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長期経営ビジョンの文法

2020年01月10日 時吉康範


 『2030経営ビジョンのつくりかた』(日本経済新聞出版社)を19年7月に出版した。「長期経営戦略策定に未来洞察を活用すること」、「中期経営計画策定の場を活用してビジョンを考えること」を提案し、企業事例を交えてビジョン策定の進め方を解説したものである。その後、様々な企業や団体からお問い合わせを頂戴している。この場を借りて、事例紹介に登場していただいた企業の方々に改めて感謝したい。

 しかし、あの本には大きな欠落がある。
 それは、「どのような長期経営ビジョンがよいのか」「どのように長期経営ビジョンを描けばよいのか」を一切提示していないことである。
 これは、われわれがコンサルタントを生業にしているため、確信犯的に行ったことではある。特に前者の「どのような長期経営ビジョンがよいのか」においては、個別企業が策定したビジョンを取り上げて「このビジョンはここが悪い」などとあげつらうことは考えられない。われわれが十分なリサーチを行うクライアントならともかく、内情をよく知らない企業について、公開の場で批判をすることは避けるべきであるからである。
 一方、後者の「どのように長期経営ビジョンを書けばよいのか」は、プロセスとフォーマットを大事にする未来デザイン・ラボの商売道具の一つに当たるが、他のプロセスとフォーマットは本で公開しながら、この点だけを公開していないのは違和感が残る。「『ビジョンでは社内外で共有する言葉づくりが大事』と言いながらも書いていないのはいかがなものか」と言われるのは心外なので、今回、本の書き残し事項の位置づけで「長期経営ビジョンの文法」としてコラムにて書くことにした。当然、「経営ビジョン」というもの自体は、精神的なものであったり(創業社長の企業によくみられる)、事業戦略そのものであったり(代わりに経営理念や行動指針に経営ビジョン“のようなこと“が書かれている)、企業によってまちまちである。一般的な企業に向けた筆者の一案と捉えてもらえればよい。

 早速であるが、長期経営ビジョンを書くうえでの、構成要素を以下に示す。

「長期ビジョンの構成要素」


(出所:日本総研作成)


 経営ビジョンは、確かに「自社の目標・ありたい姿」(So what?:それで、結局どうなりたいのか?) なのであるが、その言葉だけに焦点を当て過ぎると、キャッチコピーやスローガンづくりになる。Where? What? Why? How? のない「経営」ビジョンは、手触り感のない宙に浮いた言葉になってしまう。そこで、上記の構成は、“Where? =領域拡張”、”What?=提供価値”、 “Why? =環境変化・競争優位”、“How?=手段・施策・理念や行動”と対応していることが分かるであろう。
 
 経営ビジョンの作成手順は以下の通りである。
1)言葉を埋める。
 上記の構成要素を、経営幹部インタビューや現場ワークショップ、自社分析を通して表出する言語で まずは「バイアスを持たず」「偏りなく」埋めてみる。
 ”What?=提供価値”と書いたが、提供価値は、“What? =具体的戦略オプションや具体的な新事業・製品・サービスのアイデア”から想起されるものである。したがって、Whatはビジョンを実現するための手段となる基本戦略に当たるため、経営ビジョンには登場しないことが多い。しかし、基本戦略のない経営ビジョンは手触り感・具体性がなく、画餅である。経営ビジョンを受け取る側が、ビジョンを具現化する方法を想起できないからだ。
 未来洞察という手法は、未来の環境変化情報をインプットしたうえでの現場ワークショップを通して、このWhat?を大量に創出するために使われている。既に社内にある情報や既に社内にある言語を編集しても、新しいWhatは出てこないからである。
2)「自社ならでは」「自社の挑戦と変革」を織り込む。
 経営ビジョンをつくるうえで必要な視点である「自社らしさ」「自社の挑戦」「自社の変革」の要素がどこにあるかを探し、該当する「単語」を特定する。
 この作業は、社会、産業、業界などの知識・見識もフルに活動させ、“What if?=この文章ならどうなのであろうか?“を自問自答する。
3)構成要素別に塊にして文章をつくる。
 特定した単語を中心に、単語や文脈で塊にして編集し、各構成要素を三つくらいの文章で語れるように集約する。この作業は似たものを統合することが主なので、さほど難しくないであろう。
4)経営ビジョンの文章をつくる。
 各構成要素にある重要と思う「文節」を抜粋して組み合わせ、2~3行に収まるように経営ビジョンとして語れる文章を三つ以上つくる。この作業もさほど難しくないと思われる。ただし、もしキャッチ―な言葉が欲しければ、コピーライターを雇うことである。

 以上、長期経営ビジョンの文法として、長期経営ビジョンの書き方の手順を示した。改めて思うに、作成手順自体は簡単なものである。
 長期経営ビジョンをつくろうとする方々は、まず、構成要素を「具体的な言語」で埋めてみてほしい。それから、埋めた言語に“自社ならでは””自社の挑戦と変革“があるか、それは何かを見てほしい。

 もし、できなければ、それが自社の課題である。
以 上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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