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アジア・マンスリー 2015年11月号

【トピックス】
タイ・プラユット政権の景気刺激策と中期成長戦略

2015年10月30日 大泉啓一郎


プラユット政権は2015年8月に内閣を改造し、その直後に農村と中小企業支援、外国企業の誘致を柱とする景気刺激策を発表した。また政権が実質上長期化するなかで中期成長戦略の策定にも着手した。

■大型景気刺激策を発表
タイの2015年4~6月期の実質GDP成長率は、国内の干ばつと家計債務の増加を背景とする個人消費の伸び悩み、農産物価格の低迷と中国経済の減速を受けた輸出の鈍化などから前年同期比+2.8%と、1~3月期の同+3.0%から若干減速した。これを受けて、NESDB(国家経済社会開発庁)は2015年の実質GDP成長率の見込みを+3.0~+4.0%から+2.7~+3.2%に下方修正した。

2015年に入って消費者信頼度指数は下降傾向をたどり、輸出も前年比マイナスが一貫して続いている。こうしたなか、プラユット暫定政権は、8月19日に内閣改造を実施し、経済担当副首相をプリディアートン氏から、国家平和秩序維持団(NCPO)の経済顧問ソムキット氏に交代、景気刺激策の立案に入った。ソムキット氏は、かつてタクシン政権初期のブレインとして通貨危機後低迷するタイ経済を復興に導いた経験を持ち、その手腕に注目が集まった。

9月に入って2つの景気刺激策が発表された。その第1は、農村を中心としたコミュニティ支援を目的とするもので、村落基金を通じた無利子融資、タンボン(地方行政)レベルでの予算付与、小規模公共事業などに、総額1,360億バーツを投じる(9月1日閣議決定)。

第2は、中小企業支援を目的とするもので、低金利融資枠(1,000億バーツ)と信用保証枠(1,000億バーツ)の設定、新規企業設立基金(60億バーツ)の設置と法人税の減免措置を行う(9月8日閣議決定)。

さらに、外国企業誘致を促進することを目的に、ハイテク産業やR&D活動に資する優良案件を対象として法人税減免期間の最長期間を従前の8年から13年に拡大する方針を示した。加えて、早期に投資を実現した案件や経済特区(SEZ)への案件にも、追加的な法人税優遇措置を適用する見込みである。他方、地域を限定して自動車、電子電機、環境関連、デジタル関連、食品加工、繊維・衣料などの産業集積地の育成にも乗り出す。

このように、農村・中小企業の活動に対する融資(補助金ではない)を通じて国内経済を底上する一方で、外国投資を選別的に優遇して国際競争力を強化するという政策は、タクシン政権時代のデュアル・トラック(2軸)政策を彷彿させる。プラユット政権が低迷する景気回復を優先した結果であり、同政権の現実主義をうかがわせる。

■中期開発戦略に着手
他方で、プラユット政権は、中期的な視野に立った独自の開発戦略にも着手し始めている。

2030年まで前年比+3.3~4.3%の実質GDP経済成長率を維持し、2026年には世界銀行が定義する「高所得国」への移行を目標に据えた。これを実現するための基礎固めとなる「第13次国家経済社会開発計画(2017年~21年)」の策定に着手している。なお計画中の輸出の伸びは前年比4%以上、民間投資は同7.5%、公共投資は同10.0%を目標値とした。

そのなかで、カンボジア、ラオス、ミャンマーの国境地域に経済特区を設置し、地域経済の活性化に取り組むこと、同時に、国内の交通インフラを整えることで、インドシナ半島のハブ化を目指す。そのために、長年実施されなかった約2兆バーツ(約7兆円)の交通インフラ整備をスタートさせる。インラック政権が海外からの借入に消極的だったのとは対照的に、バンコク-チェンマイ間の新幹線については日本の支援で、バンコク-ノンカイ間の高速鉄道については中国の支援によって進められる予定である。

さらに、成長戦略だけでなく、政局不安の遠因になった所得格差の是正にも積極的に取り組む。たとえば、アピシット政権下で法律が成立しながら、インラック政権が見送ってきた国民貯蓄基金を稼働させた。これは社会保障制度の枠外にあった自営業者や農民を対象とする年金制度で、これにより一応国民皆年金制度の枠組みが完成した。

また、長年議論されてきた相続税の導入についても、すでに国家改革会議(NRC)で採択されており、2016年1月から施行される見込みである。

2015年9月16日、新憲法案が国家改革会議で否決されたことで、民政移管のスケジュールは、憲法起草委員会の設置からやり直すことになった。ウィサヌ副首相によれば、新憲法起草に6カ月、国民投票の準備と実施に4カ月、憲法付属法の制定に6カ月、総選挙の準備と実施に4カ月を要するという。これに従えば、総選挙を経て新政権が発足するのは2017年半ば以降にずれ込むことになる。つまり、2014年8月に発足したプラユット政権は、事実上約3年間、経済社会運営を担うことになる。

タクシン政権が軍のクーデタで崩壊した2005年以降、タイでは政局不安が続くなかで、景気刺激策は補助金付与によるバラマキの性格を強め、また必要であるにもかかわらず大型インフラプロジェクトは見送られ続けてきた。皮肉なことに、暫定政権であるプラユット政権下で、さまざまな政策と計画が動き始めた。これは危機に瀕した際に、建前よりも現実的な政策を優先するタイの伝統的な政治手腕の発揮と、とらえるべきかもしれない。いずれにせよ、タイで事業展開する日本企業には、民政移管の遅れなどの政治問題だけでなく、今後発表される政策をフォローし、ビジネスチャンスを的確にとらえていく姿勢が求められる。
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