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アジア・マンスリー 2015年8月号

【トピックス】
株価急落で不透明感高まる中国の国有企業改革

2015年07月29日 三浦有史


中国では国有企業改革が打ち出されるなど、国有企業を取り巻く環境が大きく変化している。しかし、株価急落によって改革のシナリオは行き詰った。習近平政権の次の一手が注目される。

■国有企業を取り巻く環境が変化
習近平政権は2014年から国有企業改革に着手し、2015年を改革加速の年と位置づける。改革は、①国有企業の株式や資本の一部を民間に売却する混合所有制の推進、②大規模国有企業を国有資本投資会社という持ち株会社に改組し、国有資本の効率を引き上げる国有資本管理体制の整備、③公共性の高低に合わせ国有資本を再配置するとともに、企業統治の向上を図る現代的な企業制度の整備の3つを柱に進められている。

混合所有制は国有企業と民営企業の双方に利益のあるウイン・ウインの関係が成立するとされ、中央と地方政府の双方で取り組みが広がっている。中央政府管轄の大手石油会社は、製品販売を手掛ける子会社の株式の3割を売却し、内外の25の投資家から1,071億元を調達した。地方では、広東省が2020年までに国有企業の8割を混合所有制に変換し、交通・運輸、建材、冶金、鉱物、電力、旅行、金融・投資、医療・衛生など13の業種で1,000億元の民間資本を呼び込むという高い目標を掲げた。

国有資本管理体制の整備では、中央だけでなく地方政府レベルでもいくつかの企業が国有投資会社に改組するよう指定されている。国有資本投資会社の役割は、「牧羊犬」のように「羊飼い」(国有資産監督管理委員会)が「羊」(国有企業)を管理するのを補佐する役割を果たすことにあるとされる。国有資本投資会社には、①収益を重視する「金融性」投資会社、②公共財・サービスを担う「政策性」投資会社、③市場競争が望ましい「実業性」投資会社の3タイプがあり、①では資本効率の向上、②では政策目標の実現、③では両方を達成することが期待されている。

現代的な企業制度は、プロの経営者の起用や業績連動型の報酬制度の導入などを含む多様な概念であるが、中国では国有企業が独占・寡占してきた分野の民間開放が先行して進められている。公共性の高い分野に国有資本を集中する一方、それ以外の分野では混合所有制などを通じて国有資本の割合を減らし、資源配分における市場の役割を強化するというのが民間開放の狙いである。部分的ではあるが、移動通信、インターネット接続、航空、金融で開放が進められている。

政府は官民パートナーシップ(PPP)や中央政府管轄の大規模国有企業の合併にも積極的に取り組んでいる。これらは国有企業改革には当たらないものの、国有企業を取り巻く環境の変化という点では、同改革と同様の重要性を持つ。PPPは地下鉄の建設など、大型インフラ・プロジェクトを含む野心的な内容となっている。一方、大規模国有企業の合併は鉄道車両製造2社の合併が終わり、今後、発電および航空分野で合併が進められる見込みである。政府は合併を加速し、現在111社ある国有資産監督管理委員会傘下の企業を今後5~7年で30~50社に減らすとしている。

■株価急落により改革シナリオに狂い
一連の政策が打ち出された背景には、潜在成長率と投資効率が低下するなかで、国有企業の資本効率も低下するなど、成長の持続性が損なわれることに対する強い危機感がある。国有企業(金融機関を除く)の総資本回転率は、2006年をピークに低下傾向にある。その主因は中央政府管轄の国有企業の総資本回転率の低下にあり、2015年にはリーマン・ショック時の水準まで落ち込むと予想される。

総資本回転率の低下は国有企業が収益を生まない資本を増やしていることを意味する。国有資本を公共性や収益性の点から改めて見直し、国有である必要性が高くない部分については国有企業改革を通じて効率向上を図るというのが政府の狙いである。大規模国有企業の合併も、政府は重複投資を回避することで競争力を高めることができるとしており、資本効率向上の延長線上にある政策といえる。一方、PPPは「地方融資平台」と称されるルーズな資本調達媒体によって拡大した地方政府の財政赤字に歯止めをかけながら、社会資本の整備を進めようとする政策といえる。

政府は改革を加速させるため、年央には中央政府管轄の国有企業の分類、国有資本投資会社の設置、混合所有制改革、従業員持ち株制度の詳細について明らかにするとしていた。国有企業の分類とは、市場競争を原則とする企業、公共性の高い企業、重要な産業に携わる企業の3つに分けることを意味し、その概念は上述した国有資本投資会社の分類と概ね一致する。しかし、6月中旬以降の株価の急速な下落を受け、発表は延期されている。

株価の下落が、何故、国有企業改革に影響するのか。両者の間には一見すると何の関係もないようにみえるが、混合所有制と「金融性」投資会社や「事業性」投資会社は、対象企業の上場を前提に進められてきた。大規模国有企業の合併も同様で、合併が決まった企業の株価は現代版シルクロードとされる「一帯一路」と関係するインフラ関連銘柄とともに6月中旬まで株式市場を押し上げる役割を果たした。しかし、株価下落を食い止めるため新規株式公開が停止されたことを受け、国有企業改革と企業合併は行き詰ることとなった。

株価が落ち着きを取り戻せば、一連の政策を再開することができるのか。問題はそれほど単純ではない。中国の株式市場は、今回の急落で機関投資家が少なく、個人投資家の思惑が反映されやすい、また、信用取引により株価の上昇および下落局面で振れ幅が大きくなるなどの問題を抱えていることが明らかになった。政府は、証券会社に上場投資信託の購入を求めたり、売買を停止したりするなどして、株価下支えを図ったものの、上場を前提とする改革は中国の株式市場特有の不安定性を解消することなしには進められない。

株式売却やPPPなどを通じて民間資金を動員するには、それを試みる企業やプロジェクトの質を向上させることも不可欠である。混合所有制は今のところ国有企業にとって都合のいい部分を、都合のいい割合で売却するだけにとどまっており、民間企業の期待に沿うものになっていない。PPPも同様で、民間資金を取り込もうと収益率を過大評価したものが少なくないという批判もある。国有企業を巡る環境の変化は、政府が間接金融から直接金融へ、政府から市場へと資源配分のメカニズムを抜本的に変えようとしていることを示唆する。成長率の鈍化が予測されるだけに、改革の停滞は許されない。習近平政権はどう動くのか。次の一手が注目される。
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