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Business & Economic Review 2005年07月号OPINION

正社員・非正社員の処遇格差の是正に向けた視点

2005年05月12日 調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員 山田久


1990年代以降、わが国の労働市場は大きな変貌を遂げたが、なかでも最大の変化は非正社員の比率が大きく上昇したことである。役員を除く従業員に占める非正社員の比率は、90年代初めには20%程度であったが、最近では30%を上回っている。

こうしたなか、正社員と非正社員の間の処遇格差が問題になってきた。その是正に向けたこれまでの流れを簡単に振り返ると、93年には「パート労働法」が制定され、事業主の均衡処遇の努力義務が規定された。これに対し、努力義務では実効性が期待できないとして労働組合側が均等処遇の義務付けを主張し、2003 年の法改正を目指して審議会で激論が行われた。結局、法制化は見送られ、指針の改定という形でいったん決着したものの、労働側は引き続き均等処遇の法制化を主張している。

ここまで非正社員の比率が上昇すれば、格差問題は社会的公正の観点のみならず、多くの非正社員を活用するようになった企業のパフォーマンスにも重大な影響を及ぼす。本稿では、正社員・非正社員間の処遇均等化のあるべき方向性について考える。

1 .処遇格差の現状
まず、正社員と非正社員の主な処遇格差を具体的にみておくと以下の通りである。
a.賃金水準の格差?厚生労働省『毎月勤労統計』におけるパートタイマーの時間当たり賃金の正社員に対する割合をみると、約44%にとどまっている。これは所定内賃金の格差にもよるが、非正社員の平均賞与額が正社員対比大幅に少ないことの影響が大きい。
b.社会保険コスト?厚生年金保険や健康保険は、労働時間・労働日数が正社員の4分の3に満たない場合、企業に加入義務は生じないとされている。この結果、パートタイム労働者のケースで、健康保険、厚生年金の適用率はそれぞれ36%、31%にとどまっている(厚生労働省『平成15年就業形態の多様化に関する総合実態調査』)。
c.雇用調整の難しさ?労働契約に期限に定めのない正社員の場合、いわゆる「解雇権乱用法理」のもとで合理的な理由のない解雇が厳しく制限されてきたが、2004年から労働基準法にもこの点が明記された。一方、非正社員については短期の有期契約が多く、期限更新時に雇い止めを行うことで調整が容易である。

もっとも、ここにきて正社員・非正社員の処遇格差の是正につながる動きもみられる。それは、「正社員内の多元化」と「非正社員内の多様化」という二つの方向で生じており、これらが同時に進んでいけば、結果として正社員と非正社員の区分が曖昧化していくものと考えられる。

具体的に正社員の状況からみていくと、いわゆる成果主義賃金の導入により、正社員内部での分化が生じている。かつては「遅い選抜」のもとで50歳ごろまでは年功にしたがってほぼ平等な処遇が行われてきたものが、近年、「やや早い選抜」の傾向が強まり、40歳代で部長職に就く人の割合が増える一方、50歳代前半ではその割合が低下している。

また、非正社員についても様々な形態が生まれてきている。従来型のパートタイマー・アルバイトに加え、契約社員、派遣労働者、請負労働者、個人業務請負といった形で働く人が増えている。企業がパートタイマーを活用する理由としては、コスト削減が挙げられるケースが多いのに対し、契約社員については高度な専門能力を期待するケースが増えている。とりわけ、「インディペンデント・コントラクター」と呼ばれる、個人業務請負のなかでもとくに高度な技能を武器に、プロジェクトごとの業務委託契約を結ぶ人々が登場してきている。このケースでは正社員よりも格段に高い報酬を得ている場合もみられる。

さらに、直接的に正社員・非正社員の二分法を無くす動きも生じている。この面で先行しているのが、一般に非正社員の雇用比率が高い流通業であり、従来概念の正社員・パートの中間形態の導入が実践されている。例えば、ある大手スーパーでは、マネージャーを務める「正社員的パート」が登場する一方、転勤のない「パート的正社員」の制度が設けられている(日本労働研究・研修機構『ビジネス・レーバー・トレンド』2005年1月号)。これは、非正社員が従業員全体の半数近くや過半を占めるようになれば、彼・彼女達のやる気をいかに引き出すかが企業のパフォーマンスを大きく作用するようになるからである。

つまり、経済合理性からみても、正社員・非正社員の隔たりを無くすような力が働きはじめているといえる。

2.「処遇均等化」とは
このように、非正社員と正社員の処遇格差が是正される方向への動きは出てきているものの、全体でみれば依然として大きな格差が残っている状況に変わりはない。そうした状況下、冒頭でみたように、パートの均等処遇をめぐる見解では労使間に大きな隔たりがある。労働側は「均等処遇原則」の確立が急務であると主張する一方、使用者側は「均衡処遇」は必要であるが、労働条件はあくまで労使の自治によって決められるべきであり、ルールの法制化には反対姿勢を示している。労働側の主張に従い、均等処遇原則を強制適用した場合、企業の雇用コストが高まるため、かえって雇用機会が減少する恐れが大きい。一方、使用側の言う通り、完全に労使の自治に任せることで事態の改善が図られるかどうかも疑問である。このように、労使の主張は相容れず、その間には解決し難いジレンマが存在する。

しかし、すでにみたように、経済合理性から見て処遇格差を是正させる力が現実には働き始めている。にもかかわらず、労使間の見解になぜ大きな隔たりがみられるのか。その理由は、現在の正社員に対する処遇や法的保護の在り方が、時代の変化と合わなくなってきているという点に求めることができる。つまり、方向としては「均等処遇」が目指されているが、その目指すべき終着点としての労働市場を巡るルール自体を変える必要があるのである。

したがって、処遇均等化とは非正社員の処遇や法的保護のレベルを単に現在の正社員並みに引き上げることではない。正社員に対する現状の処遇や法的保護の在り方自体を見直した上で、新しい時代の要請に対応したあるべき労働条件の組み合わせに向けて均等化していく必要がある。

ここで、正社員に対する現状の処遇や法的保護の在り方自体を見直さなければならない理由を述べておくと、以下の通りである。

まず、現在の正社員の労働環境(括弧内はそれを保障する法律等)については、a )手厚い雇用保障(解雇権濫用法理、労働基準法)、b )年功賃金(不利益変更法理)、c )労働時間への規制(労働基準法)、d )手厚い年金制度(厚生年金保険法)?が主な特徴として挙げられる。90年代に入るまでこれらが機能してきた背景には、a.高い経済成長の持続による十分な雇用吸収力、b.「夫片働き型」家族モデルの一般化(男性正社員=一家の大黒柱という状況の一般化)、c.定形型・集団型中心の業務内容、d.健全な年金財政?といった状況があった。

しかし、a.低成長経済への移行に伴う事業転換の必要度の向上、b.「夫婦共働き型」「単身型」など家族モデルの多様化、c.労働時間と成果が必ずしも一致しない非定形型・個人型業務の増加、e.少子高齢化を背景とする年金財政の悪化?へと時代が変化してきている。この結果、a )企業による雇用保障責任の履行の困難化、b )家族モデルの多様化による(生活保障の意味での)年功賃金の合理性の相対的低下、c )労働時間管理の多元化の必要性、d )手厚い年金制度の維持の困難化、という事態が進行している。このことは、現状の正社員に対する法的保護の根拠や現実性が徐々に希薄化していることを意味しているといえよう。

3.新しい労働者保護の考え方
では、新しい時代に適応したあるべき労働者保護の考え方とはどのようなものか。その基本は以下の4 点に集約できる。
a.雇用保障そのものよりも、雇用機会の提供・能力開発支援に重点をシフトする
b.年功賃金を守るよりも、仕事と家庭生活の両立支援に重点をシフトする
c.直接的な労働時間管理よりも、安全配慮・健康管理義務の強化に重点をシフトする
d.年金制度を守って企業の雇用インセンティブを低下させるよりも、働く機会を増やして年金制度の必要性を低下させる

つまり、正社員については、企業の雇用責任や年功賃金を保障する義務を軽減し、労働時間規制を緩和、厚生年金制度については縮小せざるを得ないであろう。他方、雇用差別禁止についての取り締りを強化し、企業の能力開発責任や安全配慮・健康管理義務、家庭生活に配慮する義務を明確化・強化することが必要である。なお、労使の自主的選択として、長期勤続を奨励したり、手厚い企業年金を選択することは十分にあり得るし、いわゆる中核人材・基幹人材に対してはその方向性がむしろ求められるであろうことは言うまでもない。また、経営基盤の弱い中小企業に対しては、能力開発責任・家庭生活配慮義務に対する政策的支援を十分に行うべきであろう。

以上のような基本的な考え方を踏まえ、主な個別の論点について敷衍すれば以下の通りである。

【解雇法制】
事業環境の変化スピードの加速に伴う雇用保障の困難化や、正社員の雇用保障が非正社員を必要以上に増やしているという問題を勘案すると、解雇規制については緩和する方向で考えることが適当であろう。しかし、企業価値創造のための生産要素としての人材の重要性が一段と強まっていることを勘案すれば、より重要なのは、労使の自治によっておのずと合理的な「退職のマネジメント」?労使が信頼感を損なわない形で雇用契約を解消できるための手続き?が構築されていくことである。
ただし、解雇の自由を弱者保護の最後の砦である法律に明記するのは少なくとも現時点では時期尚早と考える。セーフティーネットが十分でない現状で、心無き経営者が安易に解雇することを奨励する結果にもなりかねず、社会を大きく混乱させる恐れがあるからである。なお、整理解雇が妥当とされる要件については、「整理解雇の必要性」についての公的介入はできれば避け、「人員選定の合理性」「労働者代表との十分な協議」について重視していくべきであろう。「解雇回避努力」については、正社員の雇用保障のために非正社員の解雇や雇い止めが不当に優先されることのないよう考慮されるべきである。

【不利益変更法理】
不利益変更法理とは、就業規則の変更等を通じて賃金カットなど労働条件が従業員側に不利に変更される場合、「合理性」がある場合に限って、その変更に反対する従業員に対しても拘束力を認めるという判例法理である。年功賃金の是正にあっては、その不利益変更が「合理性」を持つかどうかが問われることになるが、その際「代償措置」「移行措置」の有無が重要なポイントとなるほか、その変更に「高度の必要性」があるかが問われることになる。
これまでの判例においては、この「合理性」の判断について、現実を踏まえたほぼ妥当な解釈がなされてきたといえようが、判例法理は予測可能性が低く、また、現実には法廷闘争には至らなくても不当に労働条件を悪化させているケースも見られるだけに、何らかのルール化を図ることが望ましい。この点につき、現在、労働基準法とは別の民事上のルールを定める「労働契約法」を新たに設定することが検討されているが、前述の解雇に関するケースも含め、新しい時代に適応したあるべき労働者保護の考え方に従ったルールの明確化がなされることが期待される。

【社会保障制度】
現行の社会保険方式の厚生年金制度は、企業の雇用インセンティブに対して深刻な影響を与えており、年金負担の有無から、正社員から非正社員への雇用シフトを必要以上に加速させている。その意味で、年金制度の均等化については、現行制度を前提にパートタイマーへの適応範囲を広げてしまうと、雇用量を減らしたり、より労働条件の悪い雇用を増やしてしまう恐れが大きい。
したがって、まず行うべきは、a.一元化された税方式の公的年金制度(一定以上の高所得層への給付は停止)の創設、b.厚生年金制度の段階的縮小、c.確定拠出型年金の拡充、を3本柱とする抜本的改革のビジョンの明確化であろう。なお、一元化された公的年金の水準については、税負担や所得再配分機能とのかかわりで国民的議論を経て決定されるべき問題である。いずれにしろ改革後のあるべき姿に向かって均等化を行っていけば、非正社員は一元化された税方式の公的年金で等しく最低保障がなされるとともに、確定拠出年金により上乗せが可能になる。一方、現在の正社員の公的年金給付水準は低下することがあり得る(最終的には公的年金の水準をどうするかについての国民的議論の結果による)が、雇用における年齢差別の禁止、企業における雇用管理の多元化、等を推し進め、高齢であっても就業意欲と能力があれば働ける環境作りが不可欠である。

【能力開発支援】
職業能力の開発は、企業による能力開発機会の提供と個人による主体的な取り組みの共同作業である。その意味で、まずは何よりも働く機会が与えられることが大前提となるが、その上で一つのアイデアは、国が学校教育を終えた若者に対して「能力開発手帳」を交付し、これに能力開発計画と職歴・実績を記録していくことを奨励する。その際、能力開発計画と毎年の仕事内容・実績を個人が記録することに企業が協力することを義務付ける。
また、能力開発の際のメルクマールとなるような社会横断的能力開発認定制度を、イギリスのNVQ を模して創設することが求められる。さらに、アメリカのコミュニティーカレッジのような産官学共同の職業教育システムを整備し、賃金水準の低い非正社員には職業教育バウチャーを発行して、不足しがちな能力開発を積極的に支援すべきである。

【労働時間規制・健康管理義務】
ホワイトカラー業務従事者については、その仕事の性格に鑑みて労働時間規制を緩和していく。一方で、企業の健康管理義務を強化し、ストレスによる心の病や過労死を防止する仕組みを整備する。

【家庭生活支援】
共働きが行いやすい環境作りを目指して、まずは家族機能そのものの回復に資するための育児・介護休暇の取得促進が必要である。働き方の多様化は本来この面ではプラスに寄与するはずである。さらに、核家族化によって脆弱化した「世代間相互扶助」という家族機能を社会的に補完するために、保育・介護施設整備、学童保育拡充・介護保険制度改革など、ハード・ソフト両面で育児・介護を支える仕組み作りが必要である。

4 .「同一価値労働・同一賃金」の実現
以上でみてきたような新しい時代の要請に対応したあるべき労働条件の在り方を示すと同時に、その方向に向けて企業が主体的に「同一価値労働・同一賃金」を実現していくことで初めて処遇均等化は達成される。その意味で、処遇均等化に向けての企業の意識的な努力を誘導すべく、「均等処遇配慮義務」の法制化が検討されて良いであろう。

ただし、「同一価値労働・同一賃金」の実現のためには、もう一つの条件として、賃金決定の仕組みに関し「職種別賃金」が形成されることが必要であり、さらにその前提として「職種別労働市場」が整備されることが不可欠である。「内部労働市場」における序列から決まる正社員の職務内容や賃金と、「外部労働市場」の影響を大きく受ける非正社員の職務内容や賃金との間に共通の基準を設けるためには、企業の枠を超えた職種別の労働市場を社会横断的に整備することが前提となるからである。実際、欧米諸国では職種別労働市場が存在し、これが賃金決定に大きな影響を及ぼしている。

さらに、そもそも「同一価値労働」が具体的に何を意味するかに関して労使が共通の認識を持つためには、個々人の職務の内容がある程度明確にされることが必要となる。「職務」とは「職種」と「職位」のマトリックスで決まるものであるため、職務内容を定義する前提として、職種別労働市場の存在が必要となるということもある。

「職種別労働市場」「職種別賃金」の形成については、現在進行中の「職務・業績型」賃金制度への移行の流れがフォローになる。政策的には、職種別賃金統計を整備することや、前述の社会横断的能力認定制度(日本版NVQ )の創設も有効である。