対話のお作法としての「ダイアログ」、自発的参加を促す「ワークショップ」、と続けてきたので、次は「ワークアウト」を取りあげたい。これら一連の手法はカタカナ用語で呼称されがちであり(とはいえ、下手に日本語に焼き直すと、かえって分かりにくくなるんだからしかたない)、それが実務家から正当な理解を得られにくい一因でもあろう。
本稿では、まずワークアウトを概説し、次に、よく言われる「うちには無理だよ」という声へのヒントを提示する。「うちの会社を変えるんだ!」と奮闘されている方々への励ましになればと願っている。
●ワークアウトの決定的に「違う」側面
ワークアウトは、少しずつ知られるようになってきたものの、しばしば誤解されている。
とある会社の社長が「ワークアウトをやってみたのだが、社内が全然変わらない」と嘆いておられた。ところが、その後に、専務のお話しを聞いて驚いた。「ワークアウト? はい、やりましたよ。でも、ダメですな。研修をやったそのときは盛り上がるのですが、あとが続かない」。専務は『研修』と認識しておられた。
また、ワークアウトと呼びつつ、皆で自由に意見やアイデアを出して終わりという会社もある。単なるアイデア出し合宿だ(それはそれで有用なのだが)。
これらの根っこには「《ワークなんちゃら》というのは、要は、下の連中から自発的に意見を出させることだろう?」という誤解がある。それでは一面的な理解にすぎない。
ワークアウトは違うのである。ワークアウトは、トップの迅速な意思決定、権限委譲、そして実践を、必須要素として持っている。当然『研修』ではない。
前回紹介したワークショップは、様々な人が集まって、問題意識を共有したり、斬新なアイデアを出したりはするが、トップの承認を取り付けるところまでは必ずしも想定していない。
すると、次のような悲劇が時折起こる。違う部門の人たちが集まってワークショップを開き、素晴らしい実践案を生み出した。ところで、素晴らしい実践案というのは、たいていは複数部門の協調行動を前提として成り立っているものだ。そこで彼らは「では、開発部での実施項目についてはA部長の承認をもらって取り掛かります。営業部のB部長はそちらでお願いしますね」と言い交わして別れることになる。ところが、A部長は全面的に承認し、必要な権限も付与してくれたのに、B部長は「もう少し慎重に検討しろ」と棚上げ。実施は中途半端に終わり、折角の知恵が無駄になるばかりか、彼らは再び集まって協働する意欲すら失ってしまう。
ボトムアップは確かに必須である。トップよりも現場のほうが事態をよく理解しているケースでは、現場が問題解決をせねばならない。けれども、その問題解決策を実行に移すためには、トップのGoサインが多くの場合必要だ。
ワークアウトはそれを含んでいる。
●ワークアウトとは?~その基本の理解
では、名著『GE式ワークアウト』(注1)から要所を抜粋要約しつつ、ワークアウトをごく簡単に紹介する。
この本によれば、ワークアウトは『本当に単純で分かりやすいプロセス』である。やろうと思えば、誰でもやれる。
- 討議すべき課題を選ぶ
- その課題に対して意思決定できるリーダー(複数可)を任命する
- 課題に取り組むにふさわしいメンバーを任命し、チームをつくる。メンバーは、その課題に深く関わっている人たちで、職能や階層の枠を超えて集める
- チームは解決策を考え出し、それをリーダーに提案する
- 提案を受け、リーダーとチームメンバーは討議を行なう
- リーダーは「その場で」提案について、やるかやらないかの意思決定をする
- 承認された策については、実行リーダーを定め、遂行の為の権限が与えられる
- 提案を実行し、進捗状況を定期的にフォローする
解決策を考えるところは、4時間で済ませたり(エクスプレス・ワークアウトと呼んでいる)、2日の合宿をしたり、プロジェクト式に数ヶ月かけたり、扱う課題の重さによって変わってくる。
とはいえ、ワークアウトの背景を貫くのは、素早い意思決定だ。
特に、提案に対してリーダーが「その場で」意思決定をする場面は際立っている。決断はほんの数分。時間をかけず、分析もせず、スタッフの意見もなく、深い思索も無しに。
普通の提言報告会であれば、リーダーはメンバーにこう言うだろう。「○○の点がはっきりしないので決めかねる。そこをもっと調査するように」。
《もっと検討しろ病》あるいは《もっと情報をよこせ病》である。
確かに、本当にメンバーの情報収集分析が不十分な場合もあるだろう。しかし、たいていは、意思決定できないリーダー、「口を出したいが責任はとりたくない」リーダー(注2)が先延ばし策を講じているにすぎない。調査不備の揚げ足とりはどんな人にでもできてしまう(一点の曇りもない、完璧な調査などありえるだろうか?)のが、この病気の蔓延に拍車をかけている。その結果、せっかくの提言は、実行されずに実質棚上げになり、いつしか消え去っていく。
だからこそ、ワークアウトはリーダーにその場での意思決定を強いるのだ。リーダーは「その問題を十分に理解できなかったらどうするのか」「間違った決断を下したらどうするのか」などと不安になるだろうが、それを克服せねばならない。本来なら一週間ぐらい考え込みたいところを我慢して、その代わり、メンバーの提案に集中して耳を傾けて正確に理解し、メンバーに質問をしてそこに隠された意味をあぶり出し、出席している他の人々からの意見を歓迎し、それを受けてスピーディーに意思決定する。
これが大事なのは、今のビジネス環境が、正確さよりもスピードを要求しているからである。多少間違いがあっても、完全に正しい決断が出るまで待つよりははるかにマシだ。正しい情報を集めようと時間をかけている間に、状況のほうが変化していってしまう。少々の間違いは、素早い決断からの利益で十分相殺できる。
よく「我が社は官僚主義的で、動きが本当に遅い。組織をもっとフラットにすべきだ」という意見を聞くが、遅い原因は組織構造にあるとは限らない。「決めるべき上司が決めてくれない」ことが主な阻害要因であることが多いのだ(注2)。
ワークアウトを継続していくうちにやがて、スピードが組織全体に浸透する。重たく、官僚主義的であった意思決定・実行検証が軽やかになっていく。時代の変化に速やかに適応できる企業になっていこうと組織変革に挑戦しておられる方々には、是非取り組む価値のある手法であると思う(注3)。
●「うちの会社じゃ、ワークアウトなんてできない!」
ワークアウトをここまで紹介すると、必ず皆さんから返ってくる反応がある。「ワークアウトのご利益は分かったが」と前置きした上で、
「そういうリーダーじゃない場合はどうするのか?」
「うちのリーダーはそのような考え方を理解してくれない。相変わらず独壇場を続けるだろう」
「トップが、自分の既に持っている結論を押し通すための見せかけの儀式としてワークアウトを利用したら、かえって逆効果ではないのか? きっとメンバーのモチベーションは下がるだろう」
と仰るのである。ワークアウトに限らず、ワークショップを紹介したときにも、よく同じような反応が返ってくる。
私も、これらが大きな障害だと思っていた。「そういう場合、ワークアウト導入は困難です」と答えるしかなかった。
●それは言い訳に過ぎない~乗り越える方策はある
ところが、『GE式ワークアウト』をよく読むと、これらの泣き言~言い訳に対する反論もちゃんと書いてあるのである。以下、引用と私の経験を踏まえながら、教訓を導きたい。
□教訓その1
(page 57)- ワークアウトの基本原則の1つは、「不平や批判はなし」である。従業員は権限委譲のための討論会をぼやき合いの場にしがちだ。ワークアウトでは参加者が不満を言った場合、その人は不満を、報告、承認、会議、指標、方針などを改善するための提案に変えるように強く求められる。また批判は多くの場合、従業員が「経営陣は自分にやらせてくれないだろう」という公民権剥奪状態の原因を追求する時に起こる。そこでワークアウトでは従業員たちに「他人を批判するのではなく、差異化のために自分は何ができるかに注力せよ」と勧める。
この主張を、私たちの言い訳に当てはめれば、「たとえ、我々のトップが自分の意見を押し通してくる人であっても、《その状況下で我々は何ができるか》を考えよ!」という教訓が引き出せる。
以前、某企業の営業部門で、営業本部長をトップとして、支店長や本部部長たちをメンバーとするワークアウトを実施した。
この営業本部長というのがすごい人であった。マシンガンのようにしゃべりまくる。頭の回転が速く、仰ることも的を射ている。しかも「うちの支店長、部長たちはちっとも自分の意見を言わん!」と斬ってすてるタイプ。
1回だけワークアウトを私がお手伝いして(そのときは割合うまく行った)、そのあと音沙汰が無かったので、「1回で終わってしまったのかな」と思っていた。あの営業本部長が自分のスタイルを変えるとは思えない(変えちゃったら、それはそれで彼の良さが消えてしまいそうである)。
ところが、3ヵ月後に「あのあとどうですか?」と変革ファシリテーターの方(=このワークアウトの仕掛け人)に尋ねたところ、「いやあ、本部長は相変わらずああいう調子なんですが、支店長や部長が味をしめちゃって、何か部門をまたがって決めなくてはならないことや、本部長に上げたい要望などがあると、『ワークアウトしよう』と集まって提案を考え、本部長に提言しています。本部長も、良い提案に対してはGoサインを出さないわけにゆかないですからね」とのこと。
また、この変革ファシリテーターの方は、どんな提言を期待しているのか、本部長から徹底的に聞き出して、ワークシートをあらかじめ作成しておいたこともあるそうである。そして、メンバーで行う討議自体は、このシートにとらわれずにどんどん現場の智恵をぶつけあってもらい、飛び交う貴重な事実やアイデアを拾い集めてワークシートに落とし、それを提言に用いた。もちろん、本部長はGoサインを出したそうである。
トップの性分を与件として織り込んだ上で、自分たちがいかにワークアウトをうまく使うか、を懸命に工夫した事例ではないだろうか。
□教訓その2
(page 63)- ・・・組織の下層にいる人々は、さまざまな理由から経営陣と頻繁にあるいは気軽に交流したがらない傾向がある。その理由のほとんどは現実的な制約でも意図的なものでもない。ある者は、・・・、経営陣は自分たちのような者の意見など聞きたくもないだろうと邪推するかもしれない。
このような態度の一部には、現実的な根拠があるが、そうでないものもある。 - (page 73)
- 何よりもまず重要なのは、どんな組織にも、タウンミーティング(提言後の討議のこと)を模範的に運営するためのすべてのスキルを兼ね備えた完璧な幹部はいないと悟ることである。
・・・「唯一の正しい方法」は存在しない。つまり完璧なタウンミーティングを行える幹部が存在しない以上、不完全なタウンミーティングを行えないという幹部はいない。言い換えれば、どのみち完璧ではないのだから、誰でもタウンミーティングはできることになる。
ここからは、「やってみるまで上の人がどういう行動を取るか分からない」し、「やっていく中で、上の人も少しずつ修練を積んでいくのだ」という教訓が引き出せるだろう。
実際のところ、私の経験では、意外にも前向きに討議に取り組んでくださるトップは多い。上の営業本部長もそうだった。当日は、皆の提言を興味深そうにお聴きになり、斬ってすてるような真似はなさらなかった。
やりもしないうちから「うちのトップは○○なので難しいと思います」と言う我々の逃げ口上は、「情報が十分でないので決められない」と言うトップの言説の構造と、ダブって見える。
□教訓その3
(page 137)- はじめてワークアウトを行う組織の場合、少なくとも最初は、ほぼ必ずワークアウト・コンサルタントとして外部の人間を採用することだ。特に階層的な組織においては、内部の人間にはどんなに能力があっても、強力な幹部の意見を押し戻し、ワークアウトを成功に導けるように幹部たちの態度を改めさせることは難しい。
- (page 276)
- しかし時と共に、この外部コンサルタントの役割は減り、変化していくべきである。・・・徐々に、外部コンサルタントから時々援助やバックアップを受けつつ、社内コンサルタントがリードを取るようにする。
「要所要所では、外部の人間に憎まれ役になってもらおう!」が、3つめの教訓である。
●ワークアウトは本命なのかもしれない
ワークアウト(やワークショップ)が大事なのは分かったので、まずはその基礎スキルを身につけようというわけで、ファシリテーション研修を実施することがある。ただ、どうしても研修だけで終わりがちだ。インプットから入ると、インプットだけで終わってしまう。
そうではなくて、いきなりワークアウトから着手する。そうすると、ファシリテーションスキルをしかるべき人に身につけてもらわないわけにはゆかない。トップも素早い意思決定をする心構えを身につけないわけにはゆかない。アウトプットが求められる状況になれば、嫌でもインプットするのだ。
スキルや心構えを身につけざるをえない環境をまずつくる(これが仕組みづくりというやつ)。しかもしっかりアウトプット=成果にもつなげていく。その観点からも、ワークアウトは、今の多くの企業にとって取り組む価値の高い考え方・やり方だろうと私は確信している。
■参考図書等
- (注1)
- デーブ・ウルリヒ他『GE式ワークアウト』日経BP社
- (注2)
- 沼上幹『組織デザイン』日経文庫(pp. 291-293)
- (注3)
- ワークアウトの意義は素早い意思決定だけではない。
- 自分たちで、部門を横断して考え、課題解決をしていく組織
に育つための仕掛け - 困難な課題に立ち向かい、ストレッチする場
- 真の権限委譲の実現
- 素早い意思決定と、迅速なフィードバックの実践
- これらを通じた、皆が自発的に変革に取り組む機運の醸成
- 自分たちで、部門を横断して考え、課題解決をしていく組織