コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

地域における情報化推進の方向性

2006年05月08日 香川裕一


●地域情報化における3つの課題

 地域では、少子高齢化の進展による労働力の減少、団塊世代の退職、地場産業の衰退、地域コミュニティの崩壊など、複雑で多岐にわたる課題を抱えている。多くの行政や商工団体などでは、インターネットや携帯電話が急速に普及してくる中で、ICTを活用して地域に元気を取り戻せないかということで、様々な取り組みが行われた。しかし、残念ながら、ICTを活用することによって、地域が元気を取り戻したという事例をあまり聞いたことがない。これには様々な要因が考えられるが、主に次の3つの課題があったためと考えている。

 一つ目はハード偏重による情報化の推進である。多くの地域では行政が中心となって高速回線などのインフラ整備を進めてきた。しかし、インフラ整備だけを目的として、その後の活用に関する検討が不十分であったため、せっかくの高速回線が十分に活用されない事態が起こった。本来、インフラとコンテンツは車の両輪のように同時に検討しなければならず、コンテンツがなければICTの恩恵を受けることはできない。しかしながら、コンテンツの分野は行政が不得意とする分野であり、後回しにされてきた傾向がある。

 二つ目は資金の問題である。ICTの場合はイニシャルコストよりもランニングコストに対する意識が重要である。通常ビルなどの“ハコモノ”ではランニングとしてイニシャルコストの1割ぐらいを目安とすることが多いが、ICTの場合はイニシャルコストの3~4割がランニングコストとして必要になることもあり、このランニングコストがネックになって進まない事例も少なくない。これまでの地域情報化の取り組みは、行政からのマネーフローが中心であったが、昨今の行財政の状況を考えると、行政からの継続的な支援は難しくなっている。

 三つ目はリーダーとそれを支える参謀の不足である。地域情報化の取り組みは地域の様々な関係者と協調しながら進めなければならないことが多い。このような時にリーダーシップを取り、地域の人の中心となって調整役を務めるリーダーが必要になる。さらに、そのリーダーを支える役割を担う参謀役が必要である。しかしながら、このような体制を地域で構築するのは、一筋縄ではいかないというのが現状である。

 以上のような3つの課題を整理してみると、その根底には「主体が不明確」という課題があるように思える。元来、地域情報化はどこまで官が、どこから民が推進すべきか明確な線引きが難しい分野である。どうも今までは行政が面倒をみてくれるという意識が強かった気がする。しかし、それでは事が進まなくなった今、民(企業、住民)の力が中心となって推進していくという共通意識を地域が持つことが必要であろう。


●住民や企業が主体となった自律的な取り組みが求められる

 地域情報化の先進事例を見ると、企業や住民自らが課題を発見し、それを解決するためにアクションを起こしている事例が多い。群馬県桐生市で活動するNPO桐生地域情報ネットワーク(以下、NPO桐生)では、地場産業である織物を桐生市の魅力として後世に伝えていきたいという考えから、地元の大学生を巻き込んで職人たちの経験や技術を冊子にまとめたり、シンポジウムなどのイベント、ホームページ等による積極的な情報発信を行うなど、地域の伝統や魅力を再確認することを目的として活動を行っている。さらに、まちづくりに関する取り組みも行われている。2005年11月にファッションウィーク(ファッションをテーマとしたイベント)において、P2Pによるクチコミ情報提供システムによる実地試験が行われた。イベントに来場した人にICタグを配布し、来場者はそのICタグに紐付けして個人の嗜好情報を登録すると、会場に設置された専用端末でICタグをかざすと、自分の興味があるイベント情報やクチコミ情報だけを得ることができる。会場に足を運んでくれた人にイベントや桐生に関する参加者の生の声を伝えることで、街を理解してもらおうという試みである。
 NPO桐生のこれまでの活動を見ると、結果的には行政からのマネーフローが中心となっている。しかし、他地域と大きく異なることは、彼らは「自分たちがやりたいこと」、「地域にとって必要なこと」を自分たちで発見し、それを戦略的に行政を巻き込みながら展開している点である。言い方を変えると、戦略的に行政から資金を引き出して、自分たちの目標とする地域づくりを進めている。常に自分たちが主体となって進めなければならないという意識が明確に存在している。

 木の葉や小枝を料理に添える「ツマモノ」に目を付けて新しい町の産業を立ち上げた徳島県上勝町の「彩(いろどり)事業」は、ツマモノという自分たちにとっては日常的なものが、外部の人にとっては特別なものであるということを気付き、それを年商2億5千万以上の地域産業として確立している。彩事業では99年に国の補助事業を活用して、彩ネットワークシステムを導入している。これは全国から寄せられるツマモノの受発注の管理、出荷状況の管理などを行うだけでなく、過去の発注データから売れ筋の商品やその値段など、農家の方が売上げをあげるためのヒントを提供している。町民の4割が65歳以上の高齢・過疎地域でありながら、彩り事業ではICTを駆使して事業を進めていることが驚きである。もちろんインターフェイスの改良などシステム構築上の工夫もあると思うが、最も大きな理由としては生きがいを感じる仕事を効率的に継続していきたいという明確な目的意識があったからだと思われる。

 以上の2つの事例に共通するように、住民や企業が主体となって地域に対する問題意識や目的意識を明確に持ち、それを実現するために地域のリソース(人、物)を活かした独自の戦略・戦術を持って、課題解決に対して自律的に取り組んでいる。この点がまずは重要である。さらに、事業の効率化、人と人とのコミュニケーションの促進などの観点から、ICTを活用することが効果的であることに着目して、結果的に地域情報化と言われるような取り組みを行っている。彼らは、地域情報化は手段であって目的ではないということを明確に認識している。


●まずは、できることから

 前述の先進事例や他の先進事例をみて共通に感じることは、どの先進事例も常に試行錯誤を繰り返し、ノウハウを蓄積しながら活動を進めてきた点である。試行錯誤する過程で問題意識が深化し、それに共感する人が現れ、人的なネットワークが構築されていく。この地域の人的ネットワークが、地域で活動するうえでの基盤となる。この基盤がない地域では、たとえ先進的な取り組みと同じ仕組みを導入しても、成功する可能性は低いであろう。
 したがって、簡単な仕組みから“まずは、できることからやってみる”というスタンスが重要ではないかと思う。大きなお金が動き、枠組みが明確なプロジェクトを展開するとどうしてもスタッフに負担がかかり義務感に追われながら取り組むことになりがちである。それよりも、失敗して構わないというようなスタンスのほうが、継続した取り組みとなっていく可能性が高いであろう。
 また、“まずは、できることからやってみる”ということは、新しいリーダーを輩出するというもう一つの狙いもある。リーダーの資質というものは経験から養われてくる部分が多く、実際に経験する場が地域には必要である。そのような観点からも、小さな動きでも構わないので、あまり力を入れ過ぎずに地道な活動を行うことが必要である。同じことは、地域コミュニティの創出についても同様である。ある目的を持って一緒に活動している中から、新しいコミュニティというものが生まれてくるのであって、突然コミュニティが生まれることはない。
 今後、団塊の世代が地域に戻っていく中で、このような地道な活動に着目して、共感してくれる人が必ず現れるはずである。それが血となり肉となって、求心力を持つ地域の活動に進化していくはずである。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ