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アジア・マンスリー 2017年9月号

日本の対東アジア農産物・食品輸出拡大に向けて

2017年08月22日 大泉啓一郎


わが国の農産物・食品の輸出は順調に拡大してきた。輸出全額の7割を占める仕向先である東アジアでは所得水準の上昇が追い風になって、工夫次第で輸出はさらに拡大する可能性がある。

■わが国の農産物輸出は4年連続で増加
2016年のわが国の農産物・食品の輸出額は前年比0.7%増の7,502億円と、4年連続の増加となった。近年、政府は「日本再興戦略」の一つとして農産物の輸出促進に注力してきた。2016年5月には「農林水産業の輸出力強化戦略」をとりまとめ、官民が一体となった取り組みを加速させることで、2019年に同輸出額を1兆円に引き上げるとした。

これまでの日本の農産物・食品輸出を振り返ってみると、1980年代以降に東アジア(中国、韓国、台湾、香港、ASEAN加盟10か国)向けの比率が高まり、2000年代以降は金額ベースでも急増してきたことがわかる。2016年時点で輸出額が最も大きいのは香港で、第2位の米国を除けば、第3位以下にも、台湾、中国、韓国、タイ、ベトナム、シンガポールの順で東アジア諸国・地域が並んでおり、シェアでは約7割を占める。

■所得水準の向上で変わる農産物・食品輸入の内訳
東アジア向け農産物・食品輸出の増加には、政府の施策のほかに、同地域の急速な経済成長に伴う市場拡大によるところが大きい。たとえば、東アジアの名目GDPは、2000年の2兆9,160億ドルから2016年には16兆280億ドルへ5倍以上増加した。この経済規模は、2016年時点で日本の3.2倍に相当する。これに伴って東アジアの農産物・食品の輸入も2000年の465億ドルから2010年に1,662億ドル、2016年には2,584億ドルに増加している。IMFの見通しでは2022年に東アジアの経済規模は日本の4.6倍に拡大する。これを基に試算すれば、東アジアの農産物・食品の輸入は4,130億ドルに達する見込みである。

農産物・食品輸入の内容も大きく変化している。たとえば、2005年と2016年を比較すると、輸入額全体は3.2倍に増加したが、果実類が5.5倍(191億ドル)、肉類が5.3倍(83億ドル)、コーヒー豆類が5.2倍(30億ドル)、野菜類が4.1倍(82億ドル)と増加が目立つ。これらは所得水準の上昇に伴う食生活の変化によるものと考えられる。

■市場別の戦略が輸出拡大の鍵
2016年の東アジアの農産物食品輸入全体に占める日本のシェア1.5%に過ぎず、拡大の余地はまだ大きい。ただし、東アジアの農産物・食品輸入の増加を、日本からの輸出につなげるためには、きめ細かな戦略が必要となる。これを補助するものとして、日本政府は、各国・地域の輸入制約と日本食材のブランド・浸透度の観点から、東アジアの国・地域を中心に分析した『国・地域別の農林水産物・食品の輸出拡大戦略』を作成し、ホームページで公開している。これによれば、①輸入の制約が比較的小さく、日本食材の浸透度が高い「定着市場」(香港、台湾、シンガポール)、②日本食材が比較的浸透しており、今後の伸びも期待される「有望市場」(タイ、マレーシア、ベトナム、フィリピン)、③日本食材への認知度は高いが、輸入に関する制約が大きい「制約市場」(中国、インドネシア、韓国)、④現段階では所得や規制などの制約が大きいが、将来的な可能性がある「開拓市場」(ミャンマー、ブルネイ)に区分される。

■さらなる輸出拡大への視点
先行き農産物・食品輸出を一段と拡大していくには以下の視点が重要と考えられる。
第1は、日本ブランドの強化である。日本食は世界無形遺産に指定されたことに加えて、増加する訪日外国人観光客を通じて、そのブランドがアジア全体で広まっている。東アジアからの観光客は2010年の650万人から2016年には2,000万人を突破し、観光庁『訪日外国人の消費動向』によれば、日本食を堪能することが主要な観光目的の一つとされている。こうした流れを踏まえて、輸出拡大につなげる取り組みが必要となろう。

第2は、東アジアで広まる電子商取引(Eコマース)の取り込みである。東アジアの携帯電話の契約件数はラオス、ミャンマーを除き、すべての国で人口総数を上回っている上、現在安価なスマートフォンに置き換わっている。それに伴い、スマートフォンからインターネットを通じた物品の購入は日常的なものになりつつある。

第3は、日本企業の高い冷凍運輸技術の活用である。物流では各国のインフラ整備状況が問題となるが、高価な日本の農産物・食品を購買する高所得者が居住する大都市周辺の空港、道路、倉庫などのインフラ整備は格段に進んでいる。香港・シンガポールに向けては、冷凍便を活用した農産物・食品輸出がすでにはじまっており、東南アジア全体でも徐々に広がっている。中国では、同国のインターネット通販大手が日本の運輸会社と提携し、産地から24時間以内に届ける生鮮食品の販売に乗り出した。

日本の農産物・食品輸出は「攻めの農業」に転じるべきだという主張があるが、その重要市場としての東アジアへの輸出拡大の条件が整ってきたことを見逃すべきではない。
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