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コラム「研究員のココロ」

【RCM経営入門 アフターJSOXシリーズ】(第4回) RCMを活用した従業員の意識改革
~行動から意識を変える~

2009年06月15日 日置 文香


1.求められる従業員の意識改革

 現場の従業員の意識改革は、企業が変革と成長を目指す上での重要テーマの1つである。組織の戦略や施策を、具体的な活動として実践するのは個々の従業員であり、従業員の意識改革は、企業の基礎体力づくりであるといえる。
 JSOX活動における内部統制の評価項目に統制環境が含まれているように、ある制度を導入する際、その有効性を保証し継続的に運用するためには、なぜその制度が必要なのかを理解し、組織のメンバー一人一人が運用の担い手であるという意識を醸成することが欠かせない。他にも、例えば経営理念の徹底という抽象的なものから、オフィスのエコ運動といったレベルのものまで含め、従業員の意識への働きかけは重要である。
 また企業を取り巻く環境が急激に変化する今日においては、意識改革自体が時代の要請であり、競争力の源泉ともなっている。過去の経験や従来の考え方に基づくやり方では立ち行かなくなっている。業界再編、企業の社会的責任、自律型社員等キーワードは様々だが、変化に柔軟に対応していくためにも、従業員の意識改革が必要である。
 加えて、従業員のやりがいやモチベーションにも意識改革は必要だと考えられている。仕事に対する意識を変えることによって、自身の満足度を高めるだけでなく、業務のパフォーマンスの向上が期待できる。

 このように、従業員の意識改革が企業にもたらす恩恵は非常に大きいものがあると考えられる。しかし一方で、人の意識への働きかけは難しい問題であることも事実である。

2.なぜ従業員の意識改革は難しいか

 意識とは、周囲の環境や経験等により様々な影響を受け、長年かけて培われてきたものである。それは本人にも客観的にコントロールすることが難しく、まして他人によって一朝一夕に変えられるものではない。また、社会構造の変化やグローバル化等により、企業の内部でも多様な価値観が混在する中で、組織として統一された価値観の共有はより困難になっている。このような性質を持つ意識を、経営資源として安定的に管理することは難しい問題である。
 また、意識が変わり、それが行動として表れることで実質的な改革が成されるというプロセスを辿るとすると、意識改革が達成されたとしても、すぐに企業を変革する程の原動力となるかは保証できるものではない。実際に意識が変わったとしても、従業員が具体的な行動として実践するときには、企業の期待とのずれが生じるかもしれない。現場の雑多な業務に忙殺されて、明確な判断ができず、どう実践すればいいのか分かりかねているという可能性もある。
 このように、意識改革の成果を目にするまでには、様々な課題をクリアしなければならない。単に精神論やスローガンを掲げて意識改革を行っていたのでは、これらの課題に対応できないし、かといって従業員の自発性に期待するのも現実的ではないであろう。したがって、意識改革を首尾よく行うには、何らかの「仕掛け」が必要である。その「仕掛け」として優れているのが、リスク・コントロール・マトリックス(以下、RCM)である。JSOX対応においても、財務報告の信頼性やコンプライアンスに対する意識が、経営者だけでなく現場の従業員の間でも少なからず高まったのではないだろうか。

3.RCMで行動から意識を変える

 従業員の意識改革システムとして、RCMを活用する狙いは、簡潔にいえば、日常の業務でなされる行動を変えることにより、意識が変わり浸透していくことにある。まずは、企業の価値基準を反映させた形で従業員の日常の業務のやり方を変える。そして、具体的な行動として日常の業務をこなす中で、従業員の意識が変わっていくことを目指すのである。RCMとは、そういった一連のプロセスを管理するシステムとして位置付けることができる。

 RCMは、第1回で示したように、基本的に以下の5つの活動で構成されている。
(1) リスクの識別活動
(2) リスクの統制目標をアサーションとして定める目標設定活動
(3) 統制目標の実現手段を統制活動として、定義し統制システムを設計する活動
(4) 統制システムが統制目標やリスクの統制に有効かどうかの評価活動
(5) 評価結果の経営層への報告活動

 これらを踏まえると、以下の3点が、RCMを従業員の意識改革のシステムとして活用する際に重要となる。

(1)リスクの識別やアサーションの設定の中で、企業の意図や価値基準が反映される。
 ある目標に対するリスクを識別する際、どこにリスクがあるとするか、何をリスクとみなすかの判断には、企業の意図や価値基準が参照される。財務報告の信頼性を目的としたJSOX対応では、現物管理や売上計上等のプロセスにリスクが存在し、会計処理の誤りや金額の照合の不一致がリスクとみなされる。しかし、目的や基準が異なれば、別のプロセスが対象となるし、同じプロセスでも異なるリスクが識別される。アサーションの設定に関しても、何をもってリスクが統制されているとみなすかについての考え方によってその内容は異なる。このように、リスクの識別やアサーションの設定という形で、企業の意図や価値基準が反映される。

(2)リスクの検討により、個々の従業員が日常の業務において具体的に何をすべきかが明確にされる。
 JSOX対応によって現場で何が起こったかを考えると、例えば、金額の照合や伝票の押印の確認等の詳細な業務の見直しと徹底であったといえる。RCMでは、識別されたリスクに対して、非常に具体的で明確な活動が統制活動として業務の中に組み込まれ、その実践が担当者に求められる。

(3)設定された業務が適切に実施されているか、本来の目標に対して効果的かを評価し、報告する活動が組み込まれている。
 JSOX対応では、自己点検および独立的評価として内部統制の運用状況の評価を行った。活動実施の有無を評価することによってシステムの運用が確保され、目標に対する有効性の評価によって活動の妥当性が再検討される。このように、システムの再検討と改善という評価活動が、システム自身に組み込まれている。

 以上の視点からRCMを活用することにより、企業が従業員に求める意識改革の結果としての行動変容を、あらかじめ具体的な活動レベルで網羅的に提示でき、そのため両者間の整合性を保つことができる。企業にとっては、実際に従業員の意識が変わったかどうかは別として、まずは業務を企業の望む形へと変化させることができる。従業員にとっては、漠然としたスローガンよりも、具体的な業務として提示されていれば分かりやすいし、設定された業務自体に企業としての価値基準が組み込まれているので、多忙な現場業務においてもスムーズに意思決定を行うことができる。また自らが行う個々の業務が、大きな目標に対してどのような意味や役割を持つかの認識が可能となる。
 加えて評価活動があることにより、行動変容から意識改革を実現することが期待される。業務のやり方を変えたとしても、それが一時的で、すぐ形骸化してしまえば意味がないが、評価活動の実施によって継続的な取り組みとなり、その中で次第に行動が定着するようになる。そして、自らが行う業務が、目標達成に対して意味あるものかを評価し改善することで、その業務を設定した背景にある目標やリスクの考え方を理解することになる。その結果、企業が従業員に求める意識が浸透していくのである。

 RCMが従業員の意識改革システムとして有効であるための肝は、マネジメント層が最初の段階で、目標設定やリスクの識別、アサーションの設定、実施活動の設計を行うことにある。漠然と「意識改革」の重要性を説くのではなく、その背景にある問題意識と目指すべき姿を具体的に考え、示すことが不可欠である。それをうけて、個々の従業員は、業務の中で設定された活動を行い、有効性の評価を行う。初めはトップダウンではあるが、評価活動における現場での従業員の気付きや再認識を大切にすることで、自らがRCMサイクルを回すことを目指す。それが実践されることで、トップと現場の相互作用が生まれ、真に両者の整合性を図ることができる。RCMは、こうしたプロセスを通じた意識改革の管理システムとして、大きな可能性を秘めている。

第3回を見る | 第5回へ続く

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