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イノベーションとコンプライアンスのジレンマ

2010年12月27日 佐久田昌治


1.はじめに~科学をイノベーションに繋げる際の思わぬ伏兵~

「イノベーション」と「コンプライアンス」は最近よく耳にする言葉である。二つとも企業活動のクリーンなイメージを代表する言葉である。「イノベーションを通じて企業の競争力を高め、社会に貢献する」「コンプライアンスを徹底的に追求し、社会の信頼を得る」のような使い方をされる。
イノベーションは「社会と経済を前向きに変革していく」ことを意味し、コンプライアンスは「法令を忠実に遵守して、決して社会を裏切らない」ことと理解されている。
この二つのまったく異なる概念が最近の日本の社会、とりわけ企業活動に複雑な影を落としている。本来、二つの概念は決して矛盾するものではないが、現実にはコンプライアンスへの過剰な意識がイノベーションを阻害している状況がかなり存在するのではないかと思う。少なくとも、思考の範囲を著しく狭めているケースがあるのではないか。

2.最近の世界のイノベーション競争~法への柔軟な対応が成否の決め手~

現在のIT産業における米国の新興勢力の代表格であるGoogle、Apple、Amazon、Microsoft、Intelなどの事業は、ITの先端技術を駆使して世界のマーケットを完全に支配することを意図している。これら企業には、ビジネスの「大きな構想力」が共通しているが、もう一面で、Google、Apple、Amazonなどでは、著作権に関わる法との関係で、極めて微妙な要素が多い。端的に言えば、「法的にきわどいビジネス」であり、現実に米国や欧州で裁判になっているケースが多数存在している。しかし、見方を変えると「法に対する挑戦的かつ柔軟な取り組み」が注目されるのである。
はたして、日本企業にこのような大胆なビジネスを構想し、実行に移すだけの力はあるのだろうか?この分野の主導権を米国企業に永遠に明け渡さねばならないのだろうか?

Apple社は、iPodやiPhoneの開発を通じて、本来日本企業が強みを持っていた音楽配信事業を支配した。音楽に関する著作権に膨大な問題との調整を図りながら、実質的な事業展開を進めた。事業のスタート時点では著作権との整合は大きな課題であったはずである。新しいiTunes のシステムでは、ユーザが音楽データを購入してiTunes上に直接ダウンロードできる iTunes Music Store を導入した。iTunes Music Storeから購入した音楽はアップル社のデジタル著作権管理 (DRM) によって保護されている。

ヨーロッパ各国では「著作権侵害」として、iTunesに対する裁判が行われたが、結論としては侵害に当たらないとの結論で今日に至っている。もし、「著作権法」を「絶対の制約」として考えるなら、この事業はスタートから不可能であった。
Google社は圧倒的な大量データ処理システムをベースとして巨大な検索エンジンの事業を確立した。この段階では、あくまでインターネット上の情報のみを対象としたので、「法との整合」などをそれほど深くする必要はなかった。しかし、その後、書籍のデジタル化、書籍の検索サービスを開始するに至って、著作権問題と正面からぶつかることとなる。

さらに、同社が最近買収したYouTubeに至っては、著作権の侵害が最初の段階から明らかなシステムである。YouTubeの対策は「要請があればすぐに削除する」ことであった。
もともと、Google社はGoogle-EarthやGoogle-Street-viewなど、個人のプライバシーや肖像権を侵害するリスクを抱えながら、ビジネスとしての展開を巧妙に図った。
これ等先進企業の事業の多くに共通するものは次の2点である。

①既存の法令との整合(コンプライアンス)を柔軟に考えて戦略を構築。
②想定されるリスクを大胆な戦略で乗り切る

3.日本企業の活動との対比:重要な差「コンプライアンス」

3.1 日本企業との対比

これまでは、欧米のトップクラス企業には「リスクと大胆な戦略」の面で、日本企業が及ばない面があることは認識されていた。しかし、ここ数年の間は、日本企業が意識しない内に「法令遵守」(コンプライアンス)にとらわれ、巨大なビジネスチャンスを失っているのではないかという深刻な懸念がある。多くの日本企業関係者や行政関係者とのディスカッションでは、「コンプライアンスに関わる問題はとにかく避けた方が良い」という極めて消極的な雰囲気が支配的である。
日本社会では、伝統的に相互信頼が重んじられ、法令に対する生真面目な遵守の姿勢が尊重されてきた。また、最近多発している企業のコンプライアンス事例(多くの食品会社、自動車メーカー、金融機関)が社会的な批判を浴びて、企業の存立を脅かす事例が増えているため、コンプライアンスには極めて慎重な姿勢を取ることも致し方ないという面はある。
法令との関係で、柔軟で且つ大胆なイノベーションを発想できない日本企業は、先端技術や先端文化の面で、どうしても遅れがちになっている。

3.2 かつての日本企業の取り組み

このようなコンプライアンスに対する日本企業の慎重な姿勢は、昔から存在したのだろうか。かつての日本企業のイノベーションの成功例には、コンプライアンスを徹底的に守りつつ、法律の壁を勇敢に乗り越えた事例が少なからず存在する。

① 電気ハイブリッド自転車(ヤマハ)
道路交通法における軽車両は、「人力で動かすもの」であり、自転車やリヤカーがこれに該当した。電気ハイブリッド自転車は、当然のことながら道路交通法上は軽車両には該当しない。現実にはペダルを踏み込む力を感知して、その1.3~1.5倍の力を生じさせるものであるが、これらの開発努力を通じて、安全性を通常の自転車と同等であることを立証した。

② 東京ドームをはじめとしたエアドーム構造物(竹中工務店)
我が国の建築基準法では、恒久構造物は不燃材料であることが義務付けられていた。空気膜構造物に用いられる膜材は有機物であり、この点だけを取り上げると「建築基準法」に抵触する構造物であった。研究開発を通じて、通常の構造物以上の安全性を立証して、建築確認を取り、実現した。当時、大半の技術者は「建築基準法上、無理である」と考えていたが、この常識を打ち破るものだった。

③ MD(ミニディスク)(ソニー)
CD(コンパクトディスク)が一般化した後、次の世代の小型メディアを開発する試みの中で、当時の著作権法の制限をクリアする目的で「音を圧縮して更に小型化する」技術にトライした。その結果、開発されたのがMD(ミニディスク)である。多くの技術者はこの解決策が著作権法をクリアする明確な手段とは考えなかったが、当時の経営者の強いリーダーシップで製品化にこぎ着けた。

これらの事例は、法律の表面的な要件にこだわらず、柔軟な発想と活発な開発努力によりイノベーションを実現した事例である。過去における我が国の成功事例の中には、このように法の壁に勇敢に挑戦した事例が存在している。とりわけ、注目すべきは、「トップのリーダーシップ」がこの挑戦を支援しているケースが多い。

4.コンプライアンスにおける課題

コンプライアンスは、市民社会において守るべき企業の当然の規範であり、イノベーションは、様々な競争環境の中で、企業が存続するために進めなければならない当然の目標である。このジレンマが日本の企業活動を阻害している可能性を否定出来ない。イノベーションを考えるにあたって、コンプライアンス上の何を厳守し、何を柔軟に扱い、何を乗り越えるべきかを考えなければならない時期に来ている。すなわち、イノベーションとコンプライアンスの相互関係を冷静に分析して、「前向きなコンプライアンス」の在り方を考える時期に来ている。この際に、「法令」の中に様々な性格の要因が含まれていることを整理する必要がある(これらはあくまで仮の例)。

 ①無条件に守るべき法(人の生命・財産・権利等)
 ②社会活動を円滑に進めるための契約の性格を持つ法
 ③倫理的な考え方を推奨する法
 ④その他

 (参考文献)
(1) 「民間企業の研究開発成功事例の分析」、日本総合研究所、2000年3月、科学技術庁委託調査報告書


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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