以外も含めて幅広く、8,000名を超えている。福祉系の高校や大学のカリキュラムとしても導入され始めている。
 また、近年、介護施設等では「化粧」「スキンケア」のADL改善、QOL向上効果について注目されているが、これに関連する資格が「ビューティタッチセラピスト」である。「ビューティタッチセラピー」と呼ばれるスキンケアやメーキャップ等を通して肌に触れることで、心や身体の健康を促す美容療法を学ぶ資格であり、500名以上のセラピストが誕生している。美容関係者など、医療・介護関係以外の出身者も多く、セラピーを行う側の身体的負担も少ないことからセラピストの2割弱を60歳以上が占めるなど、アクティブシニアや医療・介護関係者以外が介護の現場に関わる機会の拡大につながっている。

介護事業者は職場の活力アップに民間資格の活用を
 これらの民間資格は、資格取得者が増えてきてはいるものの、現時点で一般消費者への認知度が高いとは言えない。従って、必ずしも、量的側面での「人手不足の特効薬」とは呼べないかもしれない。
 しかし、従業員の資格取得を支援したり、民間資格取得者に介護現場で活躍してもらったりするなど、民間資格を有効活用することが、自費サービスの拡大や従業員のキャリアアップ・モチベーション向上につながる可能性は十分ある。これらの資格は、どれも利用者である高齢者(およびその家族)のニーズに根差し、利用者の大きな喜びにつながるものだからである。
 ここで取り上げたものは一部であり、これ以外に様々な民間資格が登場してきている。人材不足の中で閉塞感を感じる介護事業者は、それぞれの資格の中身・質を見極めつつ、介護現場に活力をもたらす一つの方法として、民間資格活用の可能性を探る価値はあるだろう。



※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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