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アジア・マンスリー 2018年6月号

中国市場の対外開放を促す四つの要因

2018年05月18日 佐野淳也


中国の対外開放策の目的は、激化した対米通商摩擦の緩和だけにとどまらない。国内重点産業の競争力強化や消費拡大、対外プレゼンスの向上も、市場開放を促す大きな要因といえる。

■対米通商摩擦緩和策としての市場開放
習近平国家主席は4月、博鰲アジアフォーラムの開幕挨拶において、①市場参入規制の緩和、②魅力的な投資環境の構築、③知的財産権の保護強化、④輸入の拡大、の4項目からなる市場開放策を表明した。その前後には、対外開放策に沿った取り組みも相次いで発表・実施されている。

習近平政権が輸入や対中直接投資の増加につながる対外開放策を進める最大の目的は、対米通商摩擦の緩和である。
米国のトランプ政権は、中国市場の閉鎖性や知的財産権の保護が不十分といった点を批判し、一部品目での対中輸入関税の引き上げ等の圧力をかけて中国側に早期是正を迫るようになった。これに対し、中国政府はトランプ政権の要求に応じず、制裁措置には制裁措置で対抗する姿勢を示している。

しかし、強硬一辺倒では、対米通商摩擦の激化に歯止めがかからず、中国の輸出減、さらには景気の失速をもたらしかねない。また、中国の貿易黒字総額は2016年以降縮小傾向をたどるなか、対米貿易に限れば黒字が拡大基調にあるという事実もある。そのため、米国側の要求を部分的に受け入れ、貿易不均衡の是正に向けた措置を急いで講じる必要があった。

■産業競争力の強化や消費の拡大につなげる狙いも
しかし、こうした消極的な理由ばかりではない。むしろ、今回の対外開放策の狙いには、経済構造改革や協調外交の促進といった前向きな側面があることも大きな特徴である。具体的には、以下の3点が指摘できる。

第1に、産業競争力の強化である。

産業競争力が低い水準の下で対外開放を進めた場合、外資企業に市場シェアを奪われ、多くの地場企業が淘汰される可能性がある。しかし、外資企業との競争力格差が小さい業種を優先して開放するなど、適切な段取りで進めれば、そうしたリスクは軽減される。さらに、対外開放を機に、中国の国有企業、民間企業と外資企業が価格や技術、サービスといった幅広い面で競い合うことで当該業種の産業競争力は底上げされるであろう。

こうした中国政府の意向は、自動車における外資出資制限比率の制限撤廃に端的に表れている。

国家発展改革委員会は4月中旬、製造業の市場開放やネガティブリストの改訂をどのように進めるのかについての方針を示した。それによると、新エネルギー車の外資出資比率制限の撤廃時期は年内、その他の商用車は2020年、乗用車は2022年に設定された。新エネルギー車の参入制限撤廃がガソリン車より早い理由には、新エネルギー車における外国メーカーと中国メーカーとの競争力格差が小さいことがある。また、大気汚染の改善や省エネの実現に向け、中国政府は新エネルギー車を産業振興の重点と位置付けていることも一因に挙げられる。もし、対米通商摩擦の緩和のみが目的であれば、米国のメーカーが競争力を有するとともに、産業政策のなかで優先順位が下がっているガソリン車の開放を先行させていたはずである。
第2に、消費の拡大である。

GDPに占める個人消費の割合は近年上昇し、中国経済のけん引役は投資から消費にシフトしつつある。先進国と比べて消費の割合がなお低位にとどまっていることを踏まえれば、今後も消費主導色が強まると予想される。一方で、中国製品だけでは高まる需要に応えきれないという問題も起きている。例えば、中国の消費者は海外旅行の土産として、化粧品や紙おむつ、洗浄便座などを大量購入している。こうした状況を踏まえ、輸入関税の引き下げや非関税障壁の緩和といった消費財輸入の拡大策が続けざまに実施されている。

第3に、対外イメージの向上である。

トランプ政権による保護主義的な通商政策、過度な自国第一主義に基づく言動とは対照的に、習近平政権は2017年以降、貿易・投資の自由化推進、国際協調路線を前面に打ち出している。しかも、博鰲アジアフォーラムのような国際会議を活用し、市場開放を世界に向けてアピールするようにもなった。一連の取り組みは、外資企業向けの市場参入障壁が高い、知的財産権の保護を重視しないといった海外の対中イメージの改善につながるであろう。中国に対する支持を増やし、対米通商交渉を有利に展開する効果も期待される。

■対外開放は継続の公算大
今後の見通しとして、習近平政権は対外開放策をさらに加速させ、中国市場の開放が一段と進む公算が大きい。5月上旬の米中二国間交渉では具体的な進展はみられず、今後の交渉も難航が予想されるものの、いずれ米中の折り合いがつき、通商摩擦は改善に向かうと見込まれる。その場合、対米通商摩擦の緩和策として、市場開放を進める必要性は後退するかもしれない。もっとも、習政権は、今世紀半ばまでに国際経済秩序の形成で世界をけん引する国になることを国家目標に掲げている。この目標を実現すべく、中国政府としては、二国間交渉の結果や米国のグローバル戦略の見直しにかかわらず、中国市場の開放を進めた方が世界各国の支持を獲得し、米国に代わって世界のリーダーに近付くと考えている公算が大きい。産業競争力の強化や消費の拡大も引き続き、対外開放を促す原動力になるとみられる。

景気が急減速すれば、対外開放路線が見直される可能性はあるものの、中国政府の見込み通り緩やかな減速ペースに軟着陸できるのであれば、中国の市場開放は今後も継続する可能性が高い。
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