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雪を活用した北海道の脱炭素化と地域資源の循環型モデル

2023年09月27日 小田代朋也


1.はじめに
 北海道は再生可能エネルギー(以下、「再エネ」という)の導入ポテンシャルが国内で最も高い地域であり、国の2050年カーボンニュートラルの実現に向けて注目される地域といえる。一方で、需要規模や送配電設備の容量が小さく、さらなる再エネ導入に向けては余剰電力の吸収や、周波数制御等の自然変動型電源への対策が必要とされている。また、広大で寒冷な北海道では、他の都府県とは異なる地域特性が脱炭素化の障壁となっている。
 そこで本稿では、北海道特有の地域資源である雪に着目し、カーボンニュートラルの実現に向けて雪を地域のエネルギーとして利活用する方法を検討する。
 以降、2章で北海道の特色とカーボンニュートラルの実現に向けた関係を、3章で課題解決につながる雪の活用方法を、4章では本稿の全体を総括する。

2.北海道の特色とカーボンニュートラル

(1)大量の降雪と多額の雪処理費用
 北海道は周知のとおり毎年多くの降雪がある。積もった雪は雪堆積場や雪処理施設へ運ばれ、そのほとんどが有効活用されていない。一方で雪の除雪・排雪作業には多額の税金が投入され、財政負担となっている(※1)。また、雪堆積場や雪処理施設等の排雪先へ運搬可能な雪の量には限度があり、特に、降雪が多い年は新たな雪の運搬先の確保が課題である。実際、令和3年度に記録的な大雪が発生した札幌市では、市内の雪堆積場の大半が受け入れ可能量を超えたことで排雪できない雪が路肩に連なった結果、道路の道幅は極端に狭まり、各地で渋滞や公共交通機関の運休が発生したとともに、道路の見通しが悪化したことで冬道の危険度がさらに高まった。

(2)カーボンニュートラルの足かせとなる北海道特有の生活スタイル
 北海道では他の都府県とは異なる特有の生活スタイルにより、2050年のカーボンニュートラルに向けて二つの大きなハードルがある。一つ目は、極寒の北海道では雪害による停電が発生しても暖房機器を常時稼働できる体制を整えるために、保管や取り扱いが容易な灯油等が暖房機器の燃料として重宝されていることである。脱炭素実現に向けては、灯油を燃料とする暖房機器は使用時に温室効果ガス(以下、「GHG」という)を排出するため、バイオ燃料等への転換が一つの手段となるが、現状、バイオマス自体の安定・安価な供給体制は十分な状況にない。そのため、暖房機器を電化し、再エネ供給することで脱炭素化を推進することも考えられるが、前述のとおり、非常時の停電等を考えた場合、すべての暖房機器の電化は現実的ではない。ニつ目は、道内は交通インフラが弱く、移動手段が自家用車中心であり、さらに移動距離も長いことが挙げられる。自動車からのGHG排出量をゼロにするためには全車両を次世代自動車へ転換することが必要だが、短期間でそれを実現させることは容易ではない。



3.地域資源である雪の利活用方法
 2章で述べたとおり、雪は多額の費用をかけて処理されるが、現状では有効活用されていない。そのため、処理した雪を利活用する方法の検討は、財政負担軽減の面からも重要な意味を持つ。ここでは脱炭素化推進のために地域特有の資源である雪を活用することとし、(1)経済価値を生み出す地域資源としての循環型モデル、(2)新たなエネルギー資源としてのポテンシャル、(3)その他雪の活用可能性の3つの観点から整理する。

(1)経済価値を生み出す地域資源としての循環型モデル
 雪の有効活用によって地域に資金が創出されるモデルを検討する。ここでは雪の活用方法として、既に導入事例のある雪氷熱エネルギー(※2)を想定する。北海道は冷涼な気候を生かしたデータセンターの誘致に積極的であり、今後冷房需要の大きいデータセンターの建設が計画されている。また、北海道では、アイススケートなどの冬季スポーツを通年で実施できる施設数が多いため、スポーツ施設における冷房需要も高い。そのような冷房需要の大きな施設では、雪氷熱エネルギーを導入することで、地域資源である雪を活用した電気代の削減が期待される。
 従来の除排雪事業は、図表2のように、自治体が除排雪事業者の稼働に対して対価を支払うだけの委託事業として完結するのが一般的である。ここで、図表3に示すように、自治体と契約する除排雪事業者がデータセンターへ雪を運搬し、データセンターが受け入れた雪の雪氷熱エネルギーを活用した冷房を行うと、データセンター側には電気代削減という経済利益が生じる。その利益の一部をデータセンター運営事業者から自治体へ還元する形ができれば、図表4のように、自治体の除排雪に関する収支が改善される。自治体は、本モデルの構築によって改善された収支から生み出された資金を新たな雪の活用方法、またはその他の脱炭素技術や地域内におけるサービスの開発支援等に投資することで、さらなる地域資源循環の促進を図ることが可能となる。
 課題としては、雪氷熱エネルギーによる電気代の削減から生まれる経済利益ついては、定量的に示すことが難しく、削減前の基準をどのように設定するのか検討が必要なことが挙げられる。また、図表3ではデータセンター運営事業者を雪の利活用先の対象者としたが、この循環型モデルはその他の事業者が雪の利活用先となる場合であっても構築可能である。



(2)融雪水を用いたグリーン水素の製造
 次に、雪を新たなエネルギー資源として活用する方法を検討する。ここでは融雪水を電気分解することで、雪からグリーン水素(※3)を製造することを想定する。北海道は洋上風力発電等の再エネ余剰電力が発生しやすく、特に雪が自然にとける4~5月は最も余剰電力が生じ、出力抑制が発生しやすい時期である。そのため、従来であれば捨てられていた再エネ余剰電力と雪(融雪水)から高価値のグリーン水素を製造することができれば、再エネを有効活用するとともに、北海道をグリーン水素の製造拠点とすることが可能となる。また、余剰電力の活用方法が確立することで、北海道のポテンシャルを生かしたさらなる再エネ電源の導入につながると期待される。なお、融雪水にはさまざまな不純物が含まれているが、世界では海水淡水化技術を活用して海水から水素を製造する技術もあり、融雪水においても同様に不純物の処理は可能と想定している。
 ここで、雪から製造可能なグリーン水素の量について簡易的に試算する。札幌市で平成28年度から令和2年度にかけての5年間に雪堆積場および雪処理施設へ公共搬入された雪の量は、年平均9,723千㎥である(※4)。1㎥当たりの雪から生成される水素の量を8.78kg/㎥(※5)と仮定すると、札幌市が雪堆積場および雪処理施設へ公共搬入していた雪をすべて電気分解可能な場合、年間85,346tの水素の製造が期待できる計算となる。最終的には、単価(※6)を乗じて期待される売上高に対して、水素製造に必要となる再エネ電力量およびその電気代や自然変動型電源由来の電気の使用に伴う設備利用率、融雪水の精製費用、各種設備の減価償却費等から事業性が評価される。本試算はあくまでも概算によるポテンシャル評価に過ぎず、実際には気象条件、利用可能な雪の量、雪に含まれる不純物等について考慮した計算が必要である。
 水素については、具体的な活用方法の検討が課題としてあるため、図表5に整理する。まず、レジリエンス向上のために活用する方法がある。水素は長期間の保存が可能で、運搬も可能なエネルギーであるため、一定量の水素を常に保管しておき、災害時には燃料電池から電力供給できる体制を整えておくことで、地域のレジリエンス向上につながる。また、電力需要の少ない春に融雪水を活用して製造したグリーン水素を保管しておき、夏や冬の需要が増加する時期に燃料電池等で活用する季節をまたいだピークシフトの実現も可能である。次に、燃料電池自動車(以下、「FCV」)への活用がある。FCVは電気自動車と比較して短時間で充電可能かつ長距離走行に適した次世代自動車のため、北海道の生活スタイルに合致する。これらは、2章(2)で述べた北海道のカーボンニュートラルのハードルに対する解決策の一つとなる。その他には、火力発電への水素混焼や航空機のSAF(※7)への活用が期待されている。
 地域内の雪から製造したグリーン水素を主たるエネルギー源とし、地産のエネルギー供給網を構築することで、昨今の世界情勢に見られる燃料調達やコスト高騰のリスク、またサプライチェーン全体でのGHG排出量(※8)が低減されるなど、北海道の地域特性を生かし、安定した脱炭素型のエネルギー供給モデルが期待できる。



(3)その他の雪の活用可能性
 最後に、将来的に検討の余地があると思われる雪の活用可能性について考察する。一つ目は、排雪によって集めた雪から生活用水や飲料水を製造することである。昨今、世界各地で水不足や干ばつの問題が頻発している。雪を処理し、生活用水や飲料水として活用する体制を整備しておくことで、将来的に懸念される水不足の対策を講じることができる。また、二つ目の活用可能性としては、雪を用いた温度差発電がある。昨今、再エネ発電の一つである海洋温度差発電(※9)と同様の技術を、雪と太陽熱等から作った温度差に応用する技術が研究されており、最近では青森市で実証実験が実施された(※10)。今後、さらなる技術革新が進み、実際に雪を用いた温度差発電が可能になれば、脱炭素社会に向けた新たな再エネ電源確保につながると期待される。



4.おわりに
 本稿では筆者も約8年すごした雪国北海道特有の問題に着目し、雪の新たな活用方法を検討することで、従来不要物として多額の税金を投じて処理されてきた雪が、経済価値を生み出し、脱炭素化に貢献するエネルギー資源となる可能性を示した。また、雪の利活用場所は新たな排雪先の一つとなるため、排雪先不足の問題解消にもつながると期待される。
 本稿で述べた雪の利活用方法を実現するためには、雪氷熱エネルギーを活用するための貯雪庫や水素製造に必要な水電解装置等の導入コストとのバランス、水素発電設備の設計や融雪水の処理方法の確立等、クリアしなければならない課題もある。
 課題解決に向けては多くのチャレンジが必要であり(トライ&エラー)、そのためにも民間が意欲を持ち、その意欲を行政が後方から支援するという官民連携が必須となる。本稿が民間や行政関係者の雪への関心喚起、官民連携のきっかけ作りの一助となれば幸いである。


参考
(※1) 例えば札幌市では、毎年雪対策費用が予算として確保されており、令和3年度の決算では、1兆4819億円の全予算のうち2%超の316億円(うち263億円が道路除雪費)が雪対策費用として利用された。
参照:札幌市「令和3年度予算・決算
(※2) 冬季に降り積もった雪や、冷たい外気を使って凍結した氷などを保管し、冷熱が必要となる時季にビルの冷房や、農作物の冷蔵などに利用するもの。季節をまたいで冷熱を確保するため、断熱性の優れた大きな容量の雪氷貯蔵施設が必要となる。
参照:経済産業省資源エネルギー庁「雪氷熱利用
(※3) 再エネで発電した電気を使った電気分解等、製造工程においても二酸化炭素を排出しない水素のこと。
(※4) 出所:札幌市「令和3年度 除雪事業の概況
(※5) 気象庁では、雪を雨量計でとかして降水量として観測しており、1991年~2020年の30年間における1月及び2月の降雪の深さと降水量の平均値から、雪が融雪水となった場合の体積比率を0.079と算定した。また、気象庁にて雨量100Lの重さを約100kgとしていることから、本試算では融雪水を純水と同様に扱い、融雪水1㎥の重さを1t、また、水と水素の分子量から、水1kgからは0.111kgの水素が生成されると仮定した。したがって、1㎥の雪がとけることで79kgの融雪水が得られ、79kgの水を電気分解することで8.78kgの水素が生成されると想定している。
(※6) 水素基本戦略において、水素供給コスト(CIFコスト)を2030 年に 30 円/Nm3(約 334 円/kg)、2050 年に 20 円/Nm3(約 222 円/kg、水素発電コストをガス火力以下)とする目標を明記している。現在一般的な水素ステーションでは100 円/Nm3(約 1,112 円/kg)で販売されている。
(※7) 持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel)の頭文字をとったもの。航空機は輸送重量あたりの燃料消費量が桁違いに大きいが、電動化が困難であり、航空分野の脱炭素化にはSAFの利用促進が必要不可欠とされている。SAFの燃料としてはバイオ燃料の他、グリーン水素と二酸化炭素からの合成メタンが検討されている。
(※8) 製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るまでの過程において排出されるGHG排出量(サプライチェーン排出量)。昨今は、燃料の燃焼や工業プロセス等において事業者自らによる直接のGHG排出(スコープ1)及び自社の事業活動において他社から供給を受ける電気、熱、蒸気などの製造時に生じる間接的なGHG排出量(スコープ2)だけでなく、製品やサービスの購入(上流)や販売した製品の使用(下流)に伴う排出量、輸配送、従業員の移動に伴う排出量等(スコープ3)についても排出量を削減することが求められている。
(※9) アンモニアなどの沸点の低い媒体を作動流体として、太陽からの熱エネルギーにより温められた表層海水で作動流体を蒸発させてタービンを回し、海洋を循環する冷たい深層海水で作動流体を液化して循環させることで発電する方法
(※10) 出所:国立大学法人電気通信大学 榎木研究室「積雪発電の報道について

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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