コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

Business & Economic Review 1996年07月号

エレクトロニック・コマース五つの「神話」

1996年06月25日 田坂広志


1.はじめに

ニコラス・ネグロポンテの予測では、西暦2000年には世界で10億人が参加するサイバースペース(仮想空間)になると予想されるインターネット。このインターネットの上に出現しつつあるエレクトロニック・コマース(電子商業空間)が、いま、大きな注目を浴びている。

既に、多くの民間企業が、単なるホームページではなく、商品やサービスの展示と売買を目的とした電子ショップや電子ショッピングモールをインターネット上に開設し、新しいビジネスチャンスをつかもうとブームを加熱している。

これに拍車をかけるように、昨年12月、通産省は、民間企業19グループに対して電子商取引実証実験の補助金100億円の交付を決定し、企業350社、消費者50万人を対象として実証実験を行うべく、電子商取引実証推進協議会(ECOM)を発足させた。

一方、こうしたブームの陰で、電子ショップや電子ショッピングモールによる商品販売が、果たしてどれほど魅力的なビジネスとなるのかについて、疑問の声が上がりはじめているのも事実である。しかし、これらの声の背景には、エレクトロニック・コマースに関する誤解や幻想が存在していることを理解しておく必要がある。

本論においては、こうした誤解や幻想を、エレクトロニック・コマース「五つの神話」として論じつつ、エレクトロニック・コマースを開花させるために、いま真に求められているものについて考えるとともに、この開花の前提となる「商品」「市場」「消費者」の“進化”の方向について予想を述べる。

2.エレクトロニック・コマース 五つの神話

(1)第一の神話 / エレクトロニック・コマースとは新しいカタログ通信販売 の手段である。

エレクトロニック・コマースを、新しいタイプのカタログ通信販売の手段として捉える見方がある。そのことを最も象徴しているのが、ショッピング2000やインターネット・ショッピング・ネットワークなど、既存のカタログショッピングや通信販売の大手企業グループが、このエレクトロニック・コマースのビジネスに参入している事実である。

しかし、エレクトロニック・コマースを新しいカタログ通信販売として開花させるために、まず理解しておかなければならないことは、この市場の基本国「である。

すなわち、現在、わが国において通信販売市場は約2兆円の規模であるが、この市場を支えているのは、主婦やOLを中心とする女性層である。一方、現在、インターネットを利用している人々のうち、93%~96%は男性であり、ビジネスマン、研究者、学生である。

従って、エレクトロニック・コマースが、新しいカタログ通信販売として開花するためには、現在のカタログ通信販売の市場を支えている女性顧客層がインターネットを利用するようになるか、現在のインターネットユーザーである男性利用者層がカタログ通信販売という消費スタイルを受け入れるか、いずれかのトレンドが生まれることが必要である。

そうした意味で、いま、まず求められているものは、主婦やOLをインターネット利用者とするためのマーケティング戦略であり、ビジネスマンをカタログ通信販売の顧客とするためのマーケティング戦略である。

そして、エレクトロニック・コマースが単なる電子カタログ通信販売にとどまることなく、まったく新しい市場として開花するためには、高齢化社会や少子化社会を迎える今日、老人層や子供層をも顧客として獲得していくためのマーケティング戦略が必要であり、さらにはエレクトロニック・コマースにふさわしい全く新しい消費文化を創出することが求められている。

(2)第二の神話 / 日本の家庭用パソコン普及率ではエレクトロニック・コマースは大きな市場とはならない。

インターネットの上に開設された電子ショップや電子ショッピングモールにおいて、商品やサービスを販売するというエレクトロニック・コマースの将来性を議論するとき、必ずといって良いほど出る疑問が、この家庭用パソコン普及率の問題である。

確かに、わが国における家庭用パソコンの普及率は、米国の60%に対してたかだか10%程度とも言われており、この疑問を裏付ける数字となっている。わが国における家庭用パソコン普及台数は、93年293万台、94年350万台、95年422万台の実績であり、99年においても900万台の予測にとどまっている。そして、インターネットの接続に関しても、ようやく、パソコン通信大手3社がインターネット接続のサービスを開始したという“追い風”の状況は生まれているものの、家庭用パソコンからの接続は、未だわずかにすぎない。

しかし、ここで問われるべきは、米国と同様の家庭用パソコンの普及とインターネットへの接続が、わが国においてエレクトロニック・コマースが開花するための必要不可欠の条件であるかという問いである。

この問いに対する答えは、「日本においては、日本型のエレクトロニック・コマースが開花する」というものでなければならない。 例えば、最近の市場を見ても、四つの注目されるべき動きがある。

第一は、家庭用ゲーム機のインターネット接続である。現在、全国の家庭に普及しているゲーム機をインターネットに接続するという動きは、バンダイ社の「ピピンアットマーク」をはじめとしてゲーム機各社の主要戦略となりつつある。この動きに注目しておく必要がある。

第二は、個人情報端末機のインターネット接続である。シャープの「ザウルス」を筆頭とする個人情報端末(パーソナル・デジタル・アシスタンツ :PDA)の普及に伴い、これらの端末がインターネット接続の機能を保有するものへと進化しつつある。現在でも、多くのPDAはパソコン通信機能や電子メール機能を標準装備する動きにあり、この動きは必然的にインターネット接続機能となっていく。こうした移動端末機の進化にも注目しておく必要がある。

第三は、インターネット専用端末機の出現である。オラクルのエリソン会長が発表した500ドル端末をはじめ、日本電算機など、わが国のメーカーでも、インターネット利用に特化した廉価マシンを開発・販売する動きが目立ってきている。この動きは、特にサンマイクロ社の「Java」の発表により注目されつつあるネットワーク・コンピューティングの流れと相まって、これまでの高価・高性能パソコンの家庭普及という戦略に対する強力な代替戦略となっていく可能性がある。

第四は、公共端末機(マルチメディア・キオスク)の開発と普及の動きである。わが国は、かつて街頭テレビの出現により家庭テレビが普及した国であり、インターネット接続機能を有するマルチメディア端末機についても、こうしたキオスクが重要な役割を果たす可能性がある。既に、いくつかの企業グループがマルチメディア・キオスクの開発を進めており、また、札幌市など、いつくかの地方公共団体でも、こうしたキオスクを住民サービスの端末として導入する動きもあることから、この公共端末機が、エレクトロニック・コマースの新しいプラットフォームとなっていく可能性がある。いずれにしても、家庭用パソコン普及率を巡る議論は、こうした四つの動向を踏まえたうえで、日本独自のインターネット端末普及のシナリオを検討していくべきであり、エレクトロニック・コマースについても、このシナリオにもとづき、「日本型エレクトロニック・コマース」のビジョンを描くべき段階に入りつつある。

(3)第三の神話 / 電子決済の実現によって

エレクトロニック・コマースが開花する。 エレクトロニック・コマースに関する最近のマスメディアの報道の多くが、この電子決済に関するものとなっている。ファーストバーチャル方式、電子クレジット方式、電子財布方式、デジタルキャッシュ方式など、様々な電子決済の方式が提案されており、これらの方式の導入により、エレクトロニック・コマースにおいては、瞬時に決済が行えるというメリットが生まれる。 しかし、これは確かに消費者にとっては魅力的なメリットであるが、この電子決済の実現によってエレクトロニック・コマースが開花するとの認識は、消費者心理を見誤ったものと言わざるを得ない。

改めて言うまでもなく、ネットワークの上で瞬時に決済が行えるという機能は、確かに便利な機能ではあるが、これによって消費者の購買意思決定や購買行動が促進されるわけではない。現在でも、カタログショッピングの顧客は、電子決済を用いることなく2兆円もの購買を行っており、魅力的な商品さえあれば、例え、電話、ファックス、葉書による錐桙ン方式であっても、これを“障害”と感じることなく購買意思決定と購買行動を採っている。

エレクトロニック・コマースにおいても、重要なことは、まさにこの「魅力的な商品」であり、電子決済の実現によって自動的に販売が促進されるわけではないという当然の事実を冷静に認識するべきである。

また、電子決済を報道するマスメディアの論調の多くは、暗号技術に代浮ウれる「ハイテク技術」としての側面を重視する余り、あたかも、エレクトロニック・コマースにおいては、セキュリティの確保こそが最も重要な課題であるかの印象を与えている。

しかし、クレジットカード一つ見ても、毎年200億円もの不正使用による被害が発生しており、現実に消費者は一定レベルのリスクは受容しつつ購買行動を採っている。これに比べるならば、電子決済に潜在するリスクは、決して非実用的なレベルではなく、ファーストバーチャル方式や電子クレジット方式などは、既に十分に実用的な方式であると言える。

問題は、電子決済という言葉によって、開発段階の技術と実用段階の技術を同列に論じ、あたかも、「電子決済=開発段階の技術=リスクのある方式」という印象を消費者に与えていることである。 繰り返しになるが、電子決済の諸方式には、既に充分に実用的な方式もあり、これらについては、通産省の電子商取引実証実験などを通じて「安全」であることを実証し、消費者に「安心」を与えることが大きな課題である。この消費者の安心感の形成を抜きにしてエレクトロニック・コマースを開花させることはできない。

電子決済に関しては、いま、「安全」から「安心」へというパラダイムの転換こそが求められていると言える。

また、電子決済に関しては、相対的な重点が、技術開発の問題から社会制度の問題へと移りつつある。電子決済の実現において“障害”となるのは、暗号技術や認証技術などの技術的課題よりも、むしろ、課税方法、脱税対策、マネーロンダリング(資金洗浄)、タックスヘイブン、ギャンブル、などの政策的課題となる可能性が強く、この点での検討を急ぐ必要がある。

そして、電子決済の議論においてしばしば問われるのは、「電子決済の主流となる方式は何か?」という問いである。しかし、この問いに対して、技術的側面からの比較のみによって答えを得ようとすることは正しくない。

この問いに答えるために求められるのは「電子決済の本質は何か?」という視点である。

言うまでもなく電子決済の本質は「流通革命」である。ここで言う流通革命とは、「物流」の流通革命ではなく、「金流」の流通革命である。そして、もし電子決済が流通革命であるならば、ここでも、流通革命の法則が成立する。その法則とは、「流通革命は“流通マージン”がゼロになるまで続く」という法則である。

すなわち、これから始まる電子決済の様々な方式間の“主流争い”は、究極、この法則に導かれ、決済マージンを最小化する方向で展開する。この視点に立つならば、電子決済に関する今後の展開は、極めて明瞭に見えてくる。しかし、紙数の制約から、この予測に関して詳しく述べることは、別の機会に譲ろう。

(4)第四の神話 / 3次元仮想空間によってエレクトロニック・コマースのマーケティングが促進される。

最近、シリコングラフィックス社の「仮想現実感モデリング言語」(VRML)や、コダック社の「バーチャル・クリエータ」などの技術の開発によって、インターネットにおいても3次元仮想空間が提供できるようになってきた。この結果、幾つかの企業グループは、3次元仮想空間によって構成される電子ショッピングモールを消費者に提供するサービスを開始した。これらの多くは、技術的制約から未だCD-ROM支援によって3次元仮想空間を提供している段階にあるが、提供される空間は、かなり現実感のある娯楽性の高い空間となっている。そして、こうした空間の出現によって、3次元仮想空間はエレクトロニック・コマースにおけるマーケティングを促進するという期待が強まっている。

しかし、3次元仮想空間のマーケティング効果については、集客効果の問題と販売効果の問題を冷静に分けて考える必要がある。3次元仮想空間は、その体験性と娯楽性から、集客に関しては一定の効果があると期待されるが、その「集客」が自動的に「販売」に結びつくとは限らない。その最大の理由は、3次元仮想空間に集まる人々は、そもそも、その娯楽性の高い仮想空間を体験したいから集まるのであり、必ずしもショッピングという目的をもって集まるわけではないからである。換言すれば、ショッピングという明確なニーズを持った人々のためには、次項に述べる「機能空間」こそが提供されるべきであり、「集客効果の高い仮想空間」と「販売効果の高い機能空間」を“混同”することは避けねばならない。「高い集客効果=大きな販売成果」という単純な図式は成立しないことを理解するべきである。

また、こうした3次元仮想空間は、未だ一部の企業と消費者しか利用できない状況にあることも忘れてはならない。高度な3次元グラフィックスによる仮想空間は、コンテンツ作成に相当の資金と人員を投入できる大企業しか提供できないのが現状であり、小規模の投資によって電子ショップや電子ショッピングモールを開設する中小企業にとっては“高嶺の花”となっている。これらの中小企業が求めているものは、コストをかけずに魅力的な電子ショップや電子ショッピングモールを開設する方法であり、こうした経済性こそが、インターネットの生来の文化であり、エレクトロニック・コマースの魅力であることを忘れてはならない。

しかし、残念ながら、現在、インターネットの上に開設されているホームページの“水準”は決して高いものではない。細かい文字情報の洪水、写真や絵に力を入れる余り重い画面、編集的な工夫の無い内容、などの問題がつとに指摘されており、未だ電子カタログや電子パンフレットの域を出ていないのが現状である。消費者が真に求めているものは、「ハイテク」を駆使した3次元仮想空間ではなく、「ローテク」ながら良く工夫された魅力ある機能空間であることを理解する必要がある。ホームページの水準の“底上げ”こそが、いま求められていると言える。

また、現在の3次元仮想空間は、CD-ROM装置と大メモリー容量を有した高性能パソコン、もしくは大きな回線容量による高い通信コストを消費者に要求するものとなっており、この点でも、消費者にとっての経済性という“壁”を抱えている。

いずれにしても、こうした技術的・経済的制約という現実の下で、ホームページや電子ショップの質をいかに向上させることができるかという課題こそが、真剣に検討されるべきである。そして、こうした検討において重要なことは、3次元仮想空間という「ハイテク」による解決ではなく、消費者心理を踏まえた「ハイタッチ」による解決、すなわちユーザーフレンドリーな情報提供、画面構成、企画内容による解決であることは言うまでもない。

こうした点を踏まえたうえで、それでは仮想空間はどの様な空間へと進化していくのだろうか。この点について二つの予想を述べておきたい。

予想される第一の方向は、VRからRVへの進化である。すなわち、「仮想現実感」(VR: Virtual Reality )から「現実感溢れる虚構(RV: Real Virtuality )への進化である。

仮想空間(サイバースペース)において人々が求めるものは、現実の世界を模倣した「仮想現実感」ではなく、むしろ仮想空間でしか体験できない「現実感溢れる虚構である。

このことを理解することが、今後の仮想空間の進化を考えるうえで大切なことである。

また、こうした仮想空間の進化に伴って、タイム・ワーナー社の「パレス」など、「アバター」(化身:avatar)と呼ぶ技術などが普及していくが、これは「仮装人間」とでも呼ぶべき虚構を提供するものである。現代人が抱く変身願望や化身願望を、こうした仮想空間と仮装人間が満たすようになっていくだろう。これが仮想空間の進化の第二の方向となる。

(5)第五の神話 / 消費者は電子ショッピングモールを求めている。

現在、各企業グループは、インターネットにおいて様々な電子ショッピングモールの開設を競っている。これらの電子ショッピングモールの多くは、デパートなどの小売業を巻き込み、そのショップ数や品揃えを増やすことに注力しているのが現状である。

このように、電子ショッピングモールは、いわば「百貨店型」のショッピングモールに向かっているが、まもなく、こうしたショップ数や品揃えを誇る「百貨店型ショッピングモール」は、新たな進化に向かうと予想される。

すなわち、「専門街型ショッピングモール」への進化である。例えば、神田書店街や秋葉原電気街などのように特定の商品が集まるショッピングモールが、エレクトロニック・コマースにおいても主流となっていく。エレクトロニック・コマースに集まる消費者の心理を考えるならば、一部に「電子ウィンドウショッピング」を楽しむ人々も生まれるとは予想されるものの、消費者の多くは、特定の商品を購入したいというニーズを抱いて電子ショッピングモールにアクセスしてくると考えられるからである。

こうした人々にとっては、百貨店型ショッピングモールよりも、専門街型ショッピングモールが便利である。すなわち、神田書店街や秋葉原電気街などのように書籍や電気製品という特定の商品が集まっている空間は、様々な商品を比較し、機能の優れたものや廉価なものを選ぶことが可能となるからである。 このように百貨店型ショッピングモールは専門街型ショッピングモールへと進化を遂げていく。

しかし、ひとたび専門街型へと進化を遂げたショッピングモールは、単に商品を売買する「ショッピング空間」から、様々な商業機能を有した「テーマ商業空間」へとさらに進化していく。その理由は、「商品」の集まる空間には、自然に「情報」、「人間」、「機会」が集まるからである。例えば、秋葉原には、単に電気製品そのものが集まるだけでなく、電気製品に関する最新情報や、電気製品を扱う企業とビジネスマン、さらには、電気製品に関するビジネスチャンスが集まって来る。こうしてテーマ性を持ったショッピング空間は、自ずと、そのテーマを巡って商品、情報、人間、機会が集まるテーマ商業空間へと進化していく。そして、このテーマ商業空間においては、次の五つの機能が発達していく。

1. 商品売買機能(ショッピング機能)

2. 商品比較機能(エキスポジション機能)

3. 企業情報機能(コーポレート機能)

4. 生活創造機能(ライフスタイル機能)

5. 娯楽提供機能(アミューズメント機能)

すなわち、人々が、このテーマ商業空間に求めるものは、単なる商品のショッピング機能だけではなく、商品の詳細情報を入手し、徹底的な比較検討を行うエキスポジション機能、さらには商品開発に関する企業のビジョンを知るコーポレート機能Aそして、商品の購入だけでなく生活創造を行うライフスタイル機能、ショッピングに伴い娯楽を享受するアミューズメント機能、という五つの機能である。

しかし、このテーマ空間も、さらなる進化を遂げていく。「シーズ型テーマ空間」から「ニーズ型テーマ空間」への進化である。この進化も必然的に生じる。例えば、神田書店街は、元来、書籍の街であるが、次第に本棚、照明器具、文房具、などの店が集まってくる。すなわち、「書籍の街」が「本を読む人の街」へと変容していく。これがシーズ型テーマ空間からニーズ型テーマ空間への進化である。そして、こうした進化の究極には、「結婚の街」「就職の街」など、特定の人々のニーズに包括的に応える街が生まれてくる。

しかし、現実の社会において、こうした「結婚の街」「就職の街」などのニーズ型テーマ空間は容易に存在し得ない。「規模の経済」が成立しないからである。 現実の社会で、こうしたテーマ空間を建設するには相当のコストが必要であるのに対して、その半面、こうしたテーマ空間を維持するだけの市場規模が存在しないからである。

一方、仮想空間(サイバースペース)の上に成立するエレクトロニック・コマースにおいては、こうした「規模の経済」が容易に成立する。なぜならば、ショップを開設し、商業空間を建設するためのコストが低い半面、インターネットは世界中や日本中のマーケットを対象とすることができるため、市場規模が大きいからである。

すなわち、エレクトロニック・コマースにおいては、「小さな店舗・人件費」と「大きな市場規模」という二つの条件が成立することから、「規模の経済」が成立する“しきい値”が低くなる。このことこそがエレクトロニック・コマースの本質的魅力であると言える。

したがって、エレクトロニック・コマースにおいては、これまでの「ニッチ・マーケット」が「ニッチ」でなくなる可能性がある。世界中や日本中のニッチ・マーケットを集めれば、ビッグ・マーケットになるからである。

しかし、ショッピングモールがテーマ商業空間へと進化していくためには、もう一つのパラダイム転換が求められる。

それは、「空間設計」というパラダイムの転換である。ショッピングモールは、本来、ショップの空間的配列が前提となる概念であり、3次元仮想空間においては通常の都市設計やショップ設計と同じように建物の配置やショップのレイアウトなどの空間設計が行われる。しかし、テーマ商業空間は、本来、機能空間であり、特定のテーマに基づき様々な情報空間が集められ、「編集」される空間である。この意味で、エレクトロニック・コマースのテーマ商業空間においては「空間設計」から「空間編集」へのパラダイム転換が生じる。

そして、言うまでもなく、このパラダイム転換を支えるのは、インターネットにおける「ハイパーリンク技術」の存在である。

3.エレクトロニック・コマースがもたらす「商品」の進化

それでは、こうした「五つの神話」の誤解や幻想に惑わされることなく、新しい市場としてのエレクトロニック・コマースの開花を実現していくためには、いったい何が求められるのだろうか。

その答えを一言で述べるならば、エレクトロニック・コマースの特長を活かした「商品」を開発し、エレクトロニック・コマースの特長を活かした「市場」を創出することである。

本項においては、まず、エレクトロニック・コマースの特長を活かした「商品」について論じよう。これらの商品としては、基本的に、次の「10タイプの商品」がある。

1. コストダウン型商品

2. ダウンロード型商品

3. パッケージ型商品

4. タイムセーブ型商品

5. グローカル型商品

6. リアリティ型商品

7. セミオーダ型商品

8. サーチャー型商品

9. グラスルーツ型商品

10. プライバシー型商品

これらについて、以下に簡単な説明を行おう。

(1)コストダウン型商品

インターネットにおける電子ショップは、店舗費や人件費が節減できるという特長がある。この特長を、消費者への商品価格として反映した「コストダウン型商品」を開発することができるならば、これはエレクトロニック・コマースの特長を活かした商品となる。

一般に、電子ショップにおいては、店舗費と人件費が平均で5%程度節減できると言われているが、商品によっては、数十%のコストダウンが可能である。例えば、家電販売のダイイチは電子ショップによる洋書の販売を手掛け、30%もの“値引き”を実現している。

(2)ダウンロード型商品

エレクトロニック・コマースの一つの特長は、新聞・雑誌などの情報、音楽CD・デジタル写真などのコンテンツ、ゲームソフトなどのソフトウェアをネットワーク経由で直接ダウンロードし、リアルタイムで販売することが可能であることにある。したがって、電子ショップにおいては、こうした「ダウンロード型商品」が魅力的な商品となる。

しかし、こうしたダウンロード型商品のもう一つの魅力は、消費者にとって情報、コンテンツ、ソフトウェアの“分割購入”が可能であることにある。これまで、新聞・雑誌の記事や音楽CDなどは、読みたい記事や好きな曲のみを購入することができなかったが、エレクトロニック・コマースにおいては、これが可狽となる。そして、この特長は、これからの商品の概念と販売の概念を根本的に変えていくことになる。

(3)パッケージ型商品

エレクトロニック・コマースにおいては、先に述べたように、消費者のニーズに特化したテーマ商業空間を容易に編集できる。「パッケージ型商品」とは、この特長を活かし、消費者のニーズに包括的に応えるべく、様々な商品を組み合わせたものである。

そして、こうしたパッケージ型商品をテーマ商業空間において提供することによって、消費者は「テーマショッピング」を楽しむことができる。こうしたテーマ商業空間としては、例えば、旅行鞄、ガイドブック、盗難保険、翻訳機、などを揃えた「海外旅行にでかける人のための街」や、スポーツ用品、健康食品、トレーニングビデオ、などを揃えた「ダイエットしたい人のための街」など、様々な空間が考えられる。

(4)タイムセーブ型商品

インターネットにおける電子ショップは、現実のショップに足を運ばなくとも商品を購入し、サービス提供を受けられるという意味で、時間節約型(タイムセーブ型)の商品である。特に、先に述べたダウンロード型商品は、商品の発注と到着の時間差が無いことから、この「タイムセーブ型商品」の典型である。 しかし、加えて、こうした電子ショップは、基本的に24時間営業・年中無休で運営することができることから、消費者にとっては“空いた時間”を活用し、“好きな時間”にショッピングができるという魅力が生まれる。こうした「時間平準性」も電子ショップの魅力である。

(5)グローカル型の商品

「グローカル」とはグローバル(地球)とローカル(地方)の合成語であり、「グローカル型商品」とは、海外の商品や地方の商品などの通常のショップでは入手しにくい商品を指す。エレクトロニック・コマースの特長は、こうしたグローカル型商品を容易に提供できることにあり、今後は、海外物産を販売する中小企業や、地方物産を販売する地方企業が活性化していくと期待される。また、今後は、こうしたグローカル型商品に加え、これまで良い流通方法のなかった「マイノリティ型商品」にも市場機会が増大していくと期待される。

(6)リアリティ型商品

現在、市場で売買されている商品の中には、実際に見てみることや、体験してみることによって販売が促進される商品が多くある。 例えば、不動産などは、通常、「4LDK」「7階建4階南西角部屋」「海眺望丘上」などの情報が提供されるのみであり、たとえ物件の 写真があっても、通常の不動産店頭において膨大な物件の写真を検索することは容易ではない。

これに対し、電子ショップにおいては、不動産情報をマルチメディアを駆使して写真や音声さらには動画をも含めた情報として提供することが可能であり、加えて、これらのマルチメディア情報を検索することも容易である。

こうした商品は、消費者に現実感(リアリティ)を体験してもらうという意味において「リアリティ型商品」と呼ぶことができるが、これもエレクトロニック・コマースの特長を発揮した商品である。

なお、先に述べたように、シリコングラフィックス社の「VRML」(仮想現実感モデリング言語)や、イーストマン・コダック社の「バーチャルクリエータ」などの技術を用いることにより、仮想現実感や全周囲写真などがインターネットにおいても提供できるようになってきており、これらの技術の発展により、リアリティ型商品はさらに進化していくと予想される。

(7)セミオーダ型商品

インターネットのインタラクティブ性を活かすことによって、消費者が商品の仕様を設計しながら購入するという「セミオーダ型商品」の開発が容易になる。

例えば、消費者の希望する保障条件を設定しながら購入の意思決定をする保険商品、色やデザインを選択して組み合わせながら購入するアクセサリー商品、旅行スケジュールと宿泊地、ホテル条件などを定めながら予約する旅行商品などが、このセミオーダ型商品の例である。

そして、これらのうちで最も容易に商品化できるものが、ホテル、劇場、映画館、レストラン、飛行機などの座席の位置指定を消費者自身が行うことのできる「リザベーション・タイプ」のセミオーダ型商品であり、その一部は既に米国で普及しつつある。

(8)サーチャー型商品

世界中のホームページに載せられた情報を自動的に検索する「検索ナビゲーションシステム」や「検索ロボット」などの開発が進んでいるが、こうした技術の進歩に伴い、「サーチャー型商品」が普及してくると予想される。これは、消費者自身が検索条件を定めて、求める商品を販売するショップ、最も廉価な商品、などを“探索”し“発見”するシステムとサービスを提供するものである。

この例としては、不動産情報などが挙げられる。すなわち、全国の不動産会社の電子ショップを一つのテーマ商業空間に集め、これらのショップに存在する不動産情報を条件検索して最適な条件の物件を探索するシステムとサービスなどが、新しい商品となる。

(9)グラスルーツ型商品

グラスルーツ型商品とは、企業が製造した製品や、プロフェッショナルが制作したコンテンツではなく、「グラスルーツ」(草の根)の人々が作製した商品やコンテンツを販売するものである。

こうした「グラスルーツ型商品」の典型としては、永六輔氏が草の根の人々の声を集めて編集・出版した「大往生」や、福井県丸岡町が募集・編纂した「日本一短い母への手紙」などがある。 こうした商品は、インターネットの生来の文化であるグラスルーツ性を活かしたものであり、エレクトロニック・コマースにおいて、今後、大きく発展していくことが予想される。

(10)プライバシー型商品

商品の購入に際して、プライバシーを守りたい、店員と顔を会わせたくない、などのニーズに応えるプライバシー型商品はこれまで通信販売が普及してきた理由の一つでもあったが、これからはエレクトロニック・コマースにおいても、こうした「プライバシー型商品」が発展すると予想される。

また、先に述べたように、インターネットにおいて「アバター」(化身)という技術が発展してきており、仮想空間の中にユーザーの「化身」としての「仮装人間」やキャラクターを生成し、これを通じて他のユーザーとの対話や競技を行うことが可狽となりつつある。

例えば、タイム・ワーナー社が提供する「パレス」は、このアバターをユーザーが好きな形に設定し、匿名で他のユーザーとの対話やゲームを楽しむことができる空間である。

こうしたアバター・タイプのプライバシー型商品も、今後エレクトロニック・コマースにおける特長ある商品となっていくと予想される。

4.エレクトロニック・コマースがもたらす「市場」の進化

以上述べたように、エレクトロニック・コマースにおいては、エレクトロニック・コマースの特長を活かした「商品」が求められており、これに伴って「商品」の進化が生じていく。これが第一の進化である。

しかし、エレクトロニック・コマースにおいては、「市場」の進化という第二の進化も生じる。

この「市場」の進化の方向としては、次の「10の市場」が、今後、大きく成長していくと予測される。

1. 資材調達の市場

2. 人材獲得の市場

3. 資本提供の市場

4. 知識支援の市場

5. 研究開発の市場

6. 地域物産の市場

7. 観光資源の市場

8. 環境保護の市場

9. 資源回収の市場

10. 物々交換の市場

資材調達の市場は、企業における資材調達をインターネットを用いて行う市場であるが、近年、この市場はイントラネットの普及とともに注目されつつあり、GEなどの例にも見られるように、これにより資材調達コストを大幅に削減した例が生まれている。エレクトロニック・コマースにおいて最も注目される市場の一つである。また、エレクトロニック・コマースにおいて、こうした資材調達の市場が生まれてくることによって、今後、“取引業者”や“出入りの業者”という言葉が無くなっていくことも予想される。

人材獲得の市場については、既に、テキサス・インスツルメントがインターネットのみを用いた人材募集を行って注目されているが、これに対して、学生の中から「個人ホームページ」を開設し、人材としての売り込みを図った例が現れている。こうした市場の成立は、これまでの人材紹介会社や人材派遣会社の領域にも大きな影響を与えていく。

資本提供の市場に関しては、わが国において弱いとされるベンチャーキャピタルなどが、今後、エレクトロニック・コマースを活用して発展していくと予想される。既に、米国には「テキサス・キャピタル・ネットワーク」(TCN)などが活発に活動しており、わが国においてもインターネットを利用して、この資本提供の市場に参入する企業が現れている。

知識支援の市場は、エレクトロニック・コマースにおいて知識やコンサルテーション機能を売買する市場である。この市場においては、これまでのシンクタンクやコンサルテーション・ファームなどが、インターネットを活用して知識や智恵を提供するようになる。

また、研究開発の市場はエレクトロニック・コマースが出現することによって、これまで市場で売買しにくかった「研究プロジェクト」がインターネットを利用して売買されるようになる。例えば、大学の研究室がプロジェクトの提案を行い、不特定多数の民間企業に資金援助を求めたり、シンクタンクが研究プロジェクトのメンバー募集を行うなどの活動が活発になると予想される。こうした動きは、かつての「技術」を売買しようと試みた「テクノマート」ではなく、「研究」を売買する「リサーチマート」を形成する動きであると言える。

また、地域物産の市場は、先に述べたグローカル型商品とともに拡大していく。同時に観光資源の市場も、エレクトロニック・コマースにおいて観光案内を行う動きが増えており、今後の「ローカル・アイデンティティの時代」に注目される市場となっていく。

環境保護の市場は、これまで先進的消費者が支えてきた「ニッチ市場」であり「マイノリティ市場」であった、環境に優しい商品やエコ・グッズなどの市場が、エレクトロニック・コマースにおいて全国規模の市場を獲得することにより発展していくと考えられる。

同様に、資源回収の市場や物々交換の市場も、これまでボランティア的に行われてきた「リサイクルマーケット」や「フリーマーケット」が、やはり全国規模の市場を獲得することにより、大きな市場となっていくと考えられる。

5.エレクトロニック・コマースがもたらす「消費者」の進化

エレクトロニック・コマースにおいては、こうして「商品」と「市場」が進化していくが、加えて、「消費者」も進化していくと予想される。これが第三の進化である。

この進化の方向について、最後に述べておこう。

エレクトロニック・コマースの時代を迎え、いま、正反対の二つの消費者像が描かれている。

すなわち、いま、「エレクトロニック・コマースにおいては、これまでのダイレクトマーケティング手法が、より徹底的な形で適用できるようになる」という考え方が生まれつつあるが、この考えの前提に存在するのが、第一の消費者像である。ここで言うダイレクトマーケティング手法とは、究極のセグメンテーションとしての「カスタマイゼーション」や「ワン・ツー・ワン」のマーケティング手法を意味している。

こうしたマーケティング手法の根底に存在する消費者像は、これまでの大量消費時代の“受動性”を特徴とする消費者像であり、生産者からの情報発信により欲望を刺激され、購買行動に向かう消費者像である。

しかし、一方、「エレクトロニック・コマースにおいては、検索ナビゲーションシステムの出現により、消費者は、世界中の電子ショップを探索し、欲しい商品を最も安い価格と最適の条件で購入するようになる」という考え方も生まれつつあり、この考えの前提に存在するものが、第二の消費者像である。 こうした考え方は、消費者主権の時代が来るという“楽観論”をも生み出しており、マーケティングも「ワンウェイ・マーケティング」から「インタラクティブ・マーケティング」へと変化していくという予測にもなっている。

こうしたマーケティング手法の根底に存在する消費者像は、新しい消費者主権時代の“箔ョ性”を特徴とする消費者像であり、みずから購買戦略を立て、検索ナビゲーションシステムを操って市場を巡る消費者像である。

これら正反対の二つの消費者像は、いずれも一面の真理を示していると思われるが、エレクトロニック・コマースの時代において実際に出現する消費者は、これら対極にある二つの像を併せ持ったものとなっていくと思われる。

その具体的姿が実際に如何なるものとなるかを予測することは、現時点においては困難であるが、一つ、理解しておくべきことがある。

それは、エレクトロニック・コマースの時代においては、「消費者」という概念そのものが進化をするということである。その進化を敢えて言葉にするならば、「三つのトレンド」として表すことができる。

第一が、「コンシューマ」から「インフォシューマ」へのトレンドである。商品情報誌の隆盛を引用するまでもなく、消費者は「商品」を消費する前に、商品に関する大量の「情報」を消費する存在へと進化しつつある。このことを理解する必要がある。

第二が、「コンシューマ」から「ライフクリエータ」へのトレンドである。消費者は商品を消費する存在から、生活を創造する存在へと進化しつつある。これまでのような、企業から「生活提案」を受け、これを受け入れる存在ではなく、みずからライフスタイルを生み出し、「生活創造」を行っていく存在へと進化しつつある。

第三が、「コンシューマ」から「プロシューマ」へのトレンドである。消費者は、商品を消費する前に、商品の開発のプロセスに積極的に参加する存在へと進化しつつある。この逆に、メーカーは商品を開発する前に、消費するプロセスを深く学ぶ存在へと進化しつつある。こうした二つの方向からの進化は、文字通り「プロデューサ」(生産者)と「コンシューマ」(消費者)とが融合した「プロシューマ」としての新しい生活者像を生み出していくことになる。

以上述べてきたように、エレクトロニック・コマースの出現によって、「商品」「市場」「消費者」の三つが互いに影響を与えながら相互進化していく新しい時代を迎えたと言える。

この三つの進化の未来を深く洞察することを通じてこそ、エレクトロニック・コマースを大きく開花させていくことができるのではないだろうか。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ