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コラム「研究員のココロ」

クレジットカードを活用した生活保護費の給付の可能性

2008年02月08日 香川裕一


1.増え続ける生活保護費の不正受給

 2007年10月に厚生労働省が発表したデータによると、生活保護費の不正受給は2006年度で総額89億7,600万円(件数は14,600件)に上っており、その額は2001年度の約2倍となっている。一方、生活保護が受けられず餓死した事件のように本来生活保護を受けるべき人に適正に給付されていない事例も報告されている。この不正受給された約90億円が、本来必要とする人に給付されていれば、前述のような悲惨な事件は未然に防げたかもしれない。
 このような不正受給の原因の一つは、生活保護費を適正に支払う仕組みが整っていないことによる。不正受給の多くは収入を適正に申告しなかった手口であることから、訪問調査を強化することが必要である。しかしながら、訪問調査は業務負担が大きく、担当スタッフを増員しない限り、十分に対応することは難しいと推測される。そこで別の視点から考えて、対象者が生活保護費を利用できる範囲を限定したり、利用状況を把握する仕組みを導入することで、不正受給の抑止効果を与えたり、不正受給者を見つけ出すことができれば不正受給の削減につながるのではないであろうか。
 そこで、筆者はクレジットカード(欧米で一般的に利用されているデビットカードも含む)が利用できないかと考えている。利用限度額を支給する生活保護費に設定したクレジットカードを配布して、生活に必要なものを購入してもらう方法である。

2.米国におけるクレジットカード納付の試み

 米国では低所得者や無所得者が生活するために食品を購入できるように「フードスタンプ・プログラム」(http://www.fns.usda.gov/fsp/)が導入されているが、この中ではプラスチックカード(クレジットカードやデビットカード)を利用している。フードスタンプ・プログラムは1964年に連邦政府が開始した低所得家庭を対象にフードスタンプ(食料券)を交付するプログラムで、当初は紙製のクーポンが支給されていた。しかし、クーポンの転売が多く、対象者が増加するにあたって管理業務も増大したことから、連邦政府は2002年10月までに紙製クーポンからプラスチックカードによる電子支払いに移行するというEBT(Electronic Benefits Transfer:電子給付支給)プロジェクトを推進した。2007年度予算では対象者が約2,600万人、予算額が330億ドルにも上るなど、米国の低所得者の生活を支える基盤となっている。
 米国ほどではないにしろ、日本においても年々クレジットカードの利用が増加してきており、消費額全体の約1割程度がクレジットカードの利用である。特に、最近ではスーパーや衣料品店など、日常的に利用する店においてもクレジットカードが利用できるようになってきており、クレジットカードによる給付の基盤はできつつあると言える。

3.生活保護費の給付にクレジットカードを導入するメリットと課題

 では、クレジットカードで給付した場合にどのようなメリットが考えられるであろうか。次の4点が考えられる。
 1点目は生活保護業務の効率である。生活保護費の支給は、役所の窓口で現金支給するか預金口座に振り込むことになる。クレジットカードを導入すればその作業及び現金を取扱うリスクが軽減される。
 2点目は利用範囲を制限できることである。現状では介護、医療分を除けば、すべて金銭での支給であるため、その使用範囲を限定することはできない。不正に受給した生活保護費をパチンコに費やすといったことも可能である。クレジットカードを導入すれば、利用先を制限できる。例えば、スーパー・コンビニ等や衣料・生活雑貨の店のみ利用できるようにして、娯楽施設・飲み屋などでは使えないようにすることも可能である。
 3点目は購入履歴が把握できることである。通常クレジットカードを利用していれば毎月明細が送られてきて、利用履歴を確認することができる。給付カードを行政が貸与する形になれば、利用履歴は行政側が把握できることになる。もし不自然な使用行為(一度に高額な買物をしている/常に居住地域とは異なる場所で利用している等)が見受けられれば、優先的に訪問調査を行うことも可能である。既にカード会社は利用履歴から利用者のニーズを把握したり、不正利用を検知するなどのノウハウを持っており、カード会社と連携して検討すれば、不自然な使用行為を抽出する仕組みを構築することは可能であろう。もちろん、利用履歴の情報を行政が管理することになるため、プライバシー保護の観点から十分な情報管理が求められる。
 4点目は何か問題があれば直ぐにカード機能を止めることができることである。クレジットカードを失くしたとき、給付後に不正受給が発覚したときなど、直ぐにカード機能を止めれば、被害を最小限に抑えることができる。
 一方で課題も想定される。現在の生活保護費には8種類(生活扶助、教育扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助)があるが、クレジットカードが利用しにくいものもある。ただし、この点については医療・介護の他に教育なども現物給付に変更するとともに、クレジットカード会社と連携して加盟店を拡大することで、十分対応できるのはないかと思われる。また、クレジットカードが法律で定められている「金銭給付」に該当するかどうかなど、制度的にクレジットカードが利用できるかどうかについても十分な検討が必要である。その他にも、既存の仕組みを最大限活用するという観点から、クレジットカード会社の現行スキームやシステムで運用上問題ないかという点についても調査する必要があるであろう。

4.最後に

 生活保護を受ける世帯は年々増加している。今後格差社会が進展していく中で、今まで以上に保護対象が増加する恐れがある。そのためにも生活保護費が適正に使われているかという面から、不正利用を未然に防ぐような環境を整備していくことが必要であろう。国、自治体、カード会社などの関係者が連携して、日本版EBTの構築を検討することが期待される。
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