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アジア・マンスリー 2011年7月号

【トピックス】
タイで深刻化する労働力不足

2011年07月01日 大泉啓一郎


タイで労働力不足が深刻化している。その背景には少子高齢化の進展と、製造業と農業の賃金格差の
縮小がある。これに対して、政府は外国人非熟練労働者の就労規制を大幅に緩和する動きをみせている。

■過去最低の失業率
タイの失業率は、2009年以降低下傾向にあり、2011年3月には0.7%と過去最低の水準になった。一般的に、途上国・新興国の失業率は、都市部の失業者しか対象としておらず、地方・農村に滞留する余剰労働力の実態を見落としているとの批判がある。たしかに、タイの労働市場は、先進国と同様に完全雇用の状況にあるわけではなく、失業率は低いものの、農村では多くの余剰労働力を抱えているのが実態である。
しかし、失業率が低水準にあるということは、都市部では労働市場がひっ迫していることを示すものにほかならない。とくにタイでは農閑期に農村から都市への出稼ぎ者が増えるため、失業率は農閑期に高くなるという特徴があるが、農閑期であるはずの3月の失業率が過去最低の水準を記録したことに注意したい。地方・農村から都市部への労働移動がなんらかの要因で制限されていると考えられ、それはタイの労働市場が大きな屈折局面にあることを示しているかもしれないからである。
労働力不足は、タイに進出する企業の事業運営上の課題となっている。バンコク日本人商工会議所の「タイ国日系企業景気動向調査」では、経営上の問題点として「ワーカー・スタッフの人材不足」をあげた企業の割合が、2010年春期22%、同秋期30%、2011年春期34%と上昇傾向にある。同商工会議所は、2011年5月、政府に人材の確保を要請した。

■少子高齢化と賃金格差の縮小
都市部や製造業での労働力不足には、以下の2点が影響を及ぼしていると考えられる。
第1が、少子高齢化の進展である。2010年のタイの合計特殊出生率(女性が生涯に出産する子供の数)は1.6を下回っており、先進国並みに低い。2005-06年のサンプル調査によれば、バンコクのそれは、0.88でしかない。また地方・農村でも合計特殊出生率が2を下回る地域が多く、若年労働力の人口は少ない。このことが若年層の労働供給力の低下につながっている。他方、高齢化では、農村の余剰労働力の中心であるベビーブーム世代が30~45歳に達していることに注意したい。これらベビーブーム世代の都市部への移動、製造業など非農業への転職は、加齢とともに困難になっていると考えられる。つまり地方・農村は、余剰労働力を抱えつつも都市部、製造業への供給能力を低下させているのである。
第2が、製造業と農業の賃金格差の縮小である。タイ中央銀行作成の産業別賃金水準統計によれば、製造業の月平均賃金は2001年の6,164バーツから2010年に7,983バーツに上昇したのに対し、農業のそれは2,284バーツから4,199バーツへ上昇した。その結果、賃金格差は縮小している(右図)。とくに近年は、農産物の価格上昇により農家の可処分所得は上昇した。賃金格差が労働力移動に影響を及ぼすと考えるならば、都市部や製造業が地方・農村から労働力を引き付ける力が低下していることになる。

■外国人非熟練労働者規制を緩和
したがって、都市部や製造業の労働力確保に、賃上げは避けられない状況になってきた。しかし、わが国企業のタイ進出の最大の理由は、「安価な労働力」の活用である。JBIC(国際協力銀行)の2010年度アンケート結果では、回答企業中44.7%が「安価な労働力」をタイ進出の魅力とした(複数回答)。この点は、日本企業だけでなく、地場企業も同様である。タイの食品加工業は、競争力維持のためには100万人の労働力の確保が必要と政府に訴えた。
政府は、持続的な成長の維持には、安価な労働力に依存した成長路線から脱しなければならないとしながらも、当面の景気の維持のためには、やはり労働力不足への対処が重要であると強く認識している。5月、NESDB(国家経済社会開発庁)も、競争力強化策のひとつに、労働力不足への対応をあげ、具体策を検討している。
そのひとつとして、タイ政府は、近年、外国人非熟練労働者に対する規制を大幅に緩和してきた。たとえば、ミャンマー、ラオス、カンボジアから200万人に及ぶ不法労働者が滞留するが、政府はこれらに登録を条件とし時限付で就労を認めてきた。さらに、これは2011年2月に終了する予定であったが、5月に再登録を行い、さらに1年間の就労を認めている。
その一方で、政府は、近隣諸国から正式に労働者を受け入れる計画である。しかし、その実現は、当該国の移民規制と複雑な手続きに阻まれ、容易ではない。たとえば、タイ政府は、ミャンマー政府に10万人の労働力の供給を要請したが、正式な手続きを経てタイに入国したのは、2,000人程度にすぎない。現在、バングラデシュ、インドネシアからの労働力の確保を検討している。
外国企業に対しても規制を緩和する動きが出てきた。2010年10月、BOI(投資委員会)は、①投資から20年以上が経過していること、②資産総額が100億バーツ以上であること、③総労働者数が1万人以上であること、④免税恩典措置の期間が終了した製造業であること(農業、サービス業は対象外)、⑤非熟練労働者の雇用数が新規雇用者の15%以下であること、⑥BOIへの事前認可申請書を提出していることなどを条件に、外国人非熟練労働者の雇用を認めると発表した。この条件をクリアーして、外国人非熟練労働者を雇用できる企業はまだないものの、この規制緩和の発表は、外国企業の労働力不足について、タイ政府が真剣に検討し始めていることを示すものであり、規制緩和の第1歩とみてよいだろう。
もっとも、わが国と同様、外国人労働者の正式採用には、様々な問題が付随する。たとえば、異なる言語でいかに技術指導を行うか、労働者の福利厚生をどのようなものにするかなどがある。これらは、外国企業にとって単独で解決できる問題ではなく、タイ政府とともに対策を検討していくことが不可欠である。
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